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 甘えたなタツキの首筋に歯型を三つばかりこさえてやったあと、俺はくまなく部屋中を探したけれど、ショーゴの姿はどこにもなかった。  アヤヒサは静かにスマホを取り出したが、ハルに睨まれてやめる。  わけもなく、俺が止めてやめた。  だってショーゴがいねーんだ。  ってことは、来なかったんだろ?  ならショーゴは俺の存在なんかきっぱり忘れてしまったわけで、きっと俺の足音を迷惑がっているのだろう。  そんなショーゴを引っ張り出して告白しようとするなら、俺が自分で見つけるのが道理ってものじゃんね。ジョーシキでしょ。何年かかるかなってカンジ。何年なら早ぇか。  百年生きてられるかね。  なんて、隠れんぼの残りタイムを考えながらショーゴを求めてあちこち探す。  すると見つけてからショーゴ捜索の間もずっと俺にへばりついて離れていなかったタツキにハルが思いっきり蹴りを入れて、次の瞬間、ネコ科同士の取っ組み合いが始まった。  初対面でもないのだが、どうもこの二人、ド級に仲が悪かったらしい。  二人とも喧嘩慣れしてっかんね。  まぁ一応家具を壊さないように寝技で戦うあたりはイイコだと思う。  百八十五センチという大柄なタツキに対して、七センチも小さいハル。  なのにどちらかと言うと少し押しているハルは、大人になっても性根が凶悪だ。  いやタツキも強いんだけどね。  流石元ヤン。学校一の危険人物とか言われてたハルキくん。ンま、かわよ。  茶々を入れられるのは俺とアヤヒサくらいだろうが、俺は二人がしたいならすればいいので放置し、アヤヒサは我関せず。  こうなるとしびれを切らしたキョースケが声をかけるのだが、膠着状態でお互いの足をねじる二人は「遊んでやってるだけだ()」とユニゾンだ。  割を食ったキョースケは、引きつった笑みを浮かべて「ケガはしないように気をつけてほしいな」と言った。  キョースケは苦労する運命なのかも。  ありゃ、ちと困っちまって。  キョースケを困らせるものを蹴り飛ばしてあげたいけど、タツキとハルの骨をうっかり折っちゃったら、たぶん病院のベッドが隣同士になるかもじゃん。そしたら嫌がるからダメ。嫌われたくねーもん。でもキョースケが困るなら踏み潰してーな。でも取っ組み合いに俺が混じったら叱られんのかな。  そういうやりとりを聞きながらも、俺はショーゴを探すことを諦めない。  一人でキッチンの隙間を覗いていた俺に、苦労人のキョースケが「咲、見つかったか?」と声をかけた。 「見つかんねぇよ。ダメ。ショーゴは俺が嫌いだから、自分の恋人に見合わない俺に見つかると困るんだろうね。だって俺、きっちりフラれたもん。寂しいがまだわかんなかったから、フリをしたら泣かせちゃった」  ゴミ箱の蓋を開けて、閉じる。  たれ目がちな双眸に向き直って答えると、キョースケはわずかに逡巡し、歯切れの悪いヒントを語り始めた。 「俺が口を出すことじゃないけど……翔瑚くんはさ、咲に酷いことをしちゃったと思ってるんじゃねぇかな」 「あはは。珍しく間違うじゃん、キョースケセンセ」  軽く噴き出す。  や、だっておかしくね?  酷いことをしたのは世界アンケートの満場一致で俺のほうで、被害者のショーゴが気に病むことなんかこれっぽっちも存在していない。  そう言うと、キョースケは「その世界アンケートで〝翔瑚くんが悪い〟にたった一票入っていたとしたら、その票を入れているのは翔瑚くん本人だってことなんだぜ」と眉を垂らして頭を掻く。 「『自分のせいだ。自分が告白したくせに咲を無理に付き合わせて、それが自分の中の常識と違ったからと泣いて責めてフッて、どうして咲がそうするのかなんて聞かず考えず、取り返しのつかない傷をつけた。そんな自分に合わせる顔なんかあるもんか』……翔瑚くんはそう思ってしまう人なんだよ。たぶん俺より、咲はよく知ってるだろ?」  問いかけるキョースケが、あくまで想像だと付け足した。  はは、下手くそ。  お前はほんと、強がり以外の嘘や誤魔化しがおしなべて下手くそなんだよ。

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