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逃避行
「…あ、もう少しでショー終わるかも」
「おや、もうそんな時間ですか」
あれから凛堂さんにクリオネの豆知識を聞いたり話したりしているともうちらほら人の多さがもどりつつある。時間が無い。大勢の人が戻ってくる前にプールの出口に行かないとはぐれちゃう!と思い立ち上がる。
「待って」
「!!!なっ、離してくださ、」
「もう少しだから」
「…は?…っぅ゛、ぅ」
凄い速さでギュッと掴まれた手首に伝わる体温が気持ち悪い。
他人の体温は元々苦手だけどここまで不快に感じる事は今まで無かった。喉がきゅうっと締まって強制的に横隔膜があがってくるような感じ。吐きそうだ、と咄嗟に口を手のひらで覆うとハッとした様に凛堂さんは手を離してくれた。
「失礼しました。番以外のαは受け付けませんでしたね。」
「つ、…゛っ…え…?」
何で俺に番がいるのか知ってる?項は制服の襟で見えないはず。この人、αなんだ。雰囲気が、柔らかい感じだったからβかと思って油断してた。
ゾワッと何か得体の知れない不安が俺を包み込み、空調は涼しめなはずなのに変な汗がダラダラ吹き出してくる。
少し凛堂さんから離れて距離をとったらそれを見た凛堂さんは寂しそうに苦笑いして俺をまたベンチに座るように促す。俺が座ると気を使って少し離れてくれた。
「それにしては匂いが…いえ、安心して下さい。何もしません」
「…」
「あ、僕と逃げます?俺いつも黒川さんに散々振り回されてるんでこっちが振り回してみますか?」
名案!とでも言うように凛堂さんは手をパチンと叩き立ち上がる。一人称も僕から俺に変わってるし…ってか、
「黒川さんんん????!!!」
「僕も一応、黒川会、若頭補佐なんで使える部下は沢山います。華さんが望むのなら国外逃亡でも。」
凛堂さんはそう言ってイタズラっ子のような顔をして笑う。黒川会ってなに?若頭補佐?なになに?え?黒川さんの事知ってるっぽいし黒川会ってもしかして黒川さんが若頭?してるヤクザの集まりの名前?白林さんと早野さんがいるとこ?!??
「黒川さん、の部下さんなんですか?…ヤクザ、の?」
「一応、表の会社『でも』右腕をさせて頂いております」
そう鮮やかに微笑む凛堂さんは中々ヤのつく職業に就いているとは思えない。だってス○バで働いてそうなくらい爽やかでイケメンなんだもん。それこそ白林さんの事務所で働いてそうなくらい!!
「今日一緒に来ているの、理央ですよね?…あのクソガキ嫌いなんですよ。養子の癖に、」
「よ、うし?」
俺がハッとしたのに気付き凛堂さんは『失礼、お喋りが過ぎました。』と言ってベンチに座る俺の目の前で片膝をつく。そしてプロポーズするみたいに俺に手のひらを差し出した。
「どうします?僕なら命に代えても守り抜いてみせます。どうせ貴方の護衛に休日出勤させられてるんだからやる事は変わりません。少しばかり振り回してやりましょう」
「…じゃあ、」
理央につきっきりの黒川さんなんか俺が急に居なくなってちょっと困っちゃえばいいんだ。そしたら理央は俺がいなくて嬉しいだろうし俺も二人を見なくて済む。
冷静に普通に考えてこの選択が正しいとは思えない。
けど初めての嫉妬でこの気持ちをどうやり過ごせばいいのか分からない俺は『行きます』と凛堂の手を取ってしまったのだった。
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