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 夕食の応対で忙しい時間帯だというのに、ちょっと話がしたいと大木戸が訪ねてきた。白根は思いきり迷惑そうな顔を作って玄関に出たつもりだったが、三つ揃えのスーツを着たひょろ長い躰にくっついている童顔を目にするとどうにも拍子抜けしてしまう。害の無さそうな風貌だから女子供に受けが良いが、その実公安でも指折りの敏腕捜査員で十指に余る幹部級の活動家を立件させている。 「こんな時間に悪いねえ。どうしても今日中に東京へ戻らなくちゃいけなくてさ」 「上りの終電車は早いですよ」  どうにか追い出したかったのだが、事実でもあった。ここから桜田門までは、たっぷり三時間はかかる。 「ハッハッハッ、つれないなあ。久しぶりに顔を見に来たのに」 「つまらない冗談を言うなら、帰ってください」  途端に大木戸の目がつめたくなり、白根は心臓を掴まれたような気になった。 「松岡英俊ね、おとといH**線に乗るのが目撃されている。この路線にアジトやシンパの家があるという情報がなくてね、俺の心当たりは旅館しらねだけなんだよ」  大木戸の訪問で察しはついていたはずなのに、正面切って言われるとむしろ動揺してしまって、白根はなかなか返答できなかった。 「……買いかぶり過ぎでしょう。僕はもう何年も前に同盟を抜けた人間だ。松岡がそんな奴を頼りますか」 「そりゃあわかってるさ。君は俺の目の前で辞めると言ったし、青年革命同盟の幹部連中が君と連絡を取った形跡もない。しかし悪いが、職業柄ほんの数パーセントでも可能性があったら確認しないと気が済まないんだよ」  偽装転向を疑われているのか。革命は幻想だと白根は自分に言いきかせていて買い集めた思想書は決別のために燃やしたが、頼ってくる友人──元「同志」である──を拒絶するのは難しい。一年ほど前だったか全身埃まみれの三人組に一晩だけで良いから泊めてくれと請われて、なんとなく事情はわかったものの何も問わずに部屋を用意した。彼らが出て行った二日後には大木戸が来て、彼らが無許可のデモを行い機動隊に火炎瓶を投げたのを知った。いや、デモや火炎瓶のことは新聞に載っていたのだが、彼らがマスクにサングラスをしてデモに参加しており、記事には個人名が無かったから、白根は犯罪者を泊めたつもりはないと主張し、犯人蔵匿罪は免れた。大木戸が見逃してくれたともいえるが──

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