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01(side理久)
火曜日は、私が咲を独り占めできる日だ。
私の部屋に咲を誘って、手料理のディナーを振る舞う。
「なにこれ、冷めたスープ?」
すると、テーブルに並んだ冷製スープを一口食べて、咲は不思議そうに皿の中をスプーンでかき混ぜた。
「そら豆の冷製スープだよ。もともと冷たいものだ」
「ふぅん。アヤヒサっていっつも気取ったご飯作るよなぁ」
「そうかい? 口に合わなければ残してくれて構わない。温かいものがよければ作り直そう。あなたの仰せのままに」
そう言うと、咲は「うふ。そういう言い方も気取ってんだろ」と、私の質問には答えずに冷製スープを口にした。
「冷たいね」
冷製スープ。
思えば私のような料理だ。
見た目だけまともに整えて、期待たっぷりの舌で触れると冷ややかに突き放す。家庭を知らない私の料理は、気取っているのかもしれない。
そう思うと、一抹の不安があった。
咲と私は少し似ている。
野山とは違う意味で似ている。
私も咲もあの人の傀儡。
高級料理といわれるものばかり、あの人の秘書をしていた時は味わっていた。社長という椅子に座った今も、そういうものばかり食べている。
だから、異常な咲が求める料理が温かい平凡な家庭料理なら、同じく異常な私には、逆立ちしたって用意できないものだ。
生多や初瀬のスープは、きっととても、温かいのだろう。
「……冷たいスープは、嫌いかな」
気がつけば、口を開いていた。
欲しい答えがあったわけじゃない。
嫌いだと言われたとしても、私は咲から離れない。咲も私を必要としてくれている。
わかっている。
なら、なぜ尋ねたのだろう。
今しがたの質問をなかったことにしようと、口を開きかける。
「俺はアヤヒサが好きだよ」
「っ……」
けれど言葉にする前に、顔を上げた咲がうっそりと笑ってそう言った。
「私は、スープの話を」
「んー? ふふ、回りくどいにゃ。迷子の迷子の、アヤヒサちゃん」
──ああ、ほら。
そうやってあなたは、私を簡単に見透かしてしまう。
咲と似ている私が、咲と違うところは……私のわからない私のことは、咲が教えてくれるということだ。
本人にそのつもりは無い。
だが私は救われる。だから、咲のそばに、永遠にいたい。
「咲。私はね、咲が手を引いてくれないと、たまにうまく、歩けなくなる」
「ふぅん? じゃ、あーん」
私が突然何を言おうと、薄い笑みを浮かべたままの咲はスープをすくい、手を伸ばして私の唇にスプーンを押し込んだ。
抵抗せずに飲み込む。
冷たい液体が喉をすべり、そら豆の濃厚な香りとクリーミィな味わいが口の中に満ちた。
「美味しいでしょ」
「ああ」
味見した時と変わらないはずが、咲の手から食べるととろけるような甘さを感じる。
それに咲に「美味しいでしょ」と言われると、自然に頷けた。
咲はそういう、誘うような話し方をする。魔性の男がいるならば、咲と同じ姿をしているのだろう。
「ね、今度は俺に食べさせて」
「あぁ。仰せのままに」
スプーンを手に取り、白濁した緑の液体をすくう。
咲は私の手ずからスープを口にすると、喉を鳴らして満足げに笑い、色めかしい視線でからかうように私を見つめた。
「冷たいスープは、嫌い?」
「大好きだよ」
「俺も大好き」
ただ応えられるより、心に深く染み渡るやり方だ。
大人になると、素直に甘えることができなくなる。
だけどこればかりは、いつだって素直におねだりしなければ。
「咲」
「ん?」
「今夜、私と頭の弱いセックスをしよう」
「あはっ、いーよ」
言葉遊びで甘やかす年下の恋人に、冷たい私は、まんまと沸騰させられるのであった。
了
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