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「デメリットはたぶんねーよ。大丈夫。ほんとに。俺は別に、ハルやアイツらが誰と寝ようが俺の他に俺より親しい人がいようが俺以外と付き合おうがどうでもいい。デートもセックスもクリスマスもプレゼントもなくていい。俺にはなんにも、なくていい」 「……それ、愛してんのか」 「うん。俺は、愛されたいんじゃねーの」 「は……?」 「〝愛してる〟って〝相手の幸せを願ってる〟ってことでしょ? そんで〝愛する〟ってのは〝相手を幸せにする〟ってことでさ。それは俺にはできないことだ。だから俺にもしなくていい。俺は要らない」 「んな、こと……っ」 「いいんだよ、俺は。……オマエらが幸せなら、それでいいや」 「っ……」 「もうね、そこに俺がいなくていい。俺を愛さなくていい。むしろ要らない。邪魔。無駄。ゴミ。クズ。──そんなスクラップ、キレイさっぱり忘れなきゃダメ」  大きな遠回りだった。  されど必要な遠回りだろう。  俺を忘れて、全てが終わる。  なぜ俺を愛していると言うか否かを基準にできなくなったのか、という質問の答えは、俺がお前らを愛しているから、だ。   「ゲームは俺の負け、な」 「っさ……!」  スッ、と引き寄せた左手の薬指に、うやうやしく唇を落とした。  滑らかな手がピクリと跳ねる。 「指の代わりに、俺が手作りした心とやらをあげる。不格好だけど、笑わねぇで」  ハルは目を見開いてなにか言おうとするが俺はそのまま頬を擦り寄せて、ハルの手の温度を頬で感じながら祈りを捧げた。  もう感じることのできなくなる熱を脳髄へ刷り込むように、丁寧に混ざる。 「ハル……俺は、……俺も、……」  本当は言いたくない。  下手くそで、紛い物で、ブサイクで、見るに耐えない醜い心モドキだ。  それでも口を開く。  きっともう、これが最後だろう。 「……俺、ね」  ──ハルと、そしてショーゴと、キョースケと、タツキと、アヤヒサと。  たった一人選ぶことも、普通に愛することもできない俺だけど、他の全人類は選択肢に不必要だと至極当然に思う。  だって、今日までこれらと離れていた間は、本当に寂しくて、会いたくて、潰れそうで、泣き出しそうだった。  それに気づいてひとりぼっちのまま消えてしまいそうだった俺が、砂上の楼閣でカケラを求めてせっせと作ったナニか。  流れ落ちていく砂を諦めきれず、混ざったキラキラを必死に集めて繕うコトバ。  精一杯の、やっとの、本音。 「……()を愛する、()になりたかったなぁ……」 「──……っ!?」  まばたきを一つした途端──俺の目から、ほんの小さな雫が溢れた。  俺の顔を見て、ハルが息を呑む。  白い頬を蝸牛のごとき速度でその一雫が伝っていくと、透明な道標が描かれる。  一つ以上は零れない涙。  たった一粒のそれは、俺がコイツらに俺の真実を証明できる唯一だった。 「どうしてもうまくできないんだよ……愛しい人を愛することが、俺にはとてもむつかしくて……とても辛い」  だって俺には、温度がない。  どんなに求めても泣けなかった。  切り刻まれて、焼けこがれて、朽ちる苦痛に耐えて、それでようやく一粒っきり泣くような薄ら寒い男だ。  けど自分は泣けないくせに、好きな人はとめどないほど泣かせるんだぜ?  ──泣かせない人と幸せになって。  心做いクズじゃ、心豊かなタカラモノの涙の理由も思いつかなくてダメだなぁ。  ──お前だけを愛する人と笑っていて。  だから、ハルも、他の四人も。  どうかきっとずっと笑っていて、と五人分願う俺より、深く、深く、自分だけを愛してくれる人を選ぶんだよ。 (あぁ……あったかいなぁ……)  目を閉じて、固くしめった熱いハルの手へ惜しむように頬ずりする。  静かに離した。  指先が離れる時は、重力がなくなればいいのに、と祈った。  いつも通りの薄ら笑いを浮かべて、俺を抱きしめたままのハルを見つめる。 「はは、有言実行。流石ハル。ちゃーんと俺を正気に戻してくれた」 「あ……さ、咲……」 「でも悪いけど、もう離して」 「なっ……! ん、でっ……」 「ハルが触ると気持ち悪ぃんだ。ただ俺からは離せないから、オマエが離して。そして二度とここに来ねぇで。顔も見たくない。声も聞きたくない。影すら触れたくない。全部忘れろ。未来永劫サヨウナラ」 「っ……バカかよ、お前はっ……!」  はっきりとした離別を宣言した。  自分からハルの体温を手放すことはできない。ハルが腕を解かないと、困る。  なのにギュウ、とより力強く頭ごと抱きしめられて肺の空気が絞り出される。やめろよ。人の話聞かねーの、ハルちゃん。  力が強い。引き止める力が、強い。  消えた日、タツキに腕を掴まれると困ると思った理由と同じだ。

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