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言わせてみましょう、愛してる (完)

本日大安吉日。 午前10時から盛大に執り行われた挙式披露宴及び二次会三次会が無事終わり、俺たちが翌日の新婚旅行に備えて抑えておいた空港近くのホテルにようやく辿り着いたのは、もう日付も変わろうかという頃。 「マジ疲れた。やっぱ結婚式なんて面倒なだけじゃねぇか」 最後まで地味婚がいいと言って引かなかった光希は、恨めし気な顔でチクチク俺を虐めてくる。 「まあまあ、でもお義父さんたちも光希の晴れ姿に感激して涙流してたじゃん?」 「当然だろ。最後まで挙式にこだわってたのは親父なんだから、これで喜びもしなきゃ張っ倒してたっつの!」 悪態なんてついてるけどこれは照れ隠しってヤツだ。実は光希は結構親思いなところがあると知ってる俺は、口元に浮かびそうになる笑みを必死で噛み殺す。 「はいはい、今日はよく頑張りました。ご褒美に俺がたっぷりお世話して甘やかしてあげるからさ」 「いらねぇし。服くらい自分で脱げるわ」 俺の手を振り払うと、光希は今日のために俺が何度も衣装室に引き摺っていって見立ててやったスーツを色気も恥じらいもなく脱ぎ捨てていく。男にしては白すぎる肌が眩しくて目のやり場に困るのに、光希の方は夫であるはずの俺に下着姿を披露することなんてまるで躊躇いもしない。 「光希って儚げな見た目のクセに、ホント脱ぎっぷりが男らしくて惚れそうだわ俺」 「ああそうかよ。俺は先シャワー浴びてさっさと寝るからな」 友人同士だったときのノリとなんら変わらないその態度に、籍を入れてから何度となく抱いてきた「こいつ俺と結婚したことを本当に理解しているんだろうか」という不安がまた胸を過る。 父親同士が旧友である俺と光希(旧姓は橘)は所謂幼馴染ってヤツだ。光希は男のくせに呆れるほど可憐な顔をした美人で、ちっちゃい頃から老若男女問わず虜にしてきたその美貌は成長と共に更に磨きがかかり、付き合いの長い俺も慣れるどころか最近ますますこいつに見惚れてしまうことが多くなった。 中身は色白華奢で天使じみた外見を裏切って残念なくらいガサツで態度がデカくておまけに口も悪いけれど、むしろ同性としてはそんな性格が親しみ易く、男のこいつに何度もよろめきそうになりつつも今までどうにか親友という立場を死守してきた。 なのにうっかり結婚なんてしてしまったから、これからいったいどういうスタンスで光希に接すればいいのか、スイートルームに二人きりという今の状況を持ってしても俺には分からなかった。 「明日のフライト早いし、俺も光希と一緒に風呂入っちゃおっかなー」 「ああ、好きにしろよ」 見惚れるような裸体を惜しげもなく俺の眼前に晒しながらバスルームに向かう光希に思わず軽口を叩いてみるも、反応は薄い。「やだ」とか「馬鹿」とか言って派手に拒絶してくれたならまだちょっとは意識されてるのかと思えるけど、この態度じゃ俺のことなんて本気でどうでもよさそうだ。 どういうつもりで俺との結婚を承諾したのかわからないけれど、少なくとも光希は俺と風呂場でイチャイチャ体を洗いっこする様な仲になることは望んでいないということなのだろう。 ◇ この国で同性婚を認める法改正案が可決されてから早10年。 今や同性同士の夫婦も珍しいものじゃなくなった。その殆どが純粋に愛し合うマイノリティカップルだけれど、俺らのように恋人関係ではないけれど親同士の利害の一致により同性同士で政略結婚するケースもあった。 俺の父親は東洋の不動産王とも呼ばれる世界的不動産ディベロッパーグループの代表で、既に後継者に相応しい優秀な息子や孫が10人以上いた。相続権利を持つ子が増え過ぎて一族の資産が分散してしまうことを危惧していた親父は、ある日五男である俺に「自由にさせてやる代わりに子を産む心配がない同性と結婚をしてくれないか」と持ちかけて来た。 子の幸せより資産の維持管理を優先させるとはなんとも薄情だけど、実にうちの親父らしい打算的且つ合理的な考えだと思わず笑ってしまった。俺自身も自動的に親父の会社に入社して幹部役員になる将来には窮屈を感じていたので、冗談半分に俺好みの相手を見付けて来たらOKという条件付きで了承した。 勿論そのときは幼馴染の光希が候補として挙げられるとは思いもしていなかった。 「まさかタラシのこの俺が男と結婚するなんてなぁ……」 自分でもまだ半信半疑でキングサイズのベッドに寝転んでいると、今日の出来事が頭に浮かんでくる。 不愛想な光希は今日の挙式中も笑顔なんて見せず、始終不機嫌そうな顔でいかにも無理やり持たされたと言わんばかりに無造作に白い薔薇のブーケを掴んでいた。 それでも初夏の眩い光を浴びて教会に佇む光希はこの世のものとも思えないほど美しく、不覚にも俺は「目の前にいるこの天使は隠していた純白の翼を広げて天に帰ってしまうんじゃないか」という妄想全開の不安に駆られ、打合せになかったタイミングで光希を強く抱き寄せてしまった。 それが招待客たちには「挙式が嬉しくてたまらず熱烈に伴侶を抱き締める新郎」の姿に見えたらしく、神に誓いを立てる厳粛なはずの式は冷やかしと有り余る祝福の歓声とで大いに沸き立った。 そしてその直後、俺は怒り狂った光希からその場で渾身のボディブローを食らい悶絶するハメになった。すかさず司会進行係がフォローに入ってなきゃ、身体を二つ折りにして崩れた俺は制裁を受けた痴漢にしか見えなかっただろう。 そんな光景を苦笑と共に思い出しながら鳩尾(みぞおち)のあたりをさすっていると、光希がバスローブ姿で戻って来た。 「圭介、まだ腹痛むのか」 俺の顔を覗き込んで来る光希の表情が不機嫌そうに歪んでいるのは、バツが悪いからなのだろう。別に光希が悪かったなんて思ってないけれど、当の光希は俺に「ごめん」と言えないことを気にしてくれている。 俺は光希の腕っぷしの強さと勝気なところは欠点どころか外見とのギャップとして楽しませてもらっているし、こういうとき自分から折れたり謝ったり出来ずに悶々とする不器用さはこいつの可愛げだと思っている。 「いや、もう大丈夫。けど慰めてくれるつもりなら俺の腹よしよし撫でてくれてもいいよ?」 「………なんだそれ。心配して損した。明日早ぇし俺はもう寝るからな」 反応に困ったとき、いつも怒ったフリをするところも見てて可愛い。 「ごめんごめん。髪乾かしてやるから許してよ」 「いちいち触るな、鬱陶しい」 「だって光希、髪の先まで綺麗なんだもん」 「言ってろ、馬鹿」 文句を言いつつも、隣に座ると濡れた髪を俺の好きに弄らせてくれる。 世話を焼くのが好きな俺と、まんざらでもなさそうにそれを拒まずにいる光希。ずっとこんな感じだった。幼稚園から大学までずっと一緒で、ずっと二人で馬鹿馬鹿しいことをやって叱られてそれでも楽しくて笑っていつでも隣にいて。 たぶん光希は、明日からの旅行とかこれからの俺との生活だとかもその延長だと思っている。 「光希」 「何」 結婚しても俺と光希はこの先もずっと変わらない。変われない。そう気付いた途端、俺の中にある何かが急に俺を突き動かした。 「お前とキスがしたい」 それなりに緊張して言ったことなのに、光希は何も伝わってないのかとこっちが愕然となるほどあっさり「いいけど」なんて答える。 「俺ら結婚したんだろ。キスくらい今日は式でも二次会でもやらされたんだし好きにしろよ」 「……あんなのはただのパフォーマンスだろ。そうじゃなくてさ」 招待客の前でする見世物みたいな誓いのキスじゃなくて、俺は。 「ごちゃごちゃうっせぇな。するの?しねぇの?」 「…………いや、させていただきますけど」 「じゃあとっととしろ」 「…………無理無理。まさかいいと言うと思ってなかったから、心の準備が出来てないって」 「準備?自分から言い出しておいて何だよ。どうせタラシのお前はキスなんてお手の物だろ?」 言葉に棘があるのは、この前うっかり目撃されたキスを揶揄されてるからなんだろう。俺はずっと女の子をとっかえひっかえしていたけれど、結婚するにあたって遊び相手との関係を全部清算した。でもそのうちの一人にどうしても最後にキスがしたいとせがまれて応じたところ、運悪く光希に見つかってしまった。 「俺と結婚するくせに早速浮気か?」って、いつになく冷ややかに光希に嫌味を吐かれて我が儘もたくさん言われたけど、不思議と面倒じゃなかった。むしろ妙にうれしかったことは本気で怒っていた光希には秘密だ。 「………光希、本当にするぞ?」 「グズグズすんな」 光希が目を閉じると、長い睫毛が白い肌に繊細な陰影を落す。 こんな綺麗な人に触れてもいいのかというおそれと期待を抱きながらも、吸い寄せられるように自分の唇を光希の唇に重ねてみる。途端にぶわっと何か得体の知れない熱みたいなものが身体の奥底から湧き上がってきた。 触れている場所からはビリビリと焼けつくような、そのくせ骨が溶けるみたいな甘い幸福感が後から後から生まれてくる。 「…………圭介?」 光希の顔にポタポタと雫が落ちていく。何だろう、拭いてやらなきゃと思ってこちらが手を伸ばすより先に、光希の手が俺の目元に触れていた。 「どうしたんだ?」 珍しく俺を気遣ってくる光希の顔を見て、ようやく俺は自分が涙を流していることに気が付いた。 「やっぱまだ痛いのか?」 殴られた腹はもう痛くない。でも光希に触れているだけで痛くなる場所がある。キスなんてただの前戯だとしか思っていなかったから遊び相手と散々してきたのに、今は苦しくてたまらない。 ああ、そっか。俺は。不安、なんだ。 いくら女の子たちと付き合ってもしっくりこなくて、光希といる方が楽しくて。なのに何故かときどき急に隣にいるのが堪らなくなって女の子に逃げたりして。でも。 「俺は光希のことが好きだったんだな……」 本当は悪友だとか親友だとか、そんなものはやめてしまいたかったんだ。ずっと。 「何それ。今更すぎんだろ」 「…………酷いな。人の真剣な告白そんな投げたみたいに返さなくてもいいだろ。俺今マジで泣きそうなんですけど」 「だってさ、お前が俺に惚れてるって、気付いてないの当のお前くらいだぜ」 絶句した俺の顔を見て、光希はわざとらしくため息をつく。 「糞無自覚野郎が。圭介って相当俺の顔好きだろ。いつもいつも鬱陶しいくらい見詰め過ぎなんだよ。付き合ってる女がいてもやたらと俺の髪とかあちこち触りたがるし」 思い当たる節がありすぎて、全く否定出来ないのが恥ずかしい。 「ちなみにさ、政略結婚だと思い込んでるのは当の俺らだけだって、さっきウチの兄貴たちに言われた。俺らの結婚が親父たちのお膳立てだったとか、軽く死ねるくらい屈辱だよな」 「え………待って。悪い、話全然ついてけないんだけど、」 「つまり俺と圭介は周りからは普通に恋愛結婚だとしか思われてなかったんだよ。相思相愛のクセに何年経ってもくっつかないから、いい加減周りが業を煮やして俺らを結婚させたってことらしいぜ」 つまり光希が好きってこと、俺自身より先に周りが気付いてたってことか。 「うわ。それすごい恥ずかしいな」 「指摘された俺のが恥ずかしかったわ!」 光希は身悶えるようにデカいベッドにごろりと身を投げ出す。 「あれ、ちょっと待った。それってつまり光希も俺のこと好きだってことでいいのか!?」 「馬鹿。お前と結婚してる時点でお察しだろが」 ムードもへったくれもない憎まれ口なのに、何故かたまらなく愛おしい。 「光希、俺本当に好きなんだ。もう一度キスしてもいい?」 「だから結婚してるんだからいちいちそういうの聞くなっての!」 光希にいきなりネクタイを掴まれ、引き寄せられるままその体の上に乗りあげると、光希がにやっと意地悪く笑う。 「付き合ってる女に絶対好きって言わない糞野郎な一之瀬圭介に好きって言わせてやるなんて、今すっげぇ気分いいわ。……してもいいけど、俺がキス許したくらいでもう泣いたりすんなよ?」 「大丈夫だよ。だって今度は光希が泣く番だから」 俺の掠れた声に淫靡な雰囲気を感じ取ったのか、光希の顔にほんのり赤みが差す。 「上等じゃん。お手並み拝見してやるから俺を可愛く泣かせてみせろよ、旦那様?」 「………煽るの上手過ぎだって」 「それはお互い様だろ?」 それから俺たち夫婦は強く抱き締め合って、結ばれる前に交わす熱く蕩けるようなキスを始めた。 <了>

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