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かげらの子 53
流石に遠くに聞こえるようになったカコカコと言う雀避けの音と、葉擦れの音と……それだけだった。
あれ程気に掛かっていたのに、いざお互いの呼吸の音が聞こえる近さにいるとどんな言葉を掛けていいのか分からず、捨喜太郎は口を金魚の様に動かしながら文章を頭の中で幾度も繰り返す。
ちらりと宇賀に目を遣ると、くすぐったそうな笑みのまま膝を抱えて何をするでもなくても幸せそうだ。
「君 の、事が知りたいんだ」
幾つも質問を考え、掛ける言葉を探し、けれど全ての言葉が霧散して、ただそれだけが口を吐く。
白磁のような白い肌と、烏の濡羽色の髪と、鏡の様にこちらを覗き込む双眸。
それ以外の事が知りたくて、捨喜太郎はそろそろと砂の像に触れるかのように髪先に触れる。
漆黒だとばかり思っていたのに、指の先にしっとりと纏わりつくそれは光が落ちると射干玉と同じように七色が見えた。宝石のようなそれを不思議に思って見詰めていると、光を弾く瞳がこちらを見詰めているのに気づく。
「うが は、うが。うがやだよ」
「そうだが……」
ある意味、真理だと言葉を探すが答える返事が分からなかった。
宇賀の事を全て知りたいと言う衝動はまだ収まってはいなかったが、それがどこまで知れば自分が納得するのか、どこまで聞けば騒めく心を落ち着かせる事が出来るのかさっぱり分からないまま、捨喜太郎は髪先を弄ぶ指先に力を込める。
柔らかで、するりと逃げて行きそうなのにしっとりと絡む……
そしてそれから漂う花薄荷の匂いに、思わず捨喜太郎は鼻をすん と鳴らした。
すっきりと、好ましい、匂い。
「宇賀は、おめが なのか?」
『おめが』が血族に寄るものであるのかないのかは未だに詳しくは分かってはいなかったが、過去に宇賀の血筋に『おめが』がいたのであれば可能性は他の人間よりも高いのでは……と、そう言う思いからふと言葉が漏れる。
『持つ者』が『おめが』に惹かれるように、自身が宇賀の事が好ましくて仕方なく、気に掛かってしょうがないのはそうではないかと、そう思ったからだった。
「うがは、おめがじゃない」
神秘の泉のような瞳が真っ直ぐに捨喜太郎を見詰める。
知らずに息を詰めて答えを待っていた捨喜太郎はその返事を聞いて、ただただ落胆の感情に戸惑いを覚えたと同時に、何故だか、どこかで、そうならば と、願っていた自分がいる事に驚く。
「そ うか、街でも居ないのに、 そうだな 」
外の国ではその希少性から、『おめが』は王のハレムに入れる事になっている国もあると、何かで読んだと捨喜太郎は思い出す。
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