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《愛しのにゃんこ》

 。:+    *.゜+   僕の可愛い彼は   僕の天敵でもあった       +.。*+          +.。 「に゛ゃぁ!!!」 落ちた花瓶が命中して頭上で割れる。中の水を被ってずぶ濡れになりながらも、(まとわ)りついた花びらが彼を可憐に飾り付けた。 あんまり可愛いから逃げるのも忘れて見とれていると、僕に気付いた彼がまた追い掛けて来ようとする。が、濡れたフローリングに足を取られ、そのままひっくり返った。 底抜けにマヌケで、底抜けに運が悪くて。 でも、例え僕を捕まえられたとしても、結局食べる事も出来ず逃がしてしまう彼の、底抜けにお人(猫?)好しな所が、愛しくてたまらなかった。 「ここまでおいで!」 床に突っ伏したままの彼に向かって、あかんべをする。 「ジェリー!待~て~~~!!!!」 ムキになってまた僕を追い掛けて来る姿を確認してから、逃げ始める。 捕まりそうで捕まらない距離を楽しみながら、時々振り返り、必死な彼の表情を眺める。 僕を捕まえるために僕だけを追い掛けるこの瞬間だけは、彼には僕だけしか見えてなくて、この瞬間だけは、僕の事だけしか考えていない。その事が、無性に嬉しかった。 “この瞬間が、いつまでも続けば良いのに” そう願いながらも、同時に『彼にちょっかいを出して怒らせてばかりいる僕は、きっと本気で嫌われているだろう』なんて、そんな暗い気持ちにも覆われていた。 「トム!!」 そんな空気を切り裂く様に、彼の飼い主の怒号が響く。 「また部屋をこんなにして!!まったくアンタはバカ猫なんだから!!!!」 発狂に近い怒りを露にして、はち切れそうな大きな体を右へ左へ揺らしながら、手にした(ほうき)でバシバシ叩いた。 そこで僕等の“追い掛けっこ”は終わる。 「あぁあ。」 一つ溜め息を吐いて、今度は飼い主に追い回されている彼を眺めようと、一番高い食器棚へとよじ上り、縁から足を垂らして腰掛ける。 先ほどとは逆に必死に逃げ惑う彼の表情は、“苦痛”と“恐怖”に歪んでいた。 そんな表情も愛らしくて可愛らしくて、僕の視線を釘付けにする。 彼の全てを知りたい。彼の全ての表情を見たいのに、あぁいう顔だけは僕にはどう頑張ったって引き出せない。 その現実が、僕の胸を切なく締め付けた。 「もしも僕が‥‥」 一人呟く。 「もしも僕が、猫に生まれていたら‥‥ もしも僕が、人間に生まれていたら‥‥ 僕達は、どんな関係になっていたんだろう‥‥?」 溢れ出した涙が零れないように、天窓から空を仰ぐ。すっかり暗くなった大空には、一面に星が飾り付けられていた。 「なんで僕は、鼠なんかに生まれたんだろぅ‥‥?」 溢れそうな涙が頬を伝う変わりに、流れ星が一筋、ゆっくりと零れ落ちて行くのが見えた。 ‥‐ 同日深夜 ‐‥ 『ミシッ』『ミシミシッ』 『‥‥なんの音だ?』 随分近い場所から何かの軋む音が聞こえ、目が覚める。と、次の瞬間。 「!!ッてェ!!!」 体中を痛みが駆け回る。それで初めて、自分の体から発した音だったと悟った。 その痛みは耐えられないほどではないが、一度に全身を襲われてパニクる。 「うぅ!ぐッ!!」 痛みが引くのを目を閉じて必死で堪えていると、1分ほどでソレは終わった。 「はぁ‥はぁ‥何だったんだ、今の‥」 恐る恐る開いた眼に写ったのは、全身の毛が無くなった自分の体。 「え゛ぇ!!!!!!??」 驚いて出した声も、いつもより大きく響き、更に驚く。 ふ、と窓硝子に自分の姿が写っているのに気付く。 「に、んげん?」 硝子に写っているのは、紛れもなく人間の容姿だった。 そういえば寝ていた部屋全体も小さく、窮屈になっている。 「一体、どういう‥」 訳も分からないまま、とりあえず状況を把握しようと、屋根裏に掛かっていた梯子(はしご)から下の部屋へと降り、もう一度自分の体を見回す。 どこからどう見ても人間の姿で、この先どうしようか途方に暮れていると、戸棚の向こうから近付いてくる人影があった。 「マズい」 咄嗟に身を隠そうにもいつもと勝手が違い、どう隠れて良いのか分からず、結局壁にへばり付くのが精一杯だ。 「どうしよう‥」 やって来る人影にひたすら眼を凝らす。 「誰?」 その人影も、僕を警戒する様に遠巻きにしながら、それでも小声で声を掛けて来た。 「あの。怪しい者ではありません‥」 お互い探り合いながら、少しずつ近付く。 暗がりから姿を現した青年は、僕と同じに裸だった。 「‥まさか‥トム、さん?」 確証は無いけど、今現在の僕と全く同じ状況のその青年の姿と、彼から感じる軟らかい雰囲気が、愛しい人を思わせた。 「なんで俺の名前‥」 自分を知っている人物だと分かると、安堵したのか、足早に歩を進めて来る。 「僕。ジェリーだよ」 今は人間だから食べようとしても無理だと言う現実が、僕にいつも以上の勇気をくれた。 「お前‥も、人間になったのか?」 「そうみたい‥」 やはり彼も僕を襲う気は無い様だ。 でも、一体どうしてこんな事に‥‥? 「なんで急に、こんな事になったんだよ‥ ジェリーお前、何か知らないのか?」 いつもの彼らしくない心細そうな声が、僕を欲情させた。 こんな大変な状況なのに、不謹慎な事を考え始める。 『今、二人とも同じ生き物同士だ。こんなチャンス、もう二度と無いかも‥これがラストチャンスかもしれない‥‥』 そこまで考えて、意を決する。 「きっと‥」 「うん?」 「きっと、神様が僕の願いを叶えてくれたんだと思う」 「?何?」 顔と体全体で、訳が分からないと言いたげな彼の手を握り締める。 「僕ね、ずっとトムさんが好きだったんだ。 だからきっと、僕の気持ちを成就させるために、神様がこうして僕を、トムさんと同じ立場にしてくれたんだよ。なんで猫じゃなくて人間になったのかは、分からないけどね」 言いたい事を言い終えると、彼の口唇に口付けをする。 軟らかい感触が気持ち良くて、そのまま舌を差し込んだ。 「ん‥ぅ」 少し怯えながらも、抵抗もせず受け入れる彼の舌は、猫の部分が残っているのか、少しザラザラしている。それも構わず、口内を貪っているうちに、気が付けば彼を壁際へと押しやっていた。 「待。って」 僕がキスに夢中になっていると、吐息の合間を縫って言葉にする。 「ん」 名残惜しい気持ちで口唇を離すと、足の力が抜けたのか、そのままそこにへたり込んでしまった。 「トムさん?大丈夫?」 自分も彼を追う様にその場に跪くと、艶のある美しい髪を軟らかく撫でる。 「だ、大丈夫」 頬を桃色に染めて、僕から視線を逸す様に睫毛を伏せられる。その色香に眩暈を覚えながらも、彼の次の言葉を待った。 「自分の言いたい事だけ一方的に言いやがって」 言葉は悪いが、視線も合わせず俯いたまま、恥かしそうにしているのがたまらなく色っぽくて、誘っているのかと勘違いしてしまいそうになる。 「俺、は‥‥。俺の願いが神様に通じたんだと思ってたよ」 彼らしくもない、囁く様な小さな声で、こっそりと打ち明けた。 「それってどういう‥」 あまりに信じ難い事の連続で、またパニックに陥る。 「だから、こういう事だよ」 言うなり僕の両腕を引き寄せると、今度は彼から口付けをして来た。 ─なんだ。僕達、 両想いだったんだ─ あんなに切なかったのは、自分だけかと思ってた。トムさんを、自分のモノにしたいって思ってたのは、自分だけなのかと思ってた。 あんなに苦しかった気持ちが、ほんの一言を伝えただけで、今はこんなにも軽い。こんな事なら、もっと早く想いを伝えれば良かった。 もっと沢山の『好き』を、与えれば良かった。 そんな事を思ったら、幸せな涙が零れた。 「何、泣いてんだよ」 不満そうに彼が言う。 「ごめん。だって、嬉しくて‥‥」 今まであんなに我慢出来ていた涙が、後から後から零れて来て、今度は声まで震わせる。 「そんなに泣いてたら、ちゅぅも出来ねーだろ」 いつもの口調で言ってくれるトムさんの声が、僕の気持ちを落ち着かせる。 「ばぁか」 そう言って、猫みたいに僕の涙を舐めてくれた。ってか猫だけど。 「トムさん。大好き。好き。好き。だぁいすき」 今まで言えなかった分を、まとめて言い尽くすみたいに、僕は何度も『好き』を伝えた。 「俺だって。好き、だよ。」 トムさんは、なんだか恥ずかしいのか、たくさんの『好き』は言えないみたいだったけど、僕にはそれで十分だった。 「トム」 でももぅ言葉じゃ足りなくて、また口唇を重ねる。温かくて柔らかな口唇は、僕の思考を麻痺させる。 僕は、自分の本能に従って、夜が明けるまで何度もトムのしなやかな肢体を抱き続けた。。。 朝。目覚めると、僕たちの身体は元に戻っていて。 昨晩の出来事が全部夢だったのかとも思ったけど、僕の隣で、僕に身を寄せて寝息を立てているトムの愛らしい寝顔が、やっぱりアレは現実だったのだと、僕の心を安堵の温もりで優しく包み込んでくれた。 結局、どうして僕たちの身体が変化したのか全く理由は分からなかったが、“日本”という国には、〔猫又〕と呼ばれる【妖怪】というのが居るらしい。長年生き続けると、動物は【妖怪】に変わると言う。 もしかしたら、僕たちも“そう”なってしまったのかもしれない。 もしそうなら‥‥。妖怪は、永遠の命を持つともいうらしい。それはつまり、僕たちも永遠だという事になるんじゃないか? もしそうなら、そんな幸せは他に無い!もしそうなら‥‥ その確証はまだ無いけど、それは今晩になればハッキリするだろう。 それまではもうしばらく、トムの寝顔を見て幸せに浸っていようと思う。 -END-

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