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21(side今日助)

 バイバイ、と振った手を、もう少しいようよ、と引き止める誰かがいるんだ。  俺を地獄から気まぐれに救い出してくれた咲には、幸せになってほしい。  誰より強く美しく冷酷なクズ。  なのにひとりぼっちで朽ち果てて逝く人形のような、そんな彼を放っておけない馬鹿げた庇護欲。  守られた代わりに、守りたい。  わかっている。守りようがないほど、咲は人をダメにする最低なひとかもな。  だけど咲はあまりにも透明で。  どうしてそう見えるのかのカケラを知ると、俺はどうしても、この腕を解けない。  咲はわからない。  誰もが当たり前に持っているものがわからないことを悲しいとすら知らない。  なぜわからない?  なぜそうする?  なぜできない?  なぜ、なぜ、なぜ。  そんな世界が作った当然が異常をきたした咲を何度も殺しても、彼は痛みを感じない。  通りすがりの誰かが目に止めたら、遊ぼう、と腕を伸ばす。  いくら愛しても人間にならない人形に離れていく人。それを変わらず見送って、また通りすがりの人を遊ぼう、と誘う。  酷い妄想だよ。  咲は人形じゃないのに。  それはまるで骨董品のように美しい容姿と、人間らしく取り乱したりしない、共感できない中身のせいだ。  この人を、そんなもののままにしたくない。  こみ上げる言葉にできない感情のままキツく咲を抱きしめる俺の背を、咲はゆるりとなで不思議そうに呟く。 「お前もアイツも、自分を愛してとは、言わねぇんだなぁ……」  アイツという代名詞が誰を指すのかは、わからない。  でも俺と似たセリフを言った人がいたらしかったことで咲は検討の余地ありと判断してくれたらしく、俺の濡れた髪に頬を預けて眠たげな目を瞬かせる。 「愛情。んー昔はなんかわかりたがってた気がすんだけどなー。でももう、わかってるから、今は……どうでもいいんだけど」 「わかってる?」 「俺が貰えなくて、あげられないモノってことが」  クスクスと告げられる。  そんなことない。俺はいつでもお前に捧げてる。……なんて、怖くて言えなかった。  心の底から信用なんてされないって、わかってるから。心霊現象を信じないリアリストのように。  その頑なな不信を理解できないと斬り捨てる気も責める気もなく、眉根を寄せる。  咲がそうなってしまった出来事。  どの可能性も、多くは一つだけ。 「……咲は、愛した誰かに……裏切られた?」 「ん? んーん、裏切られてねーよ」  咲は語った。  咲にとって愛情とは、人格や体など自分の全て、人生そのもので、愛するとは、それらを望まれるまま捧げること。  そしてふと、望まれなくなったある日。  捧げきってスカスカの穴あきじゃあ、もう捧げることも受け取ることもできないものだ、と気づいただけ。 「そのために生まれたんだ。使い切ったら用済みで当たり前だし」 「……そっか」  悲しみの気配すら感じない声で笑う咲は、愛情の裏切りという感情すら、感じることは愚か意味すら認知していない。  それがわかって、哀しくなった。  裏切られるのが当然の愛。  極端すぎるぜ。  なぁ、咲。  お前はどんな人生を生きてきたんだ?  どんな人生を生きれば、たった一度で全てを惜しげも無く捧げるほど盲信的に人を愛して……そんな相手に裏切られたというのに、笑っていられるんだよ。  こぼせる言葉がなくて俯いていると、背中をなでていた咲の腕が俺を抱きしめ返し背骨をつたって、曰くお気に入りの項をスル、となでた。  くすぐったくて力を抜いてしまいそうになり、しっかりと咲に向き直って宝物を守るように抱き直す。  熱い湯の中で胎児のように身を寄せ合い、抱きしめ合う俺たち。 「まぁ、キョースケが強請るなら、探してやるよ。俺の中の愛情ってやつ」  それはいつもと遜色ない気まぐれな声色だったが確かな変化で、俺は返事の代わりに笑みを贈り、柔らかなブロンドへキスをした。  ほんとうは……おれを。  縋りつきそうな心を押し込めて、どうしようもないほどの愛情を知っている自分を、ほんの少し哀れんだ。  第七話 了

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