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かげらの子 22

「蛇 は、」 「嫌と言う程」  続く言葉を遮るように言われてしまうと、なんとしてでも向かおうと思っていた決意があっと言う間に瓦解して行く音が聞こえるようだった。  連れて行ってくれ と言う言葉を飲み込んで、捨喜太郎は砕けた心を表したかのような足元の砂利を爪先で突く。  一度崩れ去ってしまった勇気をもう一度搔き集めるのは困難で、捨喜太郎は訪れたいと言う焦燥感に一時蓋をして、別の角度から知る事は出来ないかと首を傾げた。 「……この 村の成り立ちは、落人とお聞きしましたが、何かそう言った歴史を書いた物等は……あっいえっ疑っているわけではなくて!先神様の流れを知る事が出来ればと」  足が不自由な間、合間を見つけて伊次郎が語ってくれたこの村の成り立ちや先神の話を、もう少し深く尋ねる事が出来ればと思っての言葉だったが、失礼な物言いになったと捨喜太郎は慌てて言葉を連ねる。  細い面を微かに伏せ、伊次郎は緩く肩を震わせて厚みのない唇を弧の形に歪めた。 「気にしませんよ、明け透けに言ってしまえば私自身、落人だとか眉唾だと思っていますから」 「そ  」 「やんごとない身分の落人なんて、言った者勝ちでしょう」  くく と喉の奥が楽しげに揺れている。 「い や そんな」  なんと返せば正解なのか分からず、足しにもならない声を漏らしている捨喜太郎を見て伊次郎は更に笑いを深くした。  酷薄そうな顔は血色が悪く、自嘲の笑いだと思っていたのに自分が笑われているようだ と、居心地の悪さを感じて手の中の手帳に視線を落とす。  そこには伊次郎から聞いたこの村の成り立ちが書き留めてあった。  ――遥か昔、この一帯がまだ海と繋がっていた頃、船に乗ってさる高貴な落人の兄弟がこの辺りに逃げ延びた。山間の不便極まる場所ではあったが追われ追われて精も根も尽きていた為、一時と思いここに仮の居を構える事とした。  土地には恵まれはしなかったが、それが逆に追手の足を遠退けてくれた為、山の幸と水がふんだんにあるこの地で、疲れ果てた彼らがここを楽土と思うようになるまでそう時間はかからなかった。  ある高貴な兄弟は皆を諭し、ここでひっそりと暮らそうとしたが一部の者は家の再興を願って已まず、ある日家来の一人が段取りをつける為に都へ戻ると言い出した。折の悪い事にそれは高貴な兄弟の弟御と恋仲の男であった為、皆は静かに暮らせているのだからと諭そうとしたが、その男はお家復興の為と頑として譲らなかった。

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