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かげらの子 12
「こちらで祀る神をお知りになりたいと言う事でしたね、田植えが終われば祭りもあります。手が空けば村の者からも話を聞けるでしょう。期限は気にせずゆるりとして行かれるといい」
酷薄そうな見た目を裏切る申し出に、捨喜太郎は「ありがたいです」と返す。
「いえ、統廃合の話をお聞きに?」
「あ はい 」
村の責任者を前にその話を出されて、さすがに捨喜太郎も気まずさに視線を逸らして、自分の足が浸されている水の揺らぎを見る。
「そうなれば、この村独自の文化なんてものは消えてしまうでしょう。こうして調べたいとおっしゃってくださる方がいれば、この村の事が文献に残るかもしれない。そうすれば 遠い、私が思いもよらない程遠い先と場所で、この村の事を知る人が出てくる そうしたら、 面白いとは思いませんか?」
きついと思えていた双眸がふっと細められ、懐かしさを思い起こしているかのような微かな笑みが浮かぶ。
「暑いでしょう、飲む水も持ってこさせましょう」
そう言って立ち上がると、勢いのせいか細身の体が陽炎のように揺れて、倒れるんじゃないかと捨喜太郎を驚かせた。
「歓迎いたします、榎本さん。この村の隅々まで、調べてくださって結構ですので」
研究を志している者として、伊次郎のこの言葉は渡りに船だったが、振り返ったその表情を見上げてやはり口を引き結ばなくてはならなかった。
夕刻、留夫が言った通りに村人が訪れ、大広間とも言えなくもない、村人が入れば一杯になってしまうような部屋で捨喜太郎の紹介と、調べ物に協力するようにと伊次郎の前で留夫が声を掛けた。
一日田植え仕事をしていた村民はくたくたに疲れているようで、捨喜太郎の事はどうでもいいから帰らせてくれと言う感情がひしひしと伝わってくる雰囲気だ。
そんな人々に気圧されないように精一杯の虚勢で背筋を伸ばし、捨喜太郎は協力を仰ぐ為の挨拶を終えた。
村長が後押ししてくれたとは言え、余所者がいきなり飛び込んできて受け入れられる訳もなく、軽い会釈をしながら帰って行く村民達の目は疑うように捨喜太郎を見詰めている。
居心地の悪さが……ない訳ではない。
けれど、今までで一番目的の物に近づけているのだと、捨喜太郎は努めて気にしないようにした。
「 ────おや?」
「どうかされましたか?」
捨喜太郎よりも幾らか背の高い伊次郎は、帰る人々の背を見て出された声を聞き逃さなかった。
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