29 / 32

【サンタの住む街】

地球という惑星からほど近い    “月” という名の衛星に 『サンタ』の住む街がありました。 その星では、それぞれの持つ能力によって仕事が割り振られていました。 “空中を歩く”事が出来て“奇跡の力を使える”者は『“サンタ”として地球の子供達にプレゼントを届ける』仕事。 “空中を歩く”事しか出来ない者は姿を変える魔法を掛けてもらって『“トナカイ”としてサンタを地球に運ぶ』仕事。 そのどちらも出来ない者は『“サンタ“宛に届く、世界中の子供達が書いた手紙の返事を書く』仕事。 などなど。 そしてそんな街にも、『サンタ』に憧れて日々修行に励む少年が居ました。 「うぅぅぅぅ~‥ん‥‥‥」 と唸りながら、手の平を切り株に向け、一生懸命に何かを念じています。 でも 「‥‥ッッッはぁ!駄目だぁ!」 ぷはぁ。と大きく息を吐き出しながら後ろに大の字に尻餅を着いて倒れ込み、はぁはぁと息を整えながら、空に浮かぶ美しい惑星を眺めます。 「俺も早くサンタになって“地球“って所に行ってみたいなぁ」 憧れの惑星が映り込んだ少年の瞳は、キラキラと青く輝いていました。 彼の名は『ソラ』。 サンタクラスのほとんどが10歳でまでに『切り株からおもちゃを生み出す』という奇跡を使えるようになった中、15歳になってもソレが出来ない 『サンタ』になるにはちょっと難しい男の子。 それでもソラは、夢を諦められずに居ました。 そんな彼も今年で20歳。 いよいよ仕事を任命される年齢になりました。 しかし彼は、とうとう“奇跡”の力を使う事が出来ないまま、12月24日のこの日を迎えてしまったのです。 「ソラ。お前の仕事は“トナカイ”だ」 覚悟はしていたものの、長老の声に返事を返す気力も無いまま、前に進み出るとその足元に(ひざまず)きます。 「そう気を落とすな。 トナカイだとしても、あんなに憧れていた地球に行けるじゃないか。 そして、サンタを運ぶという重要な役割がある。 誇りを持って務めるがよい」 そう言ってふわりと髪に触れると、みるみるうちにソラはトナカイの姿に変身したのでした。 「頑張って来なさい」 そう微笑む長老に、それでも元気無く 「はぃ‥‥」 と答えるのがやっとだったソラは、トボトボと“ペア”を組むハズのサンタの待つ、割り振られた馬宿へ向かいます。 「どうも」 ソリの手入れをしながら、ぶっきらぼうに挨拶をする少年は、どう見ても自分よりも年下です。 「ぇ」 驚きに返す言葉も見つからないまま、呆然と立ちすくんでいると 「今日はじじいの代理で来た“コウ”っす。 じじいのヤツいきなりぎっくり腰だとかで、動けなくって‥‥ あ。一応“奇跡“はじじいから教わったんで、ちゃんと仕事は出来るんで、ご心配無く」 愛想笑い。とすぐに分かる笑顔を向けて、ソラにはちょっと酷な言葉を平気な顔でぶつけて来ます。 『コイツ。嫌い』 直感的にそう思いつつも、“代理”と言う言葉を思い出し、自分を抑えようと我慢します。 「じゃぁ、今日はよろしく」 「‥‥よろしく」 軽い挨拶をすると、ソリを装着して貰い、コウと名乗るサンタを乗せてグッと足に力を込め、その第一歩を踏み出します。 ふわり。と体が浮くと、また一歩。 グンッ、と力を込めて踏み出した一歩一歩は、妙に力が込もっていて、まるでソラの悔しい気持ちを表しているようでした。 「そんなに急がなくても間に合いますよ」 後ろからのコウの声など完全に無視して、他のサンタのソリ達も置き去りに、もう地球は目の前です。 「‥‥道順‥‥」 「全部頭に入ってます」 コウの方へ振り向きもしないでそう答えると、ソラは真っ直ぐに一軒目の家へと向かいます。 「‥‥‥」 それからは、終始無言のまま。 サンタのコウは黙々と自分の仕事をこなし、 トナカイのソラは黙々とコウを家々に運ぶのでした。 そうして最後の仕事を終えて、月に戻ろうと足に力を込めようとした瞬間。 「!!  ‥‥待って!」 それまで一言も言葉を発さなかったコウが、急に声を上げます。 「え」 かろうじて急停車したソラがコウを振り返ると、ジッと下界に広がる家々の中から、まるで睨むような眼で何かを探しているようです。 「あそこ。あの赤い屋根の家。 あの家から声が聞こえる!近付いてみて!」 今日一日過ごした中でも見た事の無い、真剣な表情を向けて叫ぶコウの言葉に、ソラも何故か素直に言われるがままに行動します。 「俺には何も聞こえないけど」 つい心の声が口から漏れると 「あぁ、これも“奇跡の力”の一部らしいよ」 そう呟くコウの言葉にまたひっそりと傷付くのでした。 そんな事など知らないコウが、“赤い家”に近付くとまた 「あぁやっぱり。泣いてる子供の声が聞こえる。」 そう言って耳を澄ませているようです。 「そんな。 この家は“プレゼントリスト”には載って無かった。 俺が読み間違うハズが無い。 ここには子供なんて住んで居なかった」 ソラは奇跡の力は使えなくても、記憶力には自信がありました。 「あぁ。かもしれない。 でも“リスト”に載っていないからと言って、“そこに居ない”って事にはならないだろう? ちょっと行って確かめて来るよ」 そう言ってコウはソリを降りて窓から中に入って行ってしまいました。 家の中でのやりとりは ソラの居る所まで聞こえていました。 声の主が子猫だった事。 そして、飼い主に恋をしていて、人間になりたがっていた事。 そして‥… コウが、その願いを叶えてしまった事。 ‥‥半分だけど。 それが良い事だったのか悪い事だったのか。 ソラには分かりませんでした。 ただ、なんとなくだけど、“コウは良いヤツだ” って、不思議と素直に思えたのでした。  * * * * * * * その日の出来事を、ソラは誰にも話しませんでした。 良い事なら話しても問題はないだろうけど、 もし、あの行為が悪い事だったら? そもそもコウは“代理”だったハズ。 あの子猫に与えた中途半端な奇跡は、本当に中途半端な“猫人間”を作り出してしまったのです。 そんな事がバレたらきっと、コウは二度と“サンタ”になんてなれないかもしれないのです。 『それはさすがに可哀想だ。』 ソラは心の中でそう呟いて。 次の年に向けて、鍛錬を続けます。 今度は“トナカイ”として、使命をちゃんと果たせるように。 そうして5年目のクリスマス。 「あ」 いつもの馬宿に向かうと、どことなく見覚えのある青年がそこに立っていました。 「久し振り」 そう言って笑う笑顔からは、“愛想笑い”を感じません。 「コウ?」 5年前とは見違えるほどの美しい青年は 「ぉう」 とだけ返事をして、はにかみながら片手を上げて挨拶をします。 それだけの事なのに、何故かソラの胸は、ほんのり火が点ったように暖かくなるのでした。 「サンタに…なれたんだ」 そう。 コウもようやく20歳になり、今年が就職1年目です。 「うん。じじいも引退したし、今度は俺が引き継いでソラとペアを組む事になったんだ。 これからよろしくな」 残念ながらソラはもうトナカイの姿なので握手が出来なかった代わりに、コウは優しく背中を撫でてくれました。 「こちらこそ。よろしく」 なんだか妙に照れながらそれだけ挨拶を交わすと、コウがソリに乗ったタイミングを見計らって、今回はゆっくりと一歩を踏み出します。 「ソラ、踏み出し上手くなったんじゃね?」 まるで古くからの友人のように、自然な言葉が飛び出します。 「あん時は、…ムシャクシャしてたから」 そしてソラも、(つぐな)うように素直な思いを口にするのでした。 そうやって、互いに知らなかった5年前の事情を語り合い始めます。 地球に憧れて、サンタに憧れて、でも、能力が付いて来てくれなかったソラ。 そもそも仕事なんて嫌いで仕方なかったのに、素質があったばっかりに祖父に無理やりサンタに仕向けられたコウ。 まだまだ話し足りなかったのに、あッという間に地球に到着してしまい、会話は中断となって、二人は今日の仕事に集中して行くのでした。 深夜すぎ。 今夜の仕事を終えようとした頃。 「あの猫…」 ずっと話したかった、あの猫の事を聞こうと、ソラが口を開きます。 「あぁうん。 俺、中途半端にしかチカラ無かったくせに、奇跡を起こそうとして失敗しちまったんだよな。 凄く‥‥悪い事したなぁ、って、 ずっと思ってた」 急に力なく項垂れる“らしくない”コウの姿に 「‥‥今から行ってみようか」 当然のようにソラが提案します。 「ぇ‥‥ でも、どこの家だったか‥‥」 自信無さげなコウの方に振り向いて 「俺の記憶力、ナメんなよ」 ニカッと笑うと、迷いも無く真っ直ぐに住宅地に向かって行きます。 「ソラ‥‥ 男前ぇぇぇ‥‥」 後ろから聞こえる賛辞の声に、更に誇らしげに胸を張って、赤い屋根の家を目指します。 「ここでしょ?」 そッと上空にソリを留めると、コウが身を乗り出し特徴を確かめます。 「うん…。 うん、ここ。ここだよ、間違い無い! ソラ、ありがとう!」 そう言うと同時にコウはソリから飛び降りると、また窓から中に侵入して行きました。 中でのやりとりは、やっぱりソラには丸聞こえ。 窓から身を乗り出して、自分達の姿が見えなくなるまでブンブン手を振っていた青年。 きっと彼が、例の『猫』 だった、今は『人間』の、青年。 「‥‥罪滅ぼし、なんて、嘘だろ?」 「え?」 コウとは、たった2度、一緒に仕事しただけの仲だけど。 「ただ単に、彼等が幸せになれるように。 障害を、取り除いてあげたかった、 だけなんだろ?」 なんとなく、そう思えたのです。 「違わい」 言葉ではそう言いながら、ほんのり顔を赤らめてそっぽを向くコウを 「照れんなって」 楽しそうにソラがからかいます。 『あぁ~~。ニヤニヤが止まらない。』 「照れてねーし!」 「可愛いいね~」 「かッッ!!!???」 『あぁ~~~~。  好き。』 「えぇ!???」 「はぁ!???」 自然に心に沸いた『好き』の感情に、ソラは自分で驚いて、思わず声を張り上げてしまいました。 「いやいやいやいや」 その想いを否定しようとするけれど、無意識に漏れてしまった想いは、きっと、本物。 「何一人で呟いてんの」 コウの声にも、もう後ろを振り返れません。 「ソラ?」 だって、今はきっと、顔が真っ赤に染まっているハズだから。 「なんでもない」 「何でもない訳無いだろが」 「なんでもないんだってば」 「‥‥‥」 意固地になったソラの後頭部を、しばらく眺めたコウでしたが 「ぁ‥‥」 小さく、でもソラに聞こえるように呟きます。 「朝焼け‥‥」 まだ大気圏を抜ける前。 もうすぐ朝になる時間。 コウも初めて見る光景です。 「あさやけ‥‥?」 ソラも、本では見た事があったけど、実際に自分の目で見るのは初めてです。 「「きれい‥‥」」 ハモるように呟いた声に、お互い顔を見合わせます。 「「顔。赤いよ」」 またハモって、また笑い合って。 『やっぱ、好きだわ』 ソラは、自分の気持ちを否定する事を、諦めました。 「こんなキレイな景色を見せてくれて、ありがとう」 ソラがそう御礼を言うと、コウはビックリしたような表情をしてから、にっこりと微笑みました。 「連れて来てくれたのは、ソラでしょ」 「う~~~ん‥‥‥ じゃ。俺らのペアが、最強って事で」 ソラの提案にコウも満足気に頷いて、それからしばらくの時間、朝焼けに見とれてから、二人はサンタの街に戻って行きました。 「それじゃ‥‥。 また‥‥来年?」 馬宿の前。 サンタとしての仕事は、今日1日だけです。 本当は、こんな言葉さえ言いたくないけど、ソラはその“現実”を口にしました。 「うん‥‥ また‥‥来年‥‥」 コウも 妙に元気がありません。 「元気でな」 そう言って、想いを振り切るようにソラは背を向け、長老の元へと向かいます。 「ぁ‥‥」 小さな声が聞こえたかと思うと 「俺! 俺も付き合う!」 そう言って駆け寄って来て、そッと背中に手を沿えます。 「元の姿に戻ったソラも、見てみたいし」 「‥‥ちっともイケメンじゃないぞ」 ちょっとでもハードルを下げたくて、それだけ呟いてから、二人で長老の元へ向かいます。 コウとソラのペアは、当然ながら1番最後だったので、ほんの数十分お説教もされながら、ソラは元の姿に戻して貰いました。 「‥‥‥こんなです」 地味な見た目に、コンプレックスを抱いていたソラに、それでもコウは 「へぇ~~。 なんか、ソラっぽい」 なんて、謎のコメントを寄越しながらも 「俺は好きだけどね。 しっかり男前じゃん」 そう言って、とびきりの笑顔を向けるのでした。 その笑顔につい、 「いや。俺のが好きだから」 ソラの本音が、またポロリと零れます。 「ふえ!?」 「あッ!」 気付いた所で、時すでに遅し。 「いや。これはその」 言い訳しようとした所で、何も用意してなかった“言い訳”なんて出てくるハズも無く。 「や。お前意外に良い奴だなーとか思ってて じゃなくて。ほら、猫の件とか。 すげー優しいなーとか。 あれ。俺、何言ってッッッ」 口から出て来るのはもう、愛の告白達。 「俺なんて」 しどろもどろのソラを止めたのは、やっぱりコウの言葉で 「5年前から、ずっと気になってたんだかんな」 そして、上目遣いの、照れた愛らしい表情で 「俺も」 つい、ギュッと。 強く抱きしめてしまうのでした。 「来年まで会えないとか 考えらんねー。 考えたくねぇ」 抱きしめた耳元で、コウに囁きます。 「俺だって無理。 もう。無理」 ソラも精一杯に腕を伸ばして、コウを抱き締め返します。 「いっそ。 俺ん家、来る? 俺、一人暮らしだか「行く!」 フライング気味に即答したコウが可笑しくて可愛くて 人目も気にせず、ソラはコウに長い長いキスをしました。 その後また長老には怒られたけど 二人は本当の 『最強のペア』に なりましたとさ ~おしまい~

ともだちにシェアしよう!