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Ⅰ フリュードリヒ・ヴィルヘルム①

『お中元』 ……なるものがあるらしい。確か極東の国の風習だ。俺の記憶に間違いがなければな。 「お中元が届いた?誰からだ」 こんな辺境の地まで、わざわざお中元を贈ってくるとは酔狂だな。 俺はとっくに出世街道とは無縁の存在だ。 (媚びを売っても、なにも出んぞ) 「フリュードリヒ・ヴィルヘルム様からです」 「お前……」 「はっ」 「いま、なんと言った?」 「フリュードリヒ……」 「兄上!」 紛れもない。 従者からもぎ取った添え状の紋は鮮やかな(くれなゐ)。 ヴィルヘルム家の薔薇紋だ。 薔薇に寄り添う羽ばたく双頭の鷲の紋章は、我が兄。フリュードリヒ・ヴィルヘルムが用いる公章だ。 『親愛なる我が弟、夏月(カヅキ)へ』 (Lieber Mein Bruder,KAZUKI) 直筆で書かれている。 「どこだ?」 「どこ……と仰いますと?」 「お中元に決まっている!」 兄上からのお中元だ。 一刻も早く、この手で開封せねば。 (………………俺は、兄が好きではない) これは、俺の気持ちの問題ではない。 (いわ)んや国の問題といっても良いのかも知れない。 (俺は、兄に(うと)まれている) ゆえに。 衝突を避けるために兄へのお気遣いは必須なのだ。 クッ 不要な接触を避けるため、兄との距離をとってきたが。 よりによって。 (お中元だと!?) 兄からの贈り物だ。接触せざるを得ないじゃないか。 今更、なんのために俺に贈り物など届ける? 俺は! 「おい」 「はっ」 「あれは既に届けてあるな?」 「はい。正式な文書としての手続きをいたしております。フリュードリヒ様がお受け取りになりました」 「ならいい」 俺は、王位継承権を放棄した。 我が兄は嫉妬深い。 そして強欲だ。 兄上は次期王の座を狙っている。 王位継承を阻むものを、兄は(ことごと)く排除するだろう。 あらゆる手段を講じて。 兄は、そういう人だ。 俺が邪魔になれば、躊躇なく兄は俺を手に掛ける。 ゆえに、これは自衛手段である。 『王位継承権を放棄する』という選択は。 これで兄の目も俺から逸れると考えていた。しかし、俺の算段は甘かった。 どこでなにを間違えた? (兄上はまだ俺を疑っている) 王位に興味はない。 そう示した筈なのに。 兄にとって、王位継承の妨げになる可能性がある存在は芽のうちに摘み取るという事か。 俺を試しているんだ。 お中元を贈って。 俺がどう出るかを…… 「おい」 「はっ」 猜疑心の強い兄上だ。 我が兄の心理は読んでいる。 「あれも渡しているな?」 「例の『あれ』ですね」 「あぁ、その『あれ』だ」 唇を指で被った影が、磨き上げられたテーブルの中で揺れた。 俺はおもむろに頷いた。

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