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目を閉じると、ドクン、ドクン、とテンポのズレた鼓動が聞こえる。
自分のものと、少し速いハルのもの。
その音を聞きながら熱すぎる体温を感じるハルの腕の中は酷く安心して、疲弊しきった精神がたゆむ。
ハルは震えたまま、喉を鳴らして、息を吸って、浅く吐いて、それからたぶん、泣き顔で歪に笑っていた。あぁ、いつも通り。
「ハル……離れたくねぇよ……」
「はっ……じゃあ、離れんなよ……お前が望むなら、俺でいいよ、もう……っ」
「はは、無理だねぇ……だって、言ったじゃん? 俺は五つに裂けてないから、きっと理解は得られないから、なら傷つけてしまうから、寂しいまま逃げ出した。お前の体温に……別の四人を探してんの」
「俺だけじゃ満足できねぇとか、贅沢者。我儘。欲張り。最低最悪のクズ野郎」
「ぷっ、だから言わねぇって……そもそもハルは俺をそういう意味で好きにはなんない、トモダチでしょうに」
「バッカじゃねぇの……? 世界一正直なオマエだけを騙すなら十五年ぽっちイージー過ぎんだよ、マヌケ」
「ん……? 全部暗号……? むつかしいこと言うなぁ……でもその通り。トモダチのハルじゃ、五人分に到底足りねー……替えのきかないカケラなんだよ。同じはいっこもなくて、いっこ欠けたら空っぽとおんなじ。そんなら全部我慢しますわなぁ……」
「うるせぇよ……ひとりぼっちじゃ、正気で生きてもられなかったくせに……」
静かな部屋に、涙声でハルが絞り出す悪態と俺の独り言がぽつりぽつり浮かぶ。
ぐったりと身を預ける俺にしがみつくハルは、絶えず俺を罵倒した。
俺を罵倒するのはいつだってハルだけだ。死ねないからちゃんと生きてるつもりだったのに容赦ねーの。
「この三ヶ月どうしてた?」と尋ねられて、あの日からそんなに経っていたのか、と今さら時の流れを理解する。
あっという間だったような。
永遠だったような。
その体感すらピンとこないくらいに、俺の興味は時間とやらには一部も割いていなかったらしい。節電ってやつだな。ゆったりとした時間に、溶けてしまいそう。
「咲、痩せすぎ……ヤク中みてぇ……」
「ありゃ。ヤクなんてしてねーよ? トリップして記憶が飛んだら、もう頭の中で、会えなくなるもん」
「持ち主がいなきゃ電源オフって、極端すぎんだよ……髪、染め直してねぇのに白いままだし……バカヤロウ」
「んふ、髪色はもともと。……あぁでも……昔は、黒かったかな……」
本当は、わかってるんだよ。
こうしてちゃダメだって、さ。
わかっていて溶けていくんだ。
わざとおぼろに口を開いて、曖昧に舌を使って、喉の音を出し惜しみする。
すぐに吐いてすぐに起きるから食事も睡眠もほとんど取らず、劉邦や同じようなやつらのサポーターをしていた日々。
だからだと、思う。
俺が「なんで来たの?」と尋ねることはおろかこの抱擁に抵抗すらせず、知らんぷりをし続けているのは。
あぁ。俺を抱きしめるハルの腕は、こんなに細かっただろうか。
目元を赤くした酷い彼の顔色は、こんなに白かっただろうか。
それでも……ハルの体を自分から突き放せない俺を、人はきっと、正しく〝人でなし〟と呼ぶのだろう。
ほんと、清く正しい矛盾だな。
ハルがいるから人でなしなのに、ハルがいるから人になりたがる。
「ハルも、俺を、忘れろな」
あーあ、言いたくなかったのにさ。
言いたくなかったんだよ、ハル。
「俺は、お前に恋するバカじゃねぇ」
「それでもハルは、ダメ。そゆことじゃない。俺にジョークを言うかは関係ねんだよ。だから俺が、消えるしかなくて、消してもらうしかないから」
「は? ……どういうことか説明しろ」
ギシ、と俺の骨が軋んだ。
ハルが思い切り力を込めたからだ。それも無理ないという理由を俺は知らない。
それが関係なくなると、愛さない代わりに手続き無しでそばにいられると、長い間耐え続けてきたハルの忍耐が無駄になることを知らない。
知らないが──問題なかった。
そっと顔を上げて、真摯にこちらを見つめる双眸に笑いかける。
「愛してるよ 、ハル」
「──…………ぇ」
瞬間、抱いていたハルの鼓動が一際大きくドクンッ、と弾んだ。
あんまり大きいから心臓が止まったのかもと思った。ハルが無反応だったから。
けど瞬きひとつしないハルのまつ毛が震えていて、生きているならそれでいいかと口を開いて言い聞かせる。
うん。ほんとは、わかってたんだよ。
わかったんだよ、少しだけ。
「他の人間に抱かない感覚を抱くことが、特別ってことだよな? その特別の中で、生きる理由になるモノが、俺にとっては亡くしちゃいけないパーツでさ」
「そうしたら俺は、俺のことを好きじゃないトモダチのハルを特別に想ったんだ」
「ハルじゃないと機能しないシステムを見つけたんだぜ。ハルが教えた人間の色だよ。俺はハルがいるだけで世界に混ぜてもらえんだ。特別だろ? 大切な、キモチ。……たださ、俺の、フツウじゃ、なくてさ」
「フツウじゃ、ないらしくて、さ」
「こんなキモチを……俺はショーゴにも、キョースケにも、アヤヒサにも、タツキにも、同じような抱いてるんだよ」
──生きる理由が、五人いる。
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