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《an oath》

蒼空(ソラ)を見上げた。 さっきまでの騒ぎが嘘の様に、周りからは何の物音も聞こえなかった。 雲の隙間から朝を告げる光が、暗闇を暖かく、ゆっくりと照らし出して行く。 その眩しさが眼に染みて、零れそうだった涙が辛うじて流れ落ちずに押し止どまった。 「てつお・・・」 掌に残る感触も、温もりも、確実に鉄雄が存在していた事を証明しているのに、今はもう何処にも存在していなくて。カケラ一つ残さず消えてしまった鉄雄の温もりは、俺が忘れてしまったらもう、誰の記憶にも残らないんじゃないかと思ったら、無性に怖くなった。 いっそ後を追おうか。と思った瞬間、頭の中を昔の記憶がフラッシュバックして行く。       *                 *                *                 * 「もしもさ」 「あ?」 言い出したのは、鉄雄。 「もしも俺が死んだらさ、金田はどうする?」 「はあ!?女みてーな事言ってンじゃネーぞ!?」 「良いダロ!も し もの話だよ!」 「あ~~~~~。 んじゃ、後追って俺も死んでやンよ。」 意地悪く笑ってやると 「真面目に!」 とか怒られた。 「はいはい。」 面倒くせぇなぁ。とか思いつつも、可愛い鉄雄の言い出した事を真剣に考えてやる。 「そうだなぁ。」 考えをまとめようとジッと鉄雄の瞳を見つめると、腕枕をしていた腕で抱き締める様に包み込んで、空いてる方の手で頬を撫でた。 情事の後の肌はしっとりとしていて、吸い付いて来る様だった。 「ん・・・」 思わず口付けると、先ほどの余韻が残っているのか、過敏に反応する鉄雄にまた欲情する。 「・・・ちゃんと答えろよ。」 甘い口付けの後、艶っぽい声でまた叱られて『鉄雄が居なくなる』なんて、想像する事すら躊躇らわせた。 「鉄雄が居なくなるなんて想像出来ねぇよ。まぁ、こんなご時世だからいつ何が起こるか分かンねぇけど、事故とか病気以外なら、せめて俺の手で殺してやる。鉄雄の人生の終わりは、絶対俺が看取ってやっから。」 短い天パの髪を指先で弄りながら、おでこに口付ける。 「答えになってねーよ」 そう言って縋るように俺に寄り添うと 「でも嬉しい。 金田は、絶対に俺を看取ってくれよな。でも俺は何があっても絶対に金田を看取りたくねーから。」 「何ソレ。冷てーの」 寄り添う鉄雄の、どこか儚げな表情に気付きながらも、鉄雄との別れなんて想像もしたくなかった俺は、そんな想像から逃げる様に鉄雄との情事に身を委ねて行ったのだった。                 *                 *                 *                * 思えば鉄雄のあの時の言葉の意味は、ただ“自分より先に死なないで欲しい”と。“生きていて欲しい”と。ただそれだけが、鉄雄の願いだったんだと、今ようやく気付かされた。 「鉄雄・・・」 再び鉄雄の名を呼ぶ。 「俺、鉄雄の分も生きるわ。」 鉄雄の存在は俺の中に在る。鉄雄の記憶は俺の中に在るんだ。 俺が生き続ける限り。 『普通』とはだいぶカタチが違うけど、俺は“鉄雄と共に生きよう”と、心に誓った。 静かだった周りが音を取り戻し始める。 遠くで、俺を呼ぶ甲斐の声が聞こえた気がした。 -END-

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