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【片恋】
僕たち三人は、幼稚園の頃からの幼馴染みだった。
小学生の頃はまだ良かった。みんながみんなを『大好き』だった。
中学生の頃からか、その『大好き』の意味が違って行った。
そんな僕たちだから、当たり前のようにみんな同じ高校を受験し、進学した。
それから2年。
それぞれが責任者となりながらも、あの頃と変わらず“幼馴染み”を続けている。
* * * * * * * * *
「おっす、春樹」
「生徒会室では“副会長”って呼んで貰えるかなぁ?応援団長?
それと、ノックも忘れずにね。」
「ハイハイ。春樹副会長殿」
ちょっとゲンナリしながらも素直に言い直して、律義にドアを1つノックする。
そんな彼が昔から“大好き”だった。
「で、何か御用ですか?本田応援団長?」
生徒会室は職員室に近い場所にあるため、教室のある校舎からは少し離れている。それなのにわざわざ足を運んでくれる事が嬉しくて、作業中の手を止め“雄一郎”の方に向き直った。
「まぁ、用ってほどの事じゃないけど、文化祭の『応援団』での出し物が決まったから、許可願い出しに来た。
生徒会長は相変わらず不在なんだろ?提出すんのお前で良いよな」
“お前”って呼び方に“特別”を感じて、思わず顔が綻 ぶ。
「あぁ、良いよ。」
言いながら用紙を受け取ろうと右手を差し出すと、ポケットに無造作に入れられていたヨレヨレの紙を掌に乗せられる。
「お前さぁ、一応保管する用紙なんだから、もうちょっと大切に扱ってくんないかなぁ?」
口では憎まれ口を叩いてみるものの、そんな雄一郎のガサツさが『漢らしさ』に感じ、愛おしさが込み上げる。
「悪り」
なんて、反省の色も現さない言い方に一瞬ムッとなるけど、惚れた弱味で許してしまう。
「応援団は何やんの?」
渡された用紙を確認すると“寸劇”と記入されていた。
「‥‥応援団なのに?」
「意表突いてて面白いだろ?ゴッツイ兄ちゃん達の白雪姫。ウケると思うんだよな」
さすが目立ちたがり屋。今から想像して楽しそうにニヤニヤしている。
「確かにね。時間合わせて見に行くよ」
「おぅ。絶対来いよな」
「もちろん」
“絶対”と言う言葉にまた胸を熱くしていると、余韻を味わう時間すらも奪い取るかの様に、もう一人の幼馴染み“弘海”がノックと同時に室内に飛び込んで来る。
「春樹はるき春樹~!」
元気いっぱいの連呼に
「はいはいはい」
呼ばれた回数分の返事を返す。
「生徒会長の写真撮らせて~」
雄一郎の前をスルーして真直ぐ僕の前まで小走りで来ると、机に手を突きワンコのような眼差しを向けて来る。
「お願いする相手は僕じゃないだろ?本人に言えよ」
「本人に言いたくても掴まんないんだよ~」
ちょっと涙目になる弘海に負けて
「じゃぁ見付けたら新聞部の部室に行く様に伝えとくから」
「本当!?Thank you春樹!大好きだよ!」
机越しに抱き付いて来る可愛い弘海。
に、スルーされてご立腹な雄一郎が、後ろから弘海にチョーカーを掛ける。
「手前ぇ!俺様を無視するたぁ、どういう了見だ!」
「ぐぇ。だって今は雄一郎よりこっちのが大事なんだも」
「あ!?俺様より大事な事がこの世にあんのか!?」
「この世のほとんどがお前より大事だろ」
「なんだと~!!」
なんて。こんな所でイチャイチャしないで欲しい‥‥‥
2年生になってすぐくらいに、二人は付き合い出した。
雄一郎が頻繁に弘海にちょっかいを出していたのは知っていたし、『もしかして』と思っていたのは認めるが、まさか弘海も雄一郎を“そういう意味で”好きだったとは、正直その報告を聞くまで気付きもしなかった。
そんな“幼馴染み”の僕としては『おめでとう』と言う言葉しか選択肢が見当たらず。
僕の雄一郎への気持ちは、封印するしか道は残されていなかった。
「ハイハイ。用事が済んだら出てってくれる?まだ雑務が残ってんだよね」
これ以上見てるのが辛かった僕は、無理矢理二人の背中を押して、生徒会室から追い出す。
『んじゃ、諸々よろしく!』
そんな僕の気持ちも知らずに、二人ハモりながら一言残して、教室へと戻って行った。
「‥‥ぶぁ~か」
“大好き”な二人の後ろ姿に小さく呟くと、僕は一人、生徒会室に戻ったのだった。
*
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*
大きな事故も無く、無事に迎えた文化祭の最終日。
残るは毎年恒例のキャンプファイアー。
全校生徒が揃うこのイベントで、いつの頃からか“好きな人に告白する”のが恒例とされていた。
「こんなイベント、無くしちゃえば良いのに」
生徒会室内。3階の窓からキャンプファイアーの様子を眺めていた僕の後ろから、生徒会長の“橋本治”がポツリと呟いた。
「会長、居たんですか」
「居たんです。てか今来た。」
「にしても、キャンプファイアーはこの学校の伝統みたいなもんでしょう?
無くしちゃうってのは如何なものかと」
そう言う僕の隣にやって来て、会長も窓から外を覗き込む。
「だって“全校生徒”って言ったって、僕たちはこうしてココに居るじゃないか。
生徒会執行部にとっては、なんだか不公平だと思わないかい?」
「ぅ~ん確かに‥‥
てか、アレ!?会長!キャンプファイアーの司会はどうしたんですか!?生徒会長の仕事でしょ!!?」
「あー‥‥メンドクサイから逃げて来た」
「か‥‥会長‥‥?!またですか!まったくもぅ!!;」
いつもの如く無責任ににっこり笑う会長に怒る気にもなれず、瞬時に生徒会室を飛び出すと、とにかくフォローすべく校庭へと走り出した。
「いつもごめんね~?後は任せたよ~」
廊下を走り去る後姿にドアから頭だけを覗かせて声を掛けた後
「いつもありがとね。
たまには君も、皆の輪の中に入っておいで」
春樹には届かない小さな声で呟き、見送る。
「優しいんだね」
だが、届ける相手が居ないはずのその声を、誰かが拾った。
「亮一さん‥‥」
耳に馴染んだ声。
すっかり薄暗くなった校舎の中で顔の識別が難しくとも、愛しいその人の声を、治は容易に判断出来た。
「校内では“先生”
‥‥だろぅ?」
治の背後からゆったりと姿を現すと、生徒会室内へと治を促す。
「せんせぃ。どうしてココに?」
わざと“先生”を強調しながら、誘う様な視線を亮一に送る。
「‥‥分かってるくせに。全て分かってて、僕の口から言わせようとしてるんだろぅ?
本当に意地悪だね、君は。」
言いながら後ろ手に鍵を掛ける。
「意地悪?違うね。僕はね、ちゃんと言葉で伝えてくれないと不安になっちゃうだけなんだよ。
人の気持ちなんて、簡単に冷めちゃうだろ?だから、何時だって確かめてたいだけなんだよ。亮一さんが今、何をどう思って、どう行動してるのかを」
電気も点けていない室内の暗がりと、すっかり日が落ちた校庭からの、それでも微かに照らし出される紅々と燃え上がる炎のゆらめきが、治を一層艶かしく浮き上がらせた。
「ねぇ」
それを知ってか知らずか、じっと亮一を見つめながら会長机に軽く腰掛け、足を組む。
その格好のまま、亮一の眼鏡をそっと外し取った。
「どう、したいの?」
言葉を発する時の口唇の些細な動きにすら、欲情する。
「今すぐココで、治が欲しい‥‥」
耐えきれない様子で、亮一が治の口唇をそっと撫でる。
「イイ、ょ‥‥」
その指の感触を確かめる様に瞳を閉じると、緩やかに口を開き、指の腹を舌で追った。
そのまま口内に挿入される指を、万遍なく舌で絡め取る。
「イヤラシイ子だ‥‥」
言いながら、反対の手でシャツのボタンを外し、膨らんだ突起を親指の腹でなぞる。
「ンッ」
ヒクッと反応する治が愛しくて、堪らず口内の指を引き抜き、今度は深く深く口付けを交わした。
貪るように治の口内を味わおうと舌を絡めたり吸い上げたりするたびに、「チュッ」と音が響く。
「ヤラシイのは、どっち?」
亮一の口付けの勢いに押され、机に押し倒されながらも、慈しむように亮一の背中に腕を回し、優しく髪を撫でる。
治の薄く開いた瞳に微かな炎の緋い光が映り込んで、魔性の色香を醸し出していた。
「さぁ?もう、どっちでもイイ…」
脳の神経を焼き切られるような不思議な感覚に襲われながら、亮一は夢中で治の躯に溺れて行った。
*
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*
*
「お疲れさん」
キャンプファイアーも無事終わり、後片付けを済ませると雄一郎が声を掛けてくれる。
「なんだ、まだ残ってたのか?」
キャンプファイアーが終わると、文化祭の疲れもあって大抵の生徒は帰路に着く。
残ってるのは生徒会執行部と、最終確認をする先生が一人。
確か今日は生活指導の“本間亮一”先生だったかな。
「なんだはないだろ?無責任な生徒会長の代わりに奔走してた副会長様に労いの言葉を掛けてやろうと思って待っててやったのによ~」
「気持ちは嬉しいけど、なぜに上目線?」
嬉しくて高鳴る心臓を誤魔化そうと、ついつい捻くれた返答を返してしまう。
「なぜならそれは、俺様だから。」
意味不明な答えを、やっぱり偉そうに大威張りな表情で返す雄一郎が可愛くて、思わず吹き出す。
「おい!そこ笑うトコじゃねぇぞ!」
「あはははは!!」
可笑しくて楽しくて、切なくて。
涙が零れそうになった。
「あぁ~可笑しい。てか、弘海は?」
「あいつならとっくに帰った。今日の記事を明日の校内新聞に間に合わせたいんだと。
まったく仕事熱心って言うか、新聞バカって言うか」
そう言う雄一郎の微笑みからは、弘海への溢れるほどの愛情が感じ取れた。
僕なんかは遠く及ばないんだと思い知らされる様な、優しい笑顔。
「だから、一緒に帰ろうぜ。」
「…ん。」
断る理由は、なかった。
だって“幼馴染み”だもんね。今までも、これからも。
あの時、ちゃんと『封印する』って決めたじゃないか。
大好きな二人を、祝福するって。
いつもみたいに自分に言い聞かせながら、一つ深く息をする。
「じゃぁ用具室のカギ返して来るから、ちょっと待ってて」
「え。何だよ、そんなん俺も行くって」
「でも…」
「良いから。ほら、行くぞ」
言い終わらないうちに、校舎の方へと促されるように肩を抱かれて
僕の心臓が、悲鳴を上げる。
「ぃや、やっぱ良いや!本当、返して来るだけだし、ダッシュで行ってくるから、ココで待っててよ」
「そう、か?」
ほぼ強引に体を引き剥がすと、後ろも振り向かず、職員室に向かって走り出す。
「‥‥‥ッ。」
また零れそうになる涙を、必死で堪える。
泣いちゃダメだ。泣いたらきっと止まらない。雄一郎に心配を掛ける。泣きだした理由を問われる。その理由を、答える訳にはいかない。今はまだ、我慢するしかないのだ。
気持ちを落ち着かせながら、ゆっくりと階段を上って行く。
と、職員室の手前の生徒会室から声が聞こえた気がした。
生徒会室内も消灯されていて、中は真っ暗なのに。
「?気のせい?か?」
確かめようとドアに耳を傾け、息を殺して神経を集中させる。
『‥‥春樹?』
中からは会長の声が聞こえて来た。
「会長?まだココに居たんですか?」
答えるのとほぼ同時に“鍵の開く音”が聞こえる。
鍵?鍵なんか掛けて、一体何を‥‥‥?
その疑問の答えは、言葉にしなくても一目で分かった。
「本間‥‥先生?」
中から出て来たのは、会長と、生活指導の本間先生。
二人っきりで、こんな暗闇の中で何をしていたかなんて、尋ねなくとも会長から溢れる妙な色香から容易に理解出来た。
「良かったね。相手が春樹ならバレても大丈夫。僕たちが不利になるような事を言ったりしたりするような子じゃないから。ね、春樹?」
いつもの、柔らかい笑顔。
「えぇ、まぁ‥‥」
それでも、どうやら僕はショックを受けているらしく、まともに言葉が出て来なかった。
「用具室の鍵を返しに来たんだろう?」
本間先生の言葉に、固まっていた体が弾かれるように動きを取り戻した。
「あ。そうでした。ありがとうございました」
事務的に答えながら、鍵を手渡す。
この手で、会長を抱いたのか?なんて、余計な事が頭をよぎる。
「用が済んだら早く下校しなさい。今日はご苦労様」
いつも機械の様に無表情なはずの顔が、どこか“人間らしさ”を浮かべているのは、情事の後だからなのか、それとも会長の前だからなのか?
「うん。お疲れ様。今日は色々大変だったね、ありがとね。明日は振替で休みだし、ゆっくり休んでね。おやすみ」
ひらひらと手を振る会長に、思わず
「おやすみなさい」
なんて返事を返しながら、すごすごと階段を下りて行く。
階段を下り切った所に雄一郎がこちらを見上げて待っていてくれた。
「なんだよ、ダッシュって言ってた割には、随分時間が掛かったじゃねぇか。
やっぱ一緒に行った方が良かったんじゃね?」
意地悪で言ってるのは分かったけど、言い返す気力も体力も無くて、最後の一段を下り切った所で足の力が抜けて、へたりと座り込んでしまった。
「ぅわッ!なんだよお前!どうした!?やっぱ何かあったのか!?」
咄嗟にしゃがみこんで、抱きしめるように体を支えてくれる。
「だ、大丈夫。なんでもないから」
事情は話せない。僕自身が何事も無かったように振る舞わなければ。そう思って平静を装おうとすると
「ばぁか。意地張ってんじゃねぇ。何年お前と付き合ってると思ってんだ。
また何か一人で抱えてんだろ。俺にはバレバレだ。辛かったら吐き出しちまえ。
どうせ吐き出せる相手なんて俺様くらいなんだろ?全部聞いてやっから。」
そう言って、頭をガシガシ撫でられる。
そうだ。いつも雄一郎はちゃんと僕を見ていてくれてて、どんなに隠しても僕の辛さに気付いてくれた。
僕の、世界で一番大切な人。
だから、ちゃんと諦めたい。
心の底から『幸せになって欲しい』って思うから。
「雄一郎」
そっと、雄一郎の背中に手を回す。
「おう。吐け吐け」
柔らかい笑顔。弘海に向けられるソレと、実は大して違わないんじゃないか?
今ならそう思える。
きっと僕らは、誰かが欠けても成り立たない。幼馴染みって、切っても切れない縁で結ばれているんだろう?だって僕は、二人とも大好きで、大切だから。
きっと二人も、そうなんだろう?だから
「雄一郎が、好き」
この気持ちはきっと、伝えておかなきゃならない。
「そりゃ俺だって好きだよ」
「そうじゃなくて。
雄一郎が、弘海を好きなのと同じ意味で、好きなんだ」
「‥‥そう‥だったのか?」
戸惑うのは予想が付いてた。ただ、拒絶されるのが怖かっただけなんだ。
でも僕たちの絆は、こんな事じゃ壊れない。その事を教えてくれたのは、雄一郎だよ。
「うん。でも、雄一郎と弘海の間を壊したい訳じゃない。ただ、伝えたかったんだ。
僕も、雄一郎を大切に想っているっていう事」
「春樹‥‥」
「雄一郎が、大好きだから」
もう一度伝えると、今まで堪えてた涙が後から後から止めどなく零れた。
夜で良かった。誰も居ない放課後で良かった。校舎が暗くて良かった。
ほとんど消灯されて真っ暗な校舎の中、雄一郎の腕の中で、僕は何年かぶりにたくさん泣いた。
雄一郎は、そんな僕をそっと抱き締め、黙って傍に居てくれた。
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*
― 1年後 ―
「生徒会長就任、おめでとう!」
そう言いながらシャッターを切る弘海の隣で
「ま。副会長の時と、やる事変わんねーかもしんねーけどな」
なんて憎まれ口を叩きながら、なぜか誇らしげな表情を浮かべている雄一郎の笑顔が、変わらず僕の隣にあった。
「今思えば、このために僕を鍛えててくれたのかなって思うよ。
感謝しなきゃだね」
そんな僕のコメントもしっかりメモしている弘海に
「そこに“今年の会長は呑気だ”って付け加えとけ」
なんて耳打ちしている。
「弘海、公私混同するなよ?」
「大丈夫!俺、仕事はシッカリやるタイプだから」
「なんだよ。そういう言い方すると、俺が邪魔してるみたいじゃねーか」
「あれ?自覚なかった?」
「なんだとー!!春樹手前ェ!喧嘩売ってんのか!!?」
こうやってジャレあって。僕たちの関係は、以前と変わらず。
いや、むしろ益々仲良くなっている気がする。
あのまま気持ちを閉じ込めたままだったら、ずっと辛くて苦しくて吹っ切れなくて、今こうやってみんなで笑い合えなかったかもしれない。
「さてと。では次は今回初めて“会計”として立候補して、見事当選を勝ち取った2年A組の“小幡喬雄”くんに質問。生徒会会計として立候補を決意したそもそもの動機って、何だったの?」
弘海からの質問なのに、雄一郎とふざけている僕の方を振り向く。
「俺、去年の文化祭で一人踏ん張ってた春樹さんの姿に感動して惚れました!
ちょっとでも傍に居たくて、書記だろうが会計だろうが何でも良いから生徒会に立候補したんです!春樹さん!俺、精一杯尽くします!!いつか俺を好きにさせますから!
だからその時は、俺と付き合ってください!!!」
「‥‥‥はい?;」
どうやら今年の生徒会も、騒がしくなりそうです。
‐ END ‐
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