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(2)寮生活

「じゃあ、行ってくるよ。ミルク!」 「またな、ミルク!」 俺は眠気まなこのまま答える。 「にゃー……」 バタン。 扉が閉まって、俺はすぐに二度寝。 学生ってのは毎朝大変だよな。 ふぁーあ。おやすみ。 こうやって俺はここに住む事にした。 まぁ、いつでも抜け出せるし、ただで飲み食いさせてくれるんだ。 ここは、素直に好意に甘えようじゃないか。 決して、タイチの手作りクッキーとユウジが買って来るカリカリがうまいからって訳ではない。 その辺は勘違いしないでほしい。 とりあえずお昼ぐらいまではゆっくりとして、日課の見回りにくり出す。 出窓から出て塀の上を歩く。 実のところ、俺は高所恐怖症である。 だから、すぐに降りて地面を歩き出す。 ところが降りるのも一苦労。 猫というのは、大体どんな所から落ちても体をひねってスマートに着地できるものだが、俺はそれが出来ない。 だから、塀にへばりつきお尻から、そろりそろりと降りる。 きっと、人間の記憶がこうさせているのだ。 困ったものだ。 で、散歩、いや見回りのルートは、植え込みから中庭を通り中等部の校舎の脇を通る。 花壇に差し掛かったところで聴き慣れた声が耳に入って来た。 「見てよ、太一君。この花、綺麗に咲いたね」 「本当だ!」 お昼休みの時間は、たいていタイチは友達と水やりに来ている。 園芸部ってやつらしい。 花だけじゃなく野菜や果物も育てているってわけで、なかなかいい趣味である。 俺も気持ちは園芸部員。ああ、今から収穫が楽しみだ。 友達がタイチに声を掛けた。 「いい匂い! この花、僕少し摘んで行っていい?」 「いいよ」 「太一君はどう?」 「ボクは……いいかな」 「何で? あー、太一君は寮だったね」 「うん……」 少し寂しそうなタイチ。 まぁ、花では腹は膨れないからな。 そう気を落とすな。 そっと立ち去ろうとすると、タイチと目があった。 しまった! しかし、タイチはにっこり笑みを漏らすと、無言で「ミルク! シーっだよ」とサインを送ってくる。 そして、友達に言った。 「ねぇ、そろそろお昼休み終わっちゃうから教室に戻ろうよ!」 「そうだね」 どうやら、俺は秘密の存在らしい。 そして、中等部のグラウンドを抜けると、高等部の敷地に入る。 グランドでは体育の授業がちょうど始まった所だ。 ソフトボールをやるらしい。 俺はかつては甲子園を目指していた球児。 まぁ、記憶はリトルリーグまでしかないが……。 外野の土手からその姿を見守る。 「ストライク! バッターアウト!」 「ナイスピッチ!」 カーン! 「取れる、取れる!」 はぁ、はぁ……。 興奮するぜ。 いやー、白いボールを追いながら青春に熱き魂を燃やす若人達。 青春だねぇ。 というのは嘘。 俺が興奮しているのは別のもの。 あのボールだ。 ボールが欲しい。無性に戯れたい。 はぁ、はぁ……。 と、その時聴き慣れた声。 「今日はぶっ飛ばすぜ!」 「頼んだぞ! ユウジ!」 ユウジか。 しかも、俺の方にバット向けている。 どうやら、俺の存在に気付いたようだ。 それにしても、一丁前にホームラン宣言? ぷっ、笑わせる。 ここまで飛ばして見ろよ。ほらほら! カキーン! と、尻を向けてバカにしていたら、ユウジの打ったボールがこちらに飛んでくるではないか。 そして、バコッと大きな音がしたと思ったら、すぐ近くの土手にボールはめり込んだ。 「よっしゃ! ホームラン!」 「さすがユウジ!」 チームメイトの労いを受けて、ユウジがダイヤモンドを回り出す。 そして、俺と目が合った。 にやりと口元を緩める。 くそっ! 生意気な奴め! 「にゃ、にゃにゃにゃ!」 俺は悔しくて思わず声を出した。 「あっ、三毛猫! 可愛い!」 外野の選手達が騒ぎだす。 ちぇっ、見つかってしまった。 俺は、しょうがないと、めり込んだボールに名残惜しく一瞥をくれると、その場を後にした。 そしてのんびりと校内を散歩し部屋に戻る。 そうすると、体はもうクタクタ。 俺は特等席の出窓で居眠りをする事にした。 「ただいま、ミルク!」 心地いい眠りから無理やり起こされた。 今はタイチの腕の中。 すぐにユウジが帰宅する声が耳に入る。 「太一、帰っていたか」 「あっ、お兄様、お帰りなさい」 「ただいま。ん? ミルクはまた居眠りか?」 ユウジは、無造作に俺の頭を撫でる。 「ふふふ、そうだ、お兄様。ミルク、今日はガーデンの方に来たんです」 「あー、俺の方にもきたぜ。ちょっと驚かしてやったけどな。ははは」 「そっか、ミルク、いろいろ探検していたんだね」 「いいよな、猫はさ。一日中、だらだら遊んでいられてよ」 ふぅ。 こいつら、分かっちゃいねぇぜ。 俺がこいつらを見守ってやっているから平和になっているってのによ。 「さぁ、ご飯だよ。ミルク」 「にゃ!?」 おっと、今日はちゅるちゅるではないか!? 俺は早く寄越せと手を伸ばす。 「待ってね。ふふふ」 タイチは嬉しそうに笑うが俺はそれどころじゃなくなっていた。

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