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06
テーブルのサーブから注いだシャンパングラスをクルリと揺らし、ふちに唇を添えて笑う。
「シャンパンもいい香り。俺はあんま騒ぐタイプじゃねーし、こうやって飲んでるとつい飲みすぎちゃってさ。これ、クリュッグ?」
「え、咲くんわかんの? へ〜……グラスだからラベル見てねぇのに当たりだよ。うわ、うれし」
「お? 当たりなんだ。よっしゃ〜。たまたまだけどね。味わいが違うかなって思っただけで自信なかった」
「味もわかるんだ」
サトウさんの興味のベクトルが変わった香りを感じて、少しだけだとお茶目にウインクを見せた。
酒好きの知り合いに勧められてコレクションを飲んだことがある。
それを覚えていただけで、進んで高価な酒を集めて飲んだりはしない。
庶民は味がわからないと言われるのは、普段価値があるものを飲み食いする機会がないからだ。味わったことがないものの正体はわかんないもんでしょ。
たまたま、俺は経験があった。
だから行動と言動自体はさして演技をするでもなく素でいると、サトウさんは俺の肩を親指でなぞった。
「咲くんって、シャンパン詳しいの?」
「んーん? 詳しくはないよ。でもメニルなんか俺みたいなやつには手ぇ届かないじゃん。予想外に飲めてはしゃいでんのかも。口出ししちゃった」
「はー……よくわかったなぁ……そう、これクロデュメニル。ドンペリみたいによく聞く名前じゃないけど、ちょっとした値段だろ? 咲くんみたいな若い子は知らねぇと思ってたから用意した俺がなんか嬉しいわ」
「え、サトウさんが用意したんだ。ははっ、メニルでも俺には手が出ないって。スゲ〜……大事に飲も」
無邪気で無防備。
だけどバカじゃない。
そういうカモとして振る舞う。
押すことも引くこともしない。ただ少し浮かれたふうに口角を上げながら頬を弛めてゴキゲンな顔をする。
手が出ない、というのは嘘じゃなかった。金があっても俺は手を出さない。
興味がないので店で見かけても気がつかず、結果的に手が出ない。
惜しむように、少しずつ飲む。
「……なぁ、ダンボネもあんだけど、飲まね? もっと濃いよ。咲くんが飲みたいなら、九十五年モノ開けるけど?」
「ほんと? 最高だね」
仮面をかぶっていてもわかるほど頬を紅潮させたサトウさん。
抱いた肩を引き寄せ、首筋の近くに顔を埋めるようにして密やかに耳元で誘われたので、彼好みの気の抜けた甘めの微笑みを向ける。
俺は嘘は言わない。
けれど正直者だと言われないのは、俺は物は言いよう、という言い方をするからだ。
求められるものを適度にあげる。
それだけでしょ。
みんな言うことはたいしてかわんないじゃん。
好かれる。好きになる。愛するとか。
そういうキモチワルイ感情システムを理解するためにベンキョーした時の記憶。
趣味、好物、その逆。考え方や立ち振る舞いであったり。
そういうものが自分と似ていて自分を立てるのであれば好感。わかるわかる。俺もノリの違うやつはメンドー。
優しくされればイイヒトというピタゴラスイッチのついた人々。
そして誰もが誰かの特別になりたい。
自分だけだよと、な?
凄いんだって持ち上げて、偉いんだって褒めてもらって、心のどこかで平均より上でいたくて、誰かのなにかになろうとする。
〝この世の中にうごめく有象無象の中でナンバー・ワンはキミだよ〟
そう言われたいんだろう。
寂しがり屋を、人間と呼ぶのだ。
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