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身代わりと友達
「…俺…もう嫌だ…」
もう嫌だ。ここに居たくない。そう思って会長さんから静かに離れて一番近くの襖を開ける。襖は軽いはずなのに引くとやけに重く感じた。
「おい華」
俺を引き止める黒川さんを無視し走って廊下に出ると山奥ということもあり夏なのに涼しい空気が俺を包んだ。
どこが玄関に続く道なのか分からないけどとりあえずあの東の間から離れるように長い長い廊下を走った。何回か角を曲がると日本庭園みたいなのが見える縁側みたいな所に出る。本当にデカいなここ、なんて思いながら走っていると数メートル先に人影が見えて思わず足を止める。
「…はぁ、はぁ…あ?」
誰だ、会長さんでも黒川さんでも凛堂さんでもない。それよりシルエットが小柄だしスーツでもない。
人影は俺の方に向かって足音も立てず静かに走ってくる。
余りにも不気味で少し後ずさりすると、その人の顔が月明かりに照らされて見えるようになった。
────
「こっちです」
「へっ」
いつの間にか目の前に来ていたその人にぱしっと手首を掴まれそのまま引っ張られる。俺も足は速い方だけど俺を引っ張るその人は俺と比べ物にならないくらい速くて追い付くのがやっとだ。
廊下の角を数回曲がり階段を上がり二階に出る。幾つかある部屋のドアを開けて俺を部屋に押し込んだ。
俺はよろけながら部屋に入る。勢いよく振り返るとちょうど鍵をかけている所だった。
「あっ、あの、!」
「ここは俺の部屋です。本日付で金条様の護衛に就かせて頂きました、佐伯 琉唯と申します。ご挨拶が遅れ申し訳ございません。」
「え?護衛?俺に?」
そう言い俺に最敬礼をした佐伯さんは俺と同じ身長で俺と同じ髪色、同じ色のピアスをしている。顔は似てるかどうか分からないけど遠目から見たら俺だと勘違いされそうなくらい似ている。
「若からそう言い付けられております」
「…黒川さん…から…」
「はい。次期会長の若を狙う者は少なくありません。」
「…ですよね…」
室内にはシングルベッドとローテーブル、それと小さめのソファにテレビしかない病室みたいな部屋だった。
佐伯さんは俺をソファに座るように勧める。大人しくそれに座ると佐伯さんは俺の隣が空いているのにローテーブルを挟んだ床に正座した。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。お見苦しいところを…すみません」
少し頭を下げると佐伯さんは首を横に振り、とても辛そうな顔をした。
「いえ、失礼ですが全部聞いておりました。僕はβですが金条様の気持ち良く分かります」
「…ありがとうございます」
聞かれてたんだ…恥ずかしくて情けなくて顔をあげられない。膝の上で握った拳をじっと見ていると視界にティッシュボックスが入ってくる。
「…あ、あの…泣いてもいいですよ?」
「…え…?」
「…心が痛い、ですよね」
びっくりして顔を上げると佐伯さんは自分の事じゃないのにすごく泣きそうな顔をしていた。
それにつられて堪えていた思いがぶわっと溢れるみたいに涙になってボロボロ零れる。拭っても拭っても俺の目からは涙腺が壊れたみたいに次から次へと涙がでてくる。
「…はい…ごめんっ、なさ、」
それから数分ひとしきり泣いた後、もう遅いのでここで寝ろと言われた。佐伯さんの部屋着を借りてグイグイと背を押されベッドに上がると佐伯さんは部屋の電気を消してソファに寝転がる。
「あ、あの、俺がソファで」
「いけません。金条様は護衛対象ですので僕がいつでも動けるようにしておかないと。」
断固として首を振る佐伯さんに申し訳ないと思うが再度お願いしてみる。
「何度言っても駄目なものは駄目です!」
「…なら友達になってください…」
「えっと、それは…」
佐伯さんは眉を下げて考えている。
お、…困ってる…?おれは押したらいける感じかな?なんて調子に乗って数回お願いします!と言うと『わかりました…』と承諾してくれた。タメ語もお願いしたけどそれはまた今度って。残念だ。
「あの!お友達記念に!一緒にねてください!!」
最後のお願い!と付け加えると首が千切れそうなくらいブンブン頭を振る佐伯さん。まぁ護衛対象と仲良く寝るとかかんがえられないよな。
「…俺…親が厳しくてお泊まり会とかした事ないんです…」
そう言うと佐伯さんはぐぐっと唸ってそろそろとベッドに入ってきてくれた。その顔は半泣きで超絶申し訳ないけど今日だけだからと言って我慢してもらう。
「こっ、こんな事をしたら指どころか存在すら抹消されるかもしれませんので!誰にも言わないでくださいよ…?」
「…今日だけなので…すみません、ありがとうございます…」
「絶対ですよ!もう!早く寝てください!」
わしわしわしと頭を撫でられ高速寝かし付けかと思いながら目を閉じると泣き疲れていた俺はすぐに夢の世界へ旅立ったのだった。
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