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【嘘】
─恋とか愛とか。
正直理解出来ないし、信じてもいなかった─
「君、いくら?」
そんな言葉が、当たり前に飛び交う街に、当たり前の様に溶け込んでいた。
「5万。」
間髪入れずに返答する。
「高いね。」
口の端に苦笑いを浮かべる眼鏡オヤジに、営業スマイルを一つ。
「そんだけの値打ちはあるよ。」
そんだけの自信も。
「…じゃぁ買うよ。」
『じゃぁって何だよ。エロオヤジ』
腹の底で思う本音を、更に奥へとしまい込む。
俺は30歳以上しか相手にしない。
20代はケチが多いが、30以上は違う。
生活が安定してるせいか羽振りも良い。
ただ、他のヤツラより金額設定を高めにしてても、
こうして言い寄って来るほど性欲が強いのも、30代の特徴かもしれない。
「ヤリ逃げされたくないんで、前払いでヨロシク。」
こんな毒舌も
「はいはい。
案外シッカリしてんなぁ。」
笑って返す余裕があるのも、30代。
“大人”
と言えば聞こえが良いが、裸になりゃ欲望ムキ出しだ。
それでも俺は、この条件を変える気は全く無かった。
「はい。」
素直に財布から万札を5枚取り出し、俺に手渡す。
「アンタ不用心だね。俺がこのまま逃げたらどうすんの」
“前払い”っつったのは俺だけどさ。
「ん─‥そうだなぁ」
しばらく空を仰いで
「なんとなく。
君は逃げる様な子じゃないと思ったかな。
─ 直感だけどね。」
油断した笑顔で答えを返した。
─ バカかコイツ ─
「まぁ逃げないけど。でもホテル代もアンタ持ちね。」
万札をポケットにしまい込むと、腕を組んでやる。
「もちろん。
てか、アンタじゃなくて“カズ”って呼んで欲しいな。
で、俺は何て呼んだら良い?」
─ 馴れなれしい ─
ちょっと苦手なタイプかも。
と思いつつも、金を受け取った時点から大事な“客”だ。
「“ユウ”」
当然のごとく偽名で答える。
「ユウか。可愛い名前だね。ちなみに幾つなの?」
「ハタチになったばっかだよ。」
これも嘘。
中卒でこの世界に入ったから、まだ16歳だ。
だけど黙ってりゃバレないし、ヤりたいだけのオヤジが相手だ。
本当の年令なんて気にしちゃいない。
それを逆手にとって、こうやって食い繋いでるんだけど。
「‥そ。」
ほらね。
コイツだって“若くて可愛いオトコノコ”とヤりたいだけだ。
俺達は大した会話もしないまま、近くのラブホへと向かった。
* * * *
事が終えると、カズはベッドの縁に腰掛け、煙草をふかした。
「煙草、吸うんだね」
─ 吸わなそうに見えるのに‥ ─
ベッドの上に裸で俯したまま、ぼんやりと眺める。
「たまにね。」
眼鏡を外したカズは、初めに見た時よりずっと若く見えた。
「そういえば、カズは幾つなの?」
聞きそびれたけど。
「俺ぇ?26。」
「!!!!????
にじゅうろく!!??」
思わず身を起こす。
「見えないっしょ?
社員にも“オッサンくさい”って言われんだけどさ。」
ケタケタ笑う姿を見ると余計に力が抜ける。
俺のポリシーが‥
ちょっとしたショックを受けつつも
「つか、なんで26でそんなに金持ってんの!?」
羽振りが良いにも程がある。
「あ~。だって俺、こう見えて一企業の社長だもん。」
煙草の煙と一緒に、言葉が天井に消えて行った。
─ 目眩がする ─
もしかしたら俺、スゲェ金づる捕まえたんじゃね!!??
急に興奮し始める。
が、あんまりあからさまだと、逃げられる可能性がある。
俺は息を飲み、小さく深呼吸をすると、甘えた表情を作った。
「なるほどね。
で、俺を選んでくれた訳か。お目が高いね」
しなを作り眼で誘う。体全部を使って虜にしてやれば、またいつか声を掛けて来るかもしれない。
「まぁね。俺、人を見る目には自信あるよ」
最後の一息を吐くと、煙草を灰皿に押しつけた。
「‥ユウ。お前、未成年だろ」
少し深刻な横顔に、ギクリとする。
「な、何言ってんの」
動揺が、現れる。
「カラダ見りゃ分かるっつの。
お前のは、ガキのカラダ。未発達。」
さっきまでとは違う真剣な表情に、今まで直視しないで逃げて来た現実が襲いかかる。
“未成年”
“売春行為”
“家出”
─ 全部の嘘がバレた時
俺はどうなる ─
怖い!!!!
目の前が真っ暗になりかけた時、何かが頬に触れる感触で引き戻された。
「顔色悪ぃぞ」
カズの暖かい指と、本当に心配そうな顔。
「バッカ。変な勘違いすんなよ?
誰も通報しようとか、補導しようとか考えて無ぇかんな?」
出会った時の、優しい瞳。
『あぁ、本当だ』
と、妙に安心出来る穏やかな表情に、無意識に涙が零れた。
「あぁあぁ。ゴメンゴメン。俺が悪かった。泣かすつもりじゃ無かったんだが」
少し困った顔をしながら、俺を抱き締め、子供にするみたいに頭を撫でる。
今まで“抱く”人間は居たが、“抱き締める”人間なんて居ただろうか?
少し懐かしい様な切ない様な、不思議な気持ちが押し寄せる。
「あのな。通報とか言ったら、俺のが不利じゃんよ。
未成年の男の子を買って猥褻 行為しちゃってんだから。な?だから共犯。安心しな」
頭の上から聞こえる優しい声が、何故か心に染み込んで行った。
こんな事は初めてだった。他人に、こんな弱い自分を晒すなんて。
素直に甘えるなんて。
自分が不思議で仕方が無かった俺に、カズが小声で囁く。
「なぁ。こんな事、もぅ辞めな?
‥んで、俺ン所においで」
あまりにも急な展開に驚いて、涙が止まる。
「そんな‥今日会ったばっかなのに‥」
思わず上げた視線の先の、カズの瞳に意志の強さを感じる。
「誰かを好きになるのに、時間は関係無いデショ。それに、さっきも言ったじゃん。“人を見る目には自信ある”‥って。」
言い終わると、そっと口付けをくれる。
「カズ‥?」
「ん?」
優しいカズ。
「俺ね」
「何?」
アンタとなら、こんな俺でも、人生やり直せるかなぁ‥?
やり直しても、良いのかなぁ‥?
「俺、嘘ついてた。
俺の本当の名前は‥」
*
*
*
*
嘘で固められた街。
そこで生きるには“嘘”を付かないと生きては行けなかった。
そんな街から離れる日が来るなんて想像もしなかったけど、俺は今その街を去り、人生をやり直している。
カズは変わらず優しくて、俺の全てを受け入れてくれた。
そんなカズを裏切らないためにも、俺は“嘘をつく事”を捨て、そして生涯二度とその街に戻る事は無かった。
─ 裏切りたくない ─
この気持ちに名前を付けるとしたら、もしかしたらこれが“愛”と言うのかもしれない。
~fin~
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