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Dog eat Dog 6

 今のこの仕事を、オレは前向きな思いで見れたことはない。  オレが携わっている抑制剤の研究によって、Ωの社会進出は飛躍的に進んだ。オレ自身がそうであるように、こうやってこの年まで性犯罪に巻き込まれたり、巻き込んだりしないで過ごせてきているのがいい証拠だった。  けれどそれと同時に、Ω特有の外見の良さに今度は差別の焦点が当てられて……  華やかさのないオレのようなΩは、つまりどこに行ったって最底辺の扱いだ。後輩が出来ても雑用はいつまでもオレの役割だし、面倒なことは全てオレ、でも周りの覚えがめでたいのは見目麗しいΩにすべて持っていかれる。  馬鹿らしい。 「…………右、を 曲がってから左を  」  ここに勤め始めて長くなるけれど、この研究所の中を迷わずに歩ける自信は未だ生まれない。曲がりくねって右左に折れることもそうだけれど、頻繁に増改築が繰り返されて、この間まで通れたところが通れなくなっていたり、通れたりするのだから訳が分からない。  なんとかチェスターの屋敷みたいだな……と、最近見た映画を思い出して角を曲がった。 「あっ  」 「あ 」  ぽふん と弾けるようにしてぶつかった相手が、小さな声を上げて廊下に転がる。 「ぅ、わ  わ、すみません、大丈夫ですか?」  慌ててずれてしまった眼鏡を直す。  考えごとをしていたせいか踏みとどまるのが遅れてしまった。オレより小さなその体を引き上げると、ふわっと羽のように軽い感触がしてびっくりするくらい簡単に引っ張れてしまって驚いた。 「平気」  ぱちん と薄青い瞳がオレを見上げて、薄い金茶の前髪の間からにっこりと微笑む。  人形が動き出したら と思わせる長い睫毛をぱちぱちと瞬かせてから、彼は小さく会釈をして「こちらこそごめんなさい」と可愛らしく謝罪して、と と と軽い足取りで過ぎ去ってしまった。  時折見かけるけれど、職員のようには見えなかったし、居住棟の方から来たようだったからここに保護されているΩなのかもしれない、ふわふわとした綿飴のような空気と守ってあげたくなるような雰囲気は、どこからどう見てもΩで……  本来はああ言う生き物であるべきなんだ。  中庭を見せる窓ガラスに映った自分の姿に、薄汚れた犬のようだと自嘲が零れた。  この間のタイトスカートは見た目は気に入ったけれど動き難くて最悪だった。それを踏まえて考えると……ミモレ丈はダメだ、マキシ丈なんて論外。腰を振ってる最中に邪魔になるのは勘弁だ、パンツスタイルでもいいが、やはりαの食いつきが違う。  あー……ミディ丈にして靴は低めのパンプスにするか?  クソを避ける本来の用途でならヒールの価値もわかるが、幾ら脚が綺麗に見えるとか言われても拷問器具のようなヒールの高い靴は好きになれなかった。

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