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泣いていたしよく考えず勢いで裸足で飛び出して来てしまったから濡れた足が地面につく度にぺたぺたと音を立てる。とりあえずエレベーターでエントランスまで降りる。 そこで立ち止まって考える。 もしこの自動ドアを出て俺はどうする?俺はここから自分の家までの道を知らない。近くはなかったはずだ。 どうしよう。どうするのが正解? そうこうしていると冷房の効いているエントランスに濡れたまま突っ立っていたから体が冷えて夏だというのにくしゃみが出る。 「っくし!」 何度か連続でくしゃみをしていたその時、エントランスの自動ドアが開く。思わずそちらに顔を向けると入ってきた人は俺を見てすっっっごく面倒くさそうに顔を顰めた。 「…ちょっとちょっと…それは流石にヤバいですよ」 目が合って足を止めたのは大きめの紙袋を持った佐伯さんで面倒くさそうな顔は変わらないけどスタスタと近寄ってきて俺の腕を掴みエレベーターに乗り込んだ。 「…何ですかその格好…」 「…佐伯さ、…琉唯く゛ん゛ん」 寒いし足は冷たくて痛いし泣きながら佐伯さんに縋る。 今だけは護衛としてじゃなくて友達として対応してくれないかな…とか淡い期待を寄せて琉唯くん呼びすると先程より数倍面倒くさそうな顔をしてため息をつかれる。 「…えぇ…面倒くさ…俺の仕事は護衛だけなんだけど…」 「…琉唯くん俺、俺っ、…うぅぅ」 琉唯くんは『あーーーーはいはいはい』と言いながら紙袋をガサゴソ漁り、そこから取り出したハンドタオルを俺の顔を押し当てた。それはめちゃくちゃ肌触り良いし高そうで俺から滴る水滴をすぐ吸収する。琉唯くんが言うには紙袋の中身全部俺へのプレゼントらしい。正臣さんからの。 「…話聞くのも超絶面倒臭そうだけど昨日からオトモダチなんだろ?…入って」 「琉唯くん…優しい…」 黒川さんのうちの数階下で止まったエレベーターから下りて琉唯くんのうちに入った。 友達の家に入るとか爽の家にすら行ったことがなかった俺は思わずキョロキョロしてしまう。玄関の広さとか間取りは変わらないけど琉唯くんの部屋には黒川さんのうち以上に何もなかった。本当に必要最低限って感じ。本家でお邪魔した琉唯くんの部屋くらい。 「若から急にここに引っ越せって言われて来たら家具やら何やら揃ってたんだよ…まずシャワーな、えーっと、多分これ、はい」 「ありがとう」 琉唯くんはぶつぶつ言いながらガサゴソ紙袋を漁って俺に服を差し出す。受け取って広げてみるとそれは大きめの白Tシャツと黒地に白のラインが入ったジャージのズボン、何故かサイズのぴったりなパンツだった。よかった。正臣さんからって聞いてあの着物と洋服が混ざった変な服だったらどうしようって思ってたから少し安心。パンツのサイズが正臣さんにバレてるのはちょっと怖いけどな。 「若の事だから多分ガス通ってる。タオルもあると思う。早く行けよ。カーペット濡れる。」 「あっ、ごめん。ありがとう」 急いで踵を返し脱衣場へ向かう。廊下には俺が歩いた所に水滴が落ちていて、振り返ると琉唯くんが既に廊下を拭き始めていた。なんか家政婦さんみたい。

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