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「ぼくは咲が捨てられた時、ぼくが咲の持ち主になると言いたかったのだ」
「暇なんだね。廃品回収なんて」
「だって咲には、大人が必要だから。咲は、咲のそばには、咲を想う大人がいなかったから。だからぼくが、咲のためになにとだって戦える大人になるのだ」
「俺はひとりで、戦える」
「あなたは戦わない。手ぶらで歌いながら、戦場を散歩しているだけだろう? 偶然の被弾に期待して、いつ撃ち殺されるのか胸躍らせて無防備に歩くじゃないか」
「なにがイケないのやら」
「イケなくない。でもぼくは……ぼくはそれが、とても不快だったからね」
「へぇ」
「だけどいざ捨てられたあなたを前にして、大人になったぼくはノイズが酷くて、感情をコントローラーにしては動けなくなってしまっていた」
「じゃあ、動かなくていいよ」
「咲」
「オマエは夢の中でさえ動かない。他のお節介焼きなマボロシよりずっとマトモな判断だ。はなまるをあげよう。俺の命令で、ラクして他所で生きればイイ」
呼び止めるアヤヒサの背から、スカスカの胸を気だるく離した。
最後の声は甘く柔らかに響く。
やっかんだ気持ちは混じっていない。
むしろ愛撫に近い声を出した。
俺は純粋に、膝を抱えて身動きが取れなくなったアヤヒサが、今よりラクに生きていければいいと思ったのだ。
するとアヤヒサは仰け反るように背後の俺の首へと腕を回し、また引き寄せた。
「あなたは、そういうことをする」
「なにが」
「人の……寂しがり屋の不安は、自分がどれだけ傷ついていても、それをおくびにも出さずに肯定して拭ってしまう」
フッ、と嘲る。
とんだおめでたい勘違いだ。
それじゃあまるで俺が『アヤヒサが不安がっているから、壊れそうな痛みを無視してアヤヒサを安心させたい物好き』みたいじゃん。バカらしい。
「咲、お願いだよ。命令と恋心の狭間で、ぼくはおかしくなりそうだ」
「もうイカレてんのよ、オマエ」
「あなたの命令に背きたくない。従いたい。それでも、あなたのそばにいたい。追いかけたい。あなたに嫌われて捨てられてしまうとわかっているのに、ぼくはあなたを愛している。ぼくの声を聞いておくれ」
「うるさい」
「大人だから、あなただけをなりふり構わず追いかけられない。二度も追い返されて、ここにいちゃいけないと言われて、でも、だけど、なのに、ぼくは……」
「うるさい」
「さき」
「うるさいなぁ」
「いうこときくから、そばに、おいて」
無表情のままさめざめと涙を流しながら、普段のアヤヒサならあり得ないほど拙い言葉で、なにをそんなに必死なのかそう訴える。
子どもだ。俺たちは。
二人揃ってガラクタの子どもだ。
俺はアヤヒサを捨てられないからどこかへ行けと命令を下した。
その命令に従わないアヤヒサの処理の仕方がわからない。
捨てたら、殺さないといけないから。
ヤクソク、したから。でも、それは、めんどくさいから。
アヤヒサの腕をそっと払って、ポッカリと穴の空いた胸に手を通してみる。
どれだけ手を動かしても、そこにはなにもない。俺にはアヤヒサにしてあげられることが、なにもない。
俺に背を向けていたアヤヒサが、永遠のようにゆっくりと振り返る。
ビー玉のような双眸がぼんやりとこちらを見つめて、俺には搭載されていないその雫は、とめどなく頬を伝い続けていた。
「ウザイ。泣くな」
「『どうして泣いているのかがわからない。どの人間でも、誰一人すら』」
「泣くなって言ってんの、わかる?」
「『なにも求めずただそばにいたいって、それしか望まないお前の感情も』」
「その目を閉じて、それを、止めろって」
「『ロジカルにはわかるよ。システムも理解した。愛も恋も感情も涙も全部、俺はわかってるつもりだ。それを利用して実験がてら現実をかき混ぜる時もあった程度に』」
「言ってるのに、アヤヒサ」
「『なのに、わからない』」
「泣くなよ、泣くな」
「『なぜ俺のそばにいたいのかも、なぜいてくれるのかも、俺にはお前らがどんな感情を抱いてどう作用してここにいるのかが、まるでわからなかった』」
「泣か、ないでよ」
「『なにも求められないなら、俺はなにをあげればいいんだろう』」
「泣かないでって、ねぇ」
「『わからないから、求められていないことを探ろうとした。だけどなにも嫌がらない。アヤヒサは特殊だ。そして監視だ。されど借り物だ。だからアヤヒサは、いつか必ず、俺から離れていく存在なんだ』」
「泣かないで、泣かないで」
「『けど……どうせ消えるなら、とっとと消えてくれればいいのに』」
「それは流しちゃ、だめなやつなんだ」
「『俺と同じ人形なんだって、傷一つつかず人らしくない無機質なナカマなんだって、ワガママ放題実験して確信してたからさ』」
「それ以上は、ねぇ……お願い」
「『信じてたんだ。頼りにしてた。甘えてたのかも。俺が命じた通りに動くコイツは、俺が理解できる唯一だって』」
「お願いだから、アヤヒサ」
「『だって人間は不明瞭で、変温で、繊細で、俺には理解できない』」
「もう、泣かないで……」
「『アヤヒサって、人間だったんだよ』」
──こんな都合のいい、悪夢。
夢の中で触れさせて、愛させて、泣かせて、理解させて、それが俺の望みだと言うのなら、俺は救いようのないクズだ。
ゴミクズがせっせと作った不格好な砂の心じゃどれもマトモに返してやれないから、せめて忘れてしまえと、声のないメッセージを込めて離れたくせに。
それをいまさら。
「……さみしい……」
どんな顔で。
「……あいたい……」
とうの昔に枯渇したはずの感情の名前を、思い出してんだろうね。
「あは、は……ふふ……ふふふふ……」
暗闇でひとり、濡れた頬を緩めて笑う。
なぁ、神様は俺を作る時、俺も愛してみたい ってことを知らなかったのかな。
夢の中でしか泣けないくせに。
感じないはずの痛みを、それに付随する不要な感情を、思い出させた五つを恨んだ。
恨みながら、求めた。
膝を抱えて、うずくまって。
俺は泣きながら、愛したい、愛したいと神様に祈り続ける。
「こんなに寒いと……とてもとても」
だって本当は、俺はお前らがいないと、寂しくて、寂しくて。
会いたくて、会いたくて。
──……愛おしくて。
「ひとりぼっちじゃ、いきていけないなぁ」
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