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 あと一人は、ハル。  だけど俺、ハルの体の感触を思い出せない。ハルを抱いたことがただの一度もないからだ。  あ、また。  変な感じした。 『ほらな。お前感じてんだよ、咲』  閉じたまぶたの裏側にホワリと野生のジャガーみたいなハルの顔が浮かんで、それが俺にそら見ろと意地悪く語りかける。 『寂しいんだろ? 俺の体温を思い出せなくて。そんで俺の体を確認しに行きたいけどお前は動けない。それが寂しいだ。たった一人を選ばないといけないのに、たった一人でも欠けることを選べねぇから』 「あはっ、そうだなぁ」  所詮まぶたの裏の幻覚でも、お前の声が聞けて、ちょこっとだけ目が覚めたくらいには正解だわね。 「感情なんか要らねーよ。ないならないままでよかったのに、ハンパに貰って気ィ狂いそうよ、アタシ」 「ハニャーン」  ため息のように饒舌な独り言を言うと、隣で寝そべる劉邦が「まぁた幻覚とトークしちゃってんわ~」と言って笑った。  そ? これ大事なことなのよ。  これをしないと、俺ちゃんはもう形も保っていられませんので。よしなに。  昨日はアヤヒサ。その前はキョースケ。その前はタツキで、その前はショーゴ。  で、今日はハル。  ゲームをした時。ハルは四人と言った俺の言葉をなんの気なく切ったけど、あの続きにはハルがいた。  五人以外ならそのままなかったことにするのに、自らハルの手を取ったのは、ハルも同じにしたかったからかもしれない。  一人一人の体を反芻してしがみついた時、俺は全員を呪いそうなくらい〝抱きしめたい〟と感じた。  そしてハルにも、そう思った。  おかしな話だ。ただの友達なのに。  パチ、とまぶたを開く。 「劉邦」 「なにゃー?」 「お前ちょっとハルになれね?」 「ウヒヒッ! 誰それ? なれねー!」 「じゃーもう腕解いてい? 今記憶さらって五人分反芻するから」 「妄想ハグとかアマゾン生えるわブッ壊れ過ぎん? それどういう感じょ、イッぐ」 「うふふ。人のマイブームにケチつけんな?」 「あへっ、くちびうとぇうっ」  バカにされたので劉邦の口ピを引っ張ると、恍惚とした笑顔は崩さず涙目になって俺を解放した。ベッドから這い出た劉邦は口元を押さえて拗ねる。 「イテェ~……てかぁ咲ちゃぁんに。お客さん来てんの」 「俺にオキャクサンって知り合いはいねーからそれ詐欺ね。追い返しといて」 「エッそなの? もう入れちゃったァ俺ってマヌケなアンポンタンじゃん! 詐欺にあっちゃう、どうしよー!」  打って変わってあたふたと慌てるアンポンタンに、特に動じず「じゃー俺が追い返すから、劉邦はそいつら通したあと王様の部屋で隠れてな」と手を振ってやった。  オツムの足りてないバカはこれだから仕方ねーなぁ。  スマホごと捨てた俺に、ここを探り当てて追いかけてくるようなお客さんはいねぇのよ。  だから来るとしたらそれは、死神か殺し屋。願望込み。 「暗殺者ダイカンゲー。両手両足と舌でちょうど五発。バンバンバン、バンバン」  ピョンピョンと飛び跳ねて部屋を出た劉邦を見送り、通されるはずのオキャクサンとやらをベッドに座って待つ。  素敵な想像のおかげで、俺の気分はライブの開場を待つコアなファンの気分。ワクワクが止まらねぇ。  はぁ、すごい。久しぶりに楽しみっていう期待感を味わってんの、俺。  早く。早く。待ち遠しくて気ぃ狂いそうになってきた。  だって、そろそろ終わらせなければ、理解できない衝動に抗えなくなってしまう。  知らんぷりも、もう限界だ。  コツコツと足音が聞こえて我慢ならずにベッドから立ち上がり、ドアの前に立つ。  口角は自然と吊り上がる。  鼓動は踊るように高鳴った。  ──あぁ、あぁ、早く終わらせて。早く。お願い。早く。一分一秒が苦痛なの。  生きながら寂寞に焼かれ、灰になっても終われない、俺専用の愚かな悪夢。  ──俺は愛せないから、殺してくれ。  ──自分のことすら、愛せないから。  本当に、酷い話。  半端に戻った感情は〝さみしい〟と〝会いたい〟を俺に与えて、その上で〝人の愛し方〟は与えなかったんだよ。 「冬なんて嫌いなんだ」  だってみんな嫌いでしょ?  白くて冷たくて、消えていく。

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