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「流石に腹が減ったよ。昨日の夕方から水しか飲んでない」  松岡は握り飯を三口で平らげ、喉を鳴らして水筒の中身を飲んだ。 「旨いなあ。臭い飯というけど、ムショの飯は本当に不味いんだよ」 「うちのご飯と比べちゃいけないだろ。旅館なんだから」 「そりゃあそうだな」  床には縁の欠けた茶碗があって、限界まで短くなった吸い殻が何本か押し潰されていた。 「煙草は止してくれと言ったじゃないか」 「火事を出さなきゃいいんだろ。始末には気をつけてる」 「そうじゃなくて、臭いが外に漏れてるんだよ」 「わかった、わかった。窓をちょっとだけ開けてそこで吸う」    刑務所で十ヶ月過ごし仮釈放されたばかりの松岡は、整った容貌が痩せて険のある顔つきに変わっていた。十分ほどで弁当を全て平らげてしまうと、傍らの汚れたザックから潰れたしんせいの箱を出し、一本咥えて火をつける。白根は溜息をついた。三級品を美味そうに吸う姿に、やめろとは言えなかった。  弁当箱を片付けてから白根は切り出した。 「公安が聞き込みに来た」  松岡は天井に向けて煙を吐く。 「早いな」 「ここはマークされてるから」 「齋藤たちを泊めたのはしくじったな」 「仕方ないじゃないか、奴らが火炎瓶を投げたなんて知らなかった……松岡こ釈放されてすぐ公安に追われてるなんて、何やらかしたんだ」  根元まで吸った煙草を茶碗の底に押し付けて、松岡はうっすら髭の生えた顎を撫でた。 「出てからは何もしてねえよ。あちこちに泊めて貰いながら、鈴木や山崎と会っただけだ」  指名手配されている連中ばかりじゃないかと白根は内心呆れたが責める気にもなれなかった。彼らはまだ革命を信じておりそのための闘争を続けている。白根にしてもあの頃の昂揚した気持ちを時折思い出すことがある。しかしもう彼には今の生活を捨てて革命に身を投じる勇気はない。  松岡は立ち上がり窓を開けた。澱んだ部屋の空気がひんやりと冴える。 「来た理由はだいたいわかってる。あれを回収するんだろう?」  白根の言葉に松岡は少し笑った。 「迷惑はかけない」 「なら明日は一日大人しくしてくれ。安全かどうか確かめないと」  窓を閉め布団の上にかがもうとして、松岡は顔を歪めた。彼は昔デモをしていて警官隊と揉み合いになり、膝の靭帯が大きく裂ける怪我をしている。白根の記憶では、夕立の前には決まって痛むし、激しい運動で負荷がかかると力が入らなくなり立っていられなくなっていた。

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