1 / 1

第1話 プロポーズ

SSメリバ企画 ショートストーリー ※グロい描写あります  ナイフが利き手に握られたまま彼が横たわっている。抱き上げ、彼の顔に耳を近づけると、まだ細い息使いが聞こえる。  うなじの肉を削ぎ落としたのは、望まぬ番の解除のため。彼が自分で削いだ。  今から十五分前のことになる。  彼からのメッセージがスマホに届けられた。見れば、すぐに来て欲しいとの内容だ。どのみち後で向かう予定だから、承知した旨の返信をする。  約束の時間より少し遅くなってしまったが、予定通り彼の自宅アパートに着くと、合鍵で扉を開ける。  ベッドに横たわっている彼の様子は穏やかで、眠っているのだろうかと思った。 「来たよ」  自分が到着したことを伝えるが、彼は横たわったまま目覚めない。頭から掛布を被ったまま微動だにしない彼に不審を抱き、掛布をはぐ。 「え?」  我ながら素っ頓狂な声だと、どこか遠いところで思う。果物用だろう、握られたナイフには、血がこびりついている。ベッドのシーツに染み込んでいる、彼の体内から流れ出ている血の匂いが広がる。  何が起きているのかわからないが、思わず抱き上げ、皮膚が抉られているうなじに手を当てる。 「何故……?」  声が聞こえたのだろう、彼は薄らと瞼を開ける。 「……噛ん、で」  噛んだら番になれるのだろうか。  彼は、いつもの微笑みを浮かべている。  彼の言うように、噛めば番になれるのだろうか。  番になっても彼は――それでも彼の望みを叶えたい。  目の前に見える、まだ生々しい血を舐めると、削がれた皮膚の横に噛みついた。 「っ、……あり、が、とう」  消えていく声を聞きながら、番の証しを刻み込むために、もう一度うなじに噛みつく。ほぅ、と息の漏れる呼気が聞こえる。  オメガの彼は、望まぬ相手と番になった。番関係は冷え切っていて、結局彼は番に捨てられる。彼には終わりのない発情の熱だけが残されていた。そんな彼と出会ったのは、今から半年前のこと。  番の噛み跡が残されていても構わないと思う。番以外の相手と交われば、オメガは苦痛を伴うから、交われなくても抱き合うことが出来れば、それでよかった。  運命だと思いプロポーズをした。結果がこれだ。 「……これでよかったのか」 「これ、が……よかっ、た」  ありがとうと言い残し、彼は目を閉じた。ひゅうひゅうと聞こえていた彼の息使いは消え、静寂に包まれる。  ナイフが握られている彼の手を取ると、自分の首に当てる。  プロポーズ、したんだ。  指にはめた彼の指輪が、月明かりに照らされ、輝くふたつの星になり消えた。  END

ともだちにシェアしよう!