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【青黒】青峰君はボクのです。誰にもあげません

 「それにしても・・・あの女えらっそーに。いったい何様?」 「こっちはわざわざ他校まで来てやってんだから、空気読めよって」 「ぴえん・・・また今日も大輝見れなかった~」 「うち(桐皇)も最近、体育館締め切ってんの増えたよねぇ・・・なんで?」 「さあわかんね。けど・・・インハイだっけ? 全国かかってっからとか、そういう?」 「つかそれよりあの女、カントクって呼ばれてなかった?」 「呼ばれてたね。ってことは・・・え? マジでカントクなんかな?」 「いや制服着てたべ? ないっしょ。態度でかいし・・・あだ名的な?」 「じゃね? 高校生だしカントクとか・・・ムリゲーだって」 「たぶんあれでしょ。桃っちと同じ「マネージャー「それそれ」」  ――青峰や黒子が所属する各校バスケ部が、合同練習を敢行していた体育館から締め出されたブレザー姿のギャルたちが、 口々に不満を述べながら新設校の敷地を後にしてから約3時間後――。  20×× 6月15日 誠凛高校体育館  「なー、テツ。なんでお前今日、ンな機嫌わりぃの?」 「・・・・・・」 「なー、テツゥ。・・・なぁ、無視すんなって。テツー? テェーツくーん」 「ちょ、なにすんですかあおみねく・・・離して・・・邪魔しないでください」 「お、やっとテツしゃべった。・・・で、原因なに? なににお前怒ってんの? オレなんかした?」 「・・・さあ?」  ・・・っていうか。ほんといい加減離してくださいって。こんなにくっついてたらストレッチ(クールダウン)できないでしょ? と。 ハードな練習をこなした直後の気怠い身体をもぞもぞして。後ろからがっちり抱きこんでくる褐色の腕の中から、どうにか逃れようと足掻く彼を。  カントクの「は~い、じゃ今日の練習はここまで! あとは各自クールダウンして――水分補給もしっかりね?」という指示が終わる前に、 普段世話係の任を任されている現在の相棒より早く捕まえ、問い質しているのはなにを隠そう。 かつて中学時代の相棒であり、同時に。復縁したてほやほやの恋人でもある・・・ライバル校のエース、青峰大輝なのであるが・・・。  ではなぜ、他校の選手である彼・・・彼だけでなく桐皇バスケ部の選手たちが、誠凛バスケ部の面々とともに、折に触れ合同練習をしてみたり、 練習試合をしたりしているのかと言えば。 早い話し。今吉の後を受けキャプテンを拝命した若松の、ストレスを少しでも減らすためというか・・・。  ――つまりは。  WC以前に比べれば格段に練習に参加するようになったし、ずいぶん物腰だって柔らかくなった青峰ではあるのだが。  だがそれでも相変わらず目上の者を敬う気などさらさらないし、ちっともいうことを聞ききやしないし(主にキャプテンの)。 手を焼かされるばかりでどうしたものかと、頭を痛め。すっかり自信喪失していたところ。  それを見かねた優秀なマネージャーが、切り札として連れてきた・・・誠凛のシックスマンを前にしたとたん。 あの傍若無人で乱暴な猛じゅ・・・否、エースが。  若松が今まで見たことも聞いたこともないような柔らかな表情や、佇まいや、声音でもって嬉しそうに纏わりつき構い倒し――挙句。 叱られても、躾という名の鉄拳制裁を喰らっても、決して歯向かったリしないし・・・いやむしろ叱られて喜んでいるというか。 自ら進んで尻に敷かれにいっているというか。そのどうひいき目に見たところで、青峰に敵いっこない・・・。 小さくてひょろくて弱っちそうな黒子に相対する、暴君のあまりの豹変ぶりに――。 (実際、インターハイでもWCでも・・・青峰はその口でも態度においても、彼のシックスマンを完膚なきまでに叩きのめしていたのだって、目の当たりにしている) ただひたすら『えええええええ? これがほんとにあの青峰と同一人物? って・・・うそだろ、オイ!』と驚愕し、わが目を疑うしかなかったし。 『え、お前ネコ科の猛獣じゃなくて実はわんこだった?』と認識を改めたくなるくらいには、ご主人様に対し素直で従順で懐っこいし (実際、火神始め誠凛の連中も相当びっくりしていたし、しまいには呆れてすらいた)。 黒子がそばにいるというだけで、いつものあのふてぶてしい態度はどこへやら。 終始ご機嫌だし、楽しそうに声をあげて無邪気に笑ったりまでするし(あの青峰が!)、キャプテンの言うことにも渋々ながら文句を言わず従うし (反抗なぞしようもなら、黒子がすぐさまたしなめてくれるので)――となればもう、若松がするべきことはただ一つ。  練習終了後すぐさま顧問を捕まえ、部のためだからと拝み倒・・・説得すると。 原澤や桃井を介して・・・好都合なことに我が校の最寄りでもあった、誠凛高校バスケ部と連携していくことで合意し(当然合宿も含む)、 エースで暴君な彼を押し付ける相手・・・否、お目付け役を確保して、ホッと胸をなで下ろした主将・若松であったのだが。  ・・・だがそんな、若松にとって頼みの綱の影薄シックスマンが、今日はなぜか終始ご機嫌斜めで。 そのせいで桐皇が誇る天才スコアラー様までが、困ったことにどこかそわそわ・・・気もそぞろで。 不機嫌丸出しな黒子のことばかりチラチラ視線で追って、ちっとも練習に身が入らないなど。 ・・・シード校とはいえ、インターハイの予選を戦っている以上、油断など絶対してはならないし。エースがそんなことでは示しもつかない――のに。  誠凛のエースである火神に「おい青峰いい加減にしろ! テメェ手ぇ抜いてんじゃねぇよ。真面目にやれ!」とミニゲーム中に喝を入れられても・・・。 「ケッ、テメェごとき手ぇ抜くくれぇでちょうどいいんだよ」といった具合に、右から左に流されてしまう始末。 (なのにそのくせ。シュートなど、決めるべきところはきっちり決めてくるから、質が悪いというか) が、それでも。ちょっとでもだらけたりしようものなら、真っ先に口や手を出し。 教育的指導をしてくれていた頼りの黒子は・・・今日に限って、現相棒たる火神からの・・・。 『オレの言うことなんか、アイツ聞きゃしねーから。だからお前がどうにかしろ!』という圧にも、気づかぬふりだし。 ・・・となれば、困ったことに――なにをどう試みても黒子に無視され続け。イライラが募り出した青峰は、 理不尽にもその苛立ちを・・・よりにもよって若松にぶつけてくれるし。  そんな具合に強面のエース二人がそろってピリピリしていれば必然。体育館の空気は悪くなる一方で(まあ火神の方は・・・向こうのカントクとキャプテンがたしなめてくれたので、最悪の事態は免れたが)・・・。 こんな状態がこれからも続くようだと、そのうち連携を断られてしまう。そんなの今更困る!  オレにあの凶暴な猛獣をどうにかできるわけがない! ――いったいどうしたら?! と内心ひどく焦っていたところへ・・・。  練習が終わったとたん、青峰の方から黒子を捕まえに行ったのを・・・桐皇の倍はキツいメニューをこなし、 思わず床にへたりこみそうになるのを必死にこらえる視線の先・・・ゼイゼイ上がる息の中、 揺れる視線の先に捕らえたとたん――まだあきらめるには早いか?! とグッとこぶしを握りしめつつ。 『今はインターハイ控えた大事な時期なんだ・・・頼むからこれ以上こじらせてくれんな?  ちゃんと仲直りして、万全の状態で・・・たった三つしかない出場枠、万が一にも取りこぼすことがないようにしてくれ。頼んだぞ青峰』 ・・・だってオレら三年にとっては最後のインターハイなんだから。と切実な望みを託しつつ――。  パッと見、仲良さげにじゃれているようにしか見えない二人の様子を、ハラハラドキドキしながら遠巻きから見守ることにして。 できるだけ時間をかけ、のんびりと・・・後輩である桜井をパートナーに、ストレッチを始める――。 *****   ――とそんなふうに。自分たちの一挙手一投足に、目を光らせる者がいることも知らず。 (実はそれは若松だけではなく。今ここに残っているバスケ部員たちほぼ全員、大なり小なり ・・・青峰と黒子がどうなるのかについて、気にかけ様子をうかがっている)  「別に何も変わったところなんて」 「ウソつけ。どこがだよ」 「もう、だからそんなにくっつかれると「やぁだねー。ちゃんと理由言うまで離してやんねー」」  あれおかしいな・・・? 確かオマエら、さっきまでそこら中に不穏な空気まき散らしてなかったっけ? と。 すっかり見慣れた感のある、近すぎるその距離に――思わず首を傾げる周囲をよそに。 「・・・・・・」 「テェーツゥー」 「だって、ここ桐皇じゃないのに・・・」  青峰の追及を前に・・・これ以上粘っても一つもいいことなどなさそうだと、さっさと見切りをつけ白旗を揚げた黒子が。 ぷくっと頬を膨らませながら汗まみれの顔を後ろに逸らし。切れ長の群青と視線を合わせながら、原因の一端を口にしてみせるのだが。 「あ?」 「君が通ってる桐皇での練習っていうならまだ・・・まだわかりますよ?「は? さっきからオマエ何言ってんの?」」  まだ息が整わないから面倒なのかわからぬが・・・彼にしては説明を端折りすぎているせいで、黒子が何を言わんとしているのか、さっぱりわからない。 「女の子たちのことです。君んとこの制服着た子たちが今日、練習見に来てたでしょう」 「ん? あ? お、おぅ。女どもがなに、どうした?」」 「もしかしてあの子たちって・・・先週カラオケで君が連れてた子たちと、顔ぶれ同じゃありませんでした?」 「・・・は? カラオケ? ・・・・・・って、ああ。確かに行った・・・けどなんでそれ、お前知ってんの?」  ただでさえ頭の中は疑問符でいっぱいなのに。さらに話が四日ほど前の出来事にまで飛び火するから。 「ボクたちも、偶然あそこにいたんです。 ・・・あの日体育館に緊急メンテナンスが入って、突然練習が休みになったから「はぁ? いたならなんで声かけねーんだよ」」  だから・・・そのカラオケと今日のご機嫌斜めとなにがどうつながってんだ? とますます頭を混乱させながらも。 黒子を捕獲する直前、幼馴染のマネージャーに「もう! さっさとテツ君と仲直りしてよね?!」と諭されながら、 胸元にドンと押し付けられたスポーツタオルを首から抜いて。 未だ汗まみれの彼の水色の頭の上にかぶせ、わしゃわしゃしながら・・・せっかく偶の休みが重なったなら、 なぜまず恋人である自分に連絡をよこさないのかとの意味合いも含む不満を、思わず口にしつつも。 「だって「なんだよ」」 「ドリンクバーで、君たち・・・っていうか、青峰君・・・・・・」 「んー、なに。オレがどうした?」 「うー・・・」  才能が開花する前に戻ったかのように、すっかり剣の抜けた青峰が・・・練習が終わったのを察し 『かまって、遊んで』とおねだりにきた2号まで味方につけ。穏やかで優しい声音でもって本気で篭絡にかかれば――。 「うーって。かはっ、かぁ~わい・・・けど。なんで唸ってんの(テツヤ)1号は? ・・・2号お前なんでか知ってっか?」 「ワフ・・・?「へぇ。テツにそっくりなお前でもわかんねーことあんだな「クゥ~ン・・・」」 「わ、さすが青峰君・・・当たり前みたいに2号と会話してる」 「ンァ? 別にこんくれー・・・つか。2号にもわかんねーらしーから、ちゃんと教えて? なんでお前が今日へそ曲げてっか」 「・・・・・・」 「ほら2号。テツ黙っちまったから、お前からも頼んでくれ」 「キュゥ~ン」 「うぅ~・・・もう。二人がかりでなんてズルいですって」 「あ、また1号が唸った・・・けどやっぱ全然怖くねー。てかむしろか~いいんだよな。・・・な?2号」 「アン!」 「だよなぁー」 「だよなじゃないです。可愛いわけないでしょ・・・だってボク怒って「あー、やっぱ怒ってたんじゃん」」  自ら復縁を迫るほど青峰のことが大好きな黒子など・・・赤子を捻るがごとくひとたまりもないわけで。 (まさに言葉通り、制服のネクタイをグイと引っ張り。 至近距離から「君が好きだ! ――もう一度ボクと付き合ってください」と男らしく言い切ったあと、 ぶちゅっとキスをお見舞いして。Yes以外は聞く気ありませんからと強気に迫ったのだ) 「! ・・・・・・」 「ほらもうバレちまったんだし。さっさと白状しろって」 「はぁ~・・・」  案の定うっかり本音を漏らし。失敗したと溜息を吐いてみたところで、後の祭り。 「ほら、テーツー」 「・・・君の腕抱え込んでぶら下がってた子が『もういっそ、私ら付き合っちゃう? つか、付き合って大輝♡』って言ったら君、 まんざらでもなさそうに『んー・・・おっぱい揉ましてくれるっつーなら?』って・・・」 「ぁあ゛? んなもん本気なわけ・・・つか、その場のノリだろ? ノリ!」 「けど! その時の子が今日早速練習見に・・・だからボク・・・」  けれども。それくらい・・・ほんのちょっとの揺さぶりをかけられたくらいで、あっという間にメッキが剥がれてしまうくらい。 それほどに青峰のことがが好きでしかたないからこそ。  おっぱいが大好きな恋人が、こんなツルペタな・・・しかもよりによって同性の自分と付き合っていることに対し。 どうしたって不安を覚えたりもするし、引け目だって感じてしまうわけで。 「お前がいんのに、隠れてその女とも付き合いだしたとか思った?」 「だって・・・彼女すごくスタイルよかったですし、君が大好きな胸だって「オレがテツよりおっぱい選ぶとでも?」」 「だって実際、君胸も女の子も大好きでしょ? ・・・だからどうしても気になって桃井さんに探り入れてみたら――」  ――だが反面、独占欲からついつい嫉妬だってするし。誰にも奪われたくないとも思ってしまうから。 「あ゛?」 「だってあのとき君が引き連れてたの・・・一人や二人じゃなかったじゃないですか」  可愛らしい女の子、あんないっぱい侍らせて鼻の下伸ばしてるとこ見せられたら、そりゃ心穏やかでいられないでしょう?  大好きなおっぱいの誘惑に負けちゃうかもって・・・不安に駆られてもしょうがないでしょう? ・・・っていうか。 桃井さん情報によると、君・・・WC終わったころから「優しくなった」ってジワジワ人気出始めて、 二年生のクラス替えでさらにモテモテ具合がアップしてるらしいじゃないですか?  ――毎日のように女の子たちから、君に彼女はいるのかとか。ほんとは付き合ってるのに隠してるんじゃないかとかって聞かれたり。 ファンの子たちが体育館に押しかけてきゃあきゃあ騒ぐから、練習どころじゃなくて大変って。桃井さんぼやいてましたよ? と。  がっちり抱きこまれたままの分厚い肩に向かって頭の先で頭突きを食らわせた後。ついでにぐりぐり抉ってやりながら。 『こうなったからには――』とでもいうように開き直って。腹の内をぶっちゃけてみせる黒子を・・・。  ・・・あとほんのちょっと屈んだら、キスだってできてしまうくらいの至近距離で見おろし。 恋人が何か非難めいたことを口にするたび――「鼻の下なんざ伸ばしてねぇ」だの 「そこらのおっぱいなんぞに、テツが負けるわけねぇだろ」だの・・・都度律儀に釈明しつつ。 「いや違ぇぞ? クラスの集まりとかダリィだけだし? 帰って寝るつってのに・・・女共に拉致られて、無理やり連れてかれたんだぞ?」 「えー・・・のわりに、全然嫌がってるふうには見えませんでしたけど?」 「だってアイツら、キツい態度取るとすぐ泣きやがるから・・・迂闊なことできねぇし、言えねぇ上。 しかも部活が休みなこと知ってやがるから、いうこと聞くしかなかったんだって」  第一。女共には優しくってうるさかったのテツとさつきじゃねーか。 オレちゃんと言いつけ守ってんのに、なんで怒られなきゃなんねーの? とさも不満げに口をとがらせて。 見上げてくる恋人の額めがけて、ゴチンと軽い頭突きを喰らわせておいてから。 「イタッ・・・もう、青峰君の石頭」 「ハッ、大げさ・・・全然本気なんか出してねぇけど?」  さらに・・・大して痛くもないのに大げさに顔を顰め、非難する彼の鼻を指先でぴんと弾いてたしなめる。 「ふふ、冗談ですよ。・・・ところで青峰君、君中学時代の言いつけちゃんと守ってくれてたんですね。エライエライ」  そして。すっかり誤解も解け、いつもの通常運転に戻った黒子が。フフと柔らかく微笑みながら、頭上に向かって腕を伸ばし。 群青のネコ毛や、去年よりまた一段と少年っぽさが抜け。大人の色気すら漂わせるようになった、 頬から顎にかけてのラインを愛し気な手つきで撫でてくるのに、気持ちよさそうに応じつつ。 「だろ~? オレエライよな。ちゃんとお前らの言いつけ守ったんだからな? ってことで、テツ」  ニカッと満面の笑みを浮かべて恋人の名を呼んで。 「はい」 「オレが浮気なんかしてねぇって。これでちゃんとわかったよな?」 「んー・・・ええ、はい」 「ならもうオレのこと無視したりしねぇな? ・・・もう怒ってねぇよな?」  確実に黒子の中の誤解が解けたことをちゃんと口にしてくれと、念を押す。 ・・・でないと不安でしょうがないから。 もう二度と傷つけない、泣かせない。絶対別れないと――クリスマスに二人でシュート練習した思い出の場所で 「オレもお前が好きだ、テツ」と返答して・・・緊張でガチガチに強張った小さな身体を抱きしめたときに誓ったから。 「はい。もう怒ってないですし、無視したりもしません。あの・・・勝手に誤解してやきもち焼いたりなんかして・・・ごめんなさい、青峰君」 「別に謝んねーでも・・・これからは隠さねぇで、ちゃんと話してくれるって約束してくれりゃ、そんでいい」 「わかりました。約束です」 「ん」 「それにしても・・・ふふ。ほんとに君はボクに甘いんだから」 「んー、そうか~?」  だからこうして、ちゃんと約束さえしてくれたなら。黒子との仲が壊れさえしなければ、 あとはもうどうだって・・・否。正直、焼きもちを妬いてもらえたのはちょっと、いやかなり嬉しかったが。 まあそれはさておき。  これでもう黒子を失わずにすんだし。ちゃんと仲直りもできたし。もう怖いもんはねぇ! とばかり、無敵オーラを纏ったいつもの青峰大輝を復活させて。 「・・・っていうか。誤解も解けたことですし、いい加減ストレッチしましょうって・・・ね?」  筋肉がこわばっちゃいます。今、お互い予選中でもありますし、ケガとか気を付けないとなんて言いながら、 がっちり腹の上で組まれたままになっている、太い腕をぽんぽんして次を促す黒子に。 「わーった。さっさと終わらして、マジバ行こうぜテツ。ここの練習ウチよりハードだから、また腹減ってきた」  と素直に応じて。もうすっかり汗の乾いたくせ毛を後ろからわしゃわしゃ混ぜつつ、つい無意識に・・・旋毛にチュッと口づけ。 3メートルほど離れた向かい側で、ギョッと目を見開いた後 『オイ、いちゃつくのも大概にしとけ? ここどこだと思ってんだ!』と口パクでいちゃもんをつけてくる火神に。 これまた同じく口パクでもって『うっせ、バーカ!!!』と大人げなくやり返しながらちらり辺りを伺い。 ・・・幸いなことに、火神以外誰も旋毛へのキスに気付いていないのを確認し。後で叱られずにすむと、ひそかに安堵しつつ。 「ええ、いいですよ・・・って。君たちなに無言で・・・以心伝心してんです? ・・・ほんと仲よしですね」 「ああ?! 仲良くなんかねぇよ!」  オレがテツ(相棒)アイツから奪っちまったから。寂しくて焼きもちやいてやがんの揶揄ってやったんだと、 適当を言ってごまかしておいて(キスしたところを火神に見られたことがバレたりした日には・・・どんなお仕置きをされるやら。考えるだに恐ろしいので)。 「んー、じゃあマジバ・・・火神君も誘います?」 「は? フツーにやだけど」 「え? でもたぶん火神君、このあと君と1on1するの楽しみにしてると「いや、今日はやんねぇよ?」」 「どうしてです?」 「マジバ寄ったあとはオレンちでテツと仲直りエッチして・・・そんで朝までいちゃいちゃすることになってっから」 「へ? けど明日も普通に学校「ちゃんと加減する・・・一回だけでガマンすっから。なぁ・・・ダメ?」」 「・・・・・・それほんとにちゃんと守れます?」 「おう、ちゃんと守る! 約束する!」  さすがテツ君、男前! と持ち上げておいて。  青峰の言うことであれば、素直に信じて疑いもしない・・・さらにめっぽう甘いというか、弱い恋人を、うまいこと自宅に誘い込むのに成功すると――。 「はぁ~・・・けどほんとボク・・・青峰君のおねだりに弱すぎてー―」  とかなんとか。溜息を吐きながらぶつぶつ自虐してみせる黒子とともに・・・鼻歌でも飛び出すんじゃないかと思うくらいの上機嫌で、ストレッチを終えると。  さあ終わった! やれ終わった! とばかり、ひょいと元相棒を小脇に抱え。 「んじゃ、クールダウンも終わったし。オレら帰るわ。おつかれー」  と・・・あのよく通る低い声で誰にともなく言い置いて。ア然と見送る周囲を置き去りに、さっさと体育館を後にする。  ――まあ、唖然として見送りはしたものの(何せ体育館を去った二人の様子は、 パッと見――猛獣が捕らえた獲物を巣穴に持ち帰る場面・・・にしか見えなかったから、つい心配してしまったのだ。 捕らえられた獲物・・・黒子の行く末を)・・・だがよくよく考えてみればそんなわけはなくて。 だから二人がいなくなったあと、みなそれぞれ口に出さずとも一様に 『あああの二人ちゃんと仲直りしたんだな。よかったよかった』とホッと胸をなで下ろしつつ得心したのだったが ――中でも一番喜んだのは当然、桐皇のキャプテンであったことは間違いない。  ――が。 これで無事決着したかに見えた今回の騒動には、実はまだ続きがあって・・・。 *****  同日19時50分 誠凛高校最寄りのマジバにて    「まあけど、週末には試合もあるし・・・かっこいい大輝はそんときまでとっときゃいーじゃん」  新設校の敷地を出たあと、高校周辺の繁華街を2時間ほどうろついて。 小腹が減ったと立ち寄ったマジバにて・・・バーガーセットをお供に、おしゃべりに興じるギャルたちの話題の中心はやはり――。  彼女らをわざわざ他校にまで足を運ばせるに至った、原因の彼・・・桐皇の天才スコアラーたる青峰大輝についてなのだが・・・。  「そうそう。昼休み以外ほぼ寝てる大輝になら、ほっといても毎日会えるんだしw」」 「いやけどその・・・バスケしてる時と普段とのギャップが、これまたたまらなくクるっていうか」 「でた! いつもの惚気がw」 「パッと見、強面だけど・・・実はイケメンだし。あと案外気さくだったり、優しかったりするとことか」 「去年同クラだった子がさ? ・・・三学期始まったあたりから、急に雰囲気優しくなって。迂闊にもときめいたつってたもんね」 「それまでは男ですら近寄るのムリだったって。・・・私らからしたら、逆にそっちのほうがびっくりだけどねー」  このギャルたち、他校まで押しかけるだけあって・・・実はここにいる全員が青峰に対し、まんざらでもなく好意を抱いていたりするのだが・・・。 「階段で躓いて落ちそうになったとき、腕一本で軽々抱き留めてくれて。 そんで『一人で立てるか? 足とか捻ってねぇ?』とかって、真剣な顔して心配された日には・・・そりゃ好きにならないほうがおかしいっていうか」  中でも――あわやという場面を助けられた彼女の本気度は・・・いや、その気持ちだけでなく。 「背高いし、手足長いし・・・何気にそこらのモデルよりスタイルいいし。ハイスペだよね」 「バスケ界隈じゃ知らない人はいないくらいの有名人だし、ファンもいっぱいだし」 「キセキの世代だしなー」 「そんなのと今同クラなだけでもすごいのに。おっぱい揉ませたら付き合ってやるとか・・・」  偶然その場に居合わせ様子を伺っていた黒子が、思わず不安に駆られるほど。その態度からなにからが、あからさまで積極的だし。 「羨ましいにもほどがある・・・ってか胸くらいさっさと揉ませて、彼氏にしときなって。絶対他校とかにも狙ってるのいるから!」 「そうそう。向こうに気があるうちに動いとかないと。後で後悔するよ?」 「えー・・・みんなはそういうけど・・・ほんとに大輝ワタシのこと好きかなぁ・・・」 「はぁ~? 今更なに」 「だって桃っちが「本人がただの幼馴染だって・・・他校に本命がいるって言ってたじゃん」」 「それは桃っちの気持ちで・・・大輝は違うかもじゃん。だって桃っちってとんでもなく美少女だし、胸だってワタシより・・・ 「不安ならなおのこと、さっさと既成事実作って彼女になっといた方がいいって。そんでそっからさらに攻めて、本気にさせた方がよくね?」」  こうして殊勝なことを口にしているのは、決して自信がないからというわけではなく。 それは言うなれば・・・ライバルへの牽制とか、優位性の誇示だとか・・・そういうしたたかな計算もあってのことだったが――。 「っていうか。アンタがいく気ないなら、私告っていい?」 「え?」  だが何事も度を超えるのはよくないというか。過剰な演出は、同情を引くどころか返って裏目に出てしまったようで・・・だから。 「忘れてるみたいだから言うけど・・・前からフツーにいいなって思ってたし? 大輝のこと」 「いや、ぜんぜん忘れてないけど・・・!」 「アンタら二人がカラオケで・・・付き合うだなんだってやってたのを見てたから、みんな今は遠慮してるけど ・・・その気がないってなったら、本気で狙いにいくの私だけじゃないと思うよ?」」  そうやんわりとした脅し文句で・・・もたもたしてる場合じゃないと釘を刺されたとたん。 「うん、だよね・・・」 「なら「うん もっかいちゃんと・・・そんで真剣に『大輝と付き合いたい』って告る」」 「・・・そっか。がんばれ!」  このままではマズいと慌てて軌道修正し、事なきを得たのだったが。 「ま、向こうも気があるのわかってるんだしさ? 安心して、存分に揉ませてやれ」 「安心して存分にって・・・言い方w」 「そーそー。OKもらえんのわかってんだし。てか・・・うちのクラスにまたカップル増えんのかよ。・・・羨ましすぎ問題!」 「いや・・・てか、あんた彼氏持ちじゃん」 「いやそれがさー・・・大輝みたいなスペックもないくせして、チャラくてさー。浮気ばっかだからそろそろ限界キテて」 「うわ・・・それは・・・」   ――正直欲を言えば・・・今度こそ。青峰の方から男らしく告白してほしいところだし。 だからもうしばらく様子を見たいのが本音ではあるのだが・・・だが実際、夏休みだってすぐそこまで迫っていることだし。 どっちみちこれ以上引き延ばすのは得策ではない――だがそれなら、いつがベストなタイミングだろう・・・明日? 明後日? それとも・・・などと。  ヘアもメイクもネイルもバッチリキマった・・・同担のクラスメイトたちが、キラキラ楽しそうに会話を弾ませるのに、適当に相づちを打ちながら。 スマホのカレンダーにチラチラ視線をやりつつ―― 『いやけど胸揉むってことは・・・絶対それだけで終わるわけないってか・・・ってことはしょっぱなからいきなりエッチするってこと?  え、それってなんかセフレっぽいっていうか・・・長続きしなさそうっていうか・・・』などと。 来たるべき未来に思いを馳せ・・・てはみたものの、少々マイナス思考に陥ってしまった彼女を・・・。 *****  「――ちょ・・・え? うっそ、マジで?!」 「ん、急にどうした?」 「どうしたもなにも・・・ほら、あそこ。レジんとこ」 「んんん? レジがなに・・・って。うっわ、大輝いんじゃん!」  向かい側に陣取っていた友人たちが、偶然の出来事に興奮を隠さず・・・身振り手振りつきで 『ほら、アンタも――』とか『偶然にしてもできすぎ』とか『さっさと告っとけってことじゃん?』などと口々に囃し立て――さらには。 「ほらさっさと行って、大輝こっち連れてきなって~!」 「ちゃんと・・・カップル成立見届けて、そんで証人にもなったげるから!」  他人事だと思って勝手に盛り上がって。それ行けやれ行けと急き立てる声に。  内心では・・・心の準備もしてないのにいきなり?! てか、みんなの前で胸揉ませろって・・・?とか。 あんたら単におもしろがってるだけだろとか。大輝近くで眺めてうっとりしたいだけだろとか・・・。 『人を出汁にして好き勝手言いやがって』と不満に思いつつ、けれどこうなってはしかたがないかと。 気が進まないながらも、渋々重い腰を上げかけていたところへ・・・。 「・・・ん? ちょい待ち。大輝・・・一人じゃない」  真っ先に青峰を見つけた彼女の口から飛び出した一言に、一瞬肝を冷やしつつ。 「え? まさか女連れとか言っちゃう?!」 「違う。女じゃない・・・けど。普段群れたりしない大輝にしちゃめずらしくね? って」 「確かに。・・・てか、相手マジでどこいんの・・・全然見当たらないんだけど?」   クラスメイトらの好奇の目が自分から逸れたことに・・・最初こそ、ほっと胸をなでおろしたものの・・・。 「大輝の左側よーく見てみなって。水色の頭「あ、ほんとだ。いた! ・・・けど、それにしたって存在感薄すぎだろってw」 「あとなんで大輝はJKじゃなく・・・DKの腰、がっつり抱いてんだよってな?w」 「オイそこ! 今すぐ代われ!」 「私もあんなふうに・・・大輝に腰抱かれて、イチャラブしたい人生だった」 「けどあそこまでべたべたって・・・フツー、カレカノでもないとできなくね? ・・・ほんとあのDKいったいなにもん・・・つか大輝のなに?!」  ついさっきまでさんざん人のことを煽っておいて今更――。 「てかさ。あれって・・・たぶん誠凛の制服じゃん? ってことはバスケ部つながり?」 「いやあんな水色髪した弱っちそうなの・・・一度も見た記憶ないけどな」 「だよねぇ・・・けどそれだとますます謎が深まるっていうか・・・って、あ。注文終わったっぽい。こっち来るかな?」 「いや店員のオネエさん紙袋用意してるし・・・テイクアウトっぽい」 「あー・・・今日平日なのにかなり混んでるし。うるさいのヤだったとか?」 「なんだ帰っちゃうのー? そんじゃDKの正体わからずじまいじゃ~ん・・・って。うっわ! なんだその見たことないような、ピュアッピュアな笑顔」 「びっくりした! 大輝あんな可愛い顔もするんだね・・・?」 「つか、あんな機嫌よさげな大輝自体初めて見「ひー! 頭ぽんぽんまで飛び出しちゃった、だと?!」」  その舌の根も乾かぬうちから・・・突如降って湧いた新たなゴシップの種に色めき立ち。  ・・・青峰が本気で好きで告白まで決意した女が、同じ場所にいることなどおかまいなしで騒いでみせる、そのあまりの無神経さに。 「当然のように誠凛の子のスクールバッグも持ってあげてるしさぁ・・・」 「待つ間の席さっと確保して、さらに椅子引いて座らせてあげて? ・・・で、とどめに笑顔全開で頭ぽんぽんって・・・マジ大輝スパダリじゃん」 「あれ多分・・・お礼言われたのに、どういたしましてって返したんだろうな」 「つかそんなん彼氏でもなきゃしないだろ? てか・・・彼氏じゃなかったら、逆にガッガリっつーか」 「同意!」  否――腹立たしいのは決して彼女らに対してだけでない。 なにより青峰に腹が立ってしかたがないのだ。なぜって・・・。  まさに今現在進行形で見せつけられている、ただの友人同士には到底思えない距離感とか、二人が醸し出す雰囲気とか・・・。  座っている誠凛の彼の声が届かなかったのか・・・すぐ横に立っていた青峰の方から、おもむろに中腰になると。 自ら耳を相手の口元へ持っていって楽しそうに破顔しつつ、うんうん頷いてみたり。・・・それだけではない。 会話のついでに間近で視線を交わし、一瞬意見つめ合ってみたり。  注文の品を定員から受け取り。さあ帰ろうかというときだって、紙袋を持って立ち上った彼の背後にさりげなく腕を回し水色頭のてっぺんをぽふぽふしたり、 クシャリとまぜたりしてちょっかいかけながら・・・がっちり懐に囲いこんでガードしているし。  ――だからそういう・・・女の私だって、そこまでたいせつに扱われたことないのにというか ・・・そんなふうに大事にされる彼を羨んだり、妬ましく思う気持ちだとか。  いやそれよりなにより。本気で青峰はあんな存在感の薄い・・・取り立てて容姿が優れているわけでもない (まあ確かに・・・目も大きいし、男性にしては華奢だから中性的ではあるが)、普通の男子生徒を青峰はあんなに大事に扱うのかとか。 男だから胸だってないのにいいのかとか、なくても平気なくらい好きなのかとか。そもそもあの二人、本当に付き合っているのだろうかとか。  もし付き合っているとしたら――カラオケのドリンクバーで交わしたやり取りはなんだったのか ・・・ウソだったのか、それとも二股でもするつもりだったのかとか・・・。  ――なんで、どうして? 全部・・・全部納得がいかない! こんなの絶対おかしい! とばかりに。 出口を求め胃の腑の辺りでぐるぐるとぐろを巻く、どす黒い負の感情にはらわたを焼かれながら ・・・腰掛けていた真っ赤なシートを吹き飛ばす勢いで立ち上ると。 「ちょ、なに?! 急に――てか。大輝たち追いかけるつもりならって・・・聞いちゃいないし」  同席の友人の声に耳を貸すことなく、つい今しがた店から出ていった二人連れの後を追うように、不機嫌丸出しの足取りで出入り口を目指す――。 「あー・・・バッグもスマホも・・・何一つ持たず飛び出して行っちゃって・・・ありゃ相当頭に血が上ってんな」  ・・・とその、あっという間に玄関口にたどり着いた背を、呆気にとられた顔で見送ったあと。 「激オコだったよね・・・ちょいやりすぎた?」 「あー・・・けどさ? あの子何気にプライド高いし。同情されんの嫌がるかと思ったんだけど・・・もっとほかのやり方があったかもね」 「だね。帰ってきたらちゃんと謝ろう」 「うん。あとそれに。わたしらが骨拾ってやらないとさ・・・一人で泣かせるわけにいかないじゃん?」 「当然でしょ」  ほどなくして開始されることになるだろう、場外戦での修羅場をそれぞれに想像して。  ――こんな予想もつかぬ形で、突然恋を失ってしまった彼女が・・・これ以上深い痛手を負わなければいいが・・・などと。しんみりしながら待つこと約20分・・・。  「あんな薄情な男、こっちから願い下げだっての!」  もといた席にドスンと腰掛けたとたん、制服のスカートのすそをぎゅっと握り。クシャリと顔を歪め。  いつもはかけていない黒ぶち眼鏡の下・・・バッチリ決まったアイメイクが溶け出してしまうほど、大粒の涙をぼろぼろととめどなくこぼしつつ――。  “”店を出たすぐのところで二人見つけたから、声かけて引き留めて。 先週付き合ってもいいって言ったのあれはウソだったのかってぶちまけてやったら、返ってきたのがまさかの「――あ? オマエ誰?」で。  そりゃ今日はたまたまコンタクトが合わなかったから、メガネかけてるけど。 それにしたって学校でだって会ってるのに。「おはよう」って「また明日ね」って挨拶もしたのに。 そりゃもうとっくに陽も落ちて視界もよくないかもしれないけど? それにしたって ・・・メガネに変わったくらいで誰だかわからなくなるって、あんまりじゃない?  しかもさ? カラオケでしたやり取り、すでにテツ・・・誠凛のDKの名前なんだけど ・・・は知っててさ。きょとんと不思議そうにしてる大輝の脇腹に手刀食らわしながら 「青峰君が失礼なこと言ってすみません」って代わりに謝ってくれてその上・・・。  先週君たちがカラオケでやり取りした件に関して、誤解があるみたいだからちゃんと話し合ってくださいって。 でもその場にボクはいるべきじゃないから、帰りますって。丁寧に頭下げられちゃってさぁ~・・・テツって子がいい人すぎつか。 ヨメ感半端なくて、入り込む隙すらないっていうか。自分の方が二人邪魔する悪者みたいに思えてきゃって、ただでさえ萎えてきてるとこにさ?   大輝まで――あんときはなんも考えず、その気なんかないのについノリで言ったんだって。 おっぱい揉ませろなんて条件、本気にするわけないと思ったって。誤解させて悪かったって ・・・ずっと好きで、やっとまた付き合えるようになった人がいるからワタシとは付き合えない、ゴメンなって・・・。 こっちが責める前に、大真面目な顔で謝られちゃったらさー。もう何も言えなくなっちゃうじゃん、ヒドイ男だよねぇ?“”  ・・・だからこれは悲しくて泣いてるんじゃないから! 悔し泣きだから! と嗚咽しながら強がってみせる彼女が泣き止むまで・・・そして。 そうやって気持ちを吐き出すことで、傷ついた心が少しでも癒えればいいのにと願い、そっと寄り添うギャルたちであった――。 [newpage] *****  ――とそんな出来事があった同じ夜。 日付が変わる間際の青峰宅では・・・。  誤解をさせてしまった彼女に真摯に謝罪した後、慌てて後を追いかけ捕まえた彼の口を伝ってこぼれ出る――。  話しならまた別の日にしましょうとか。やっぱり今日は青峰君ちに行くのはやめておきますだのという・・・そのやんわりとした拒絶に。 この状態の黒子をこのまま帰らせては絶対にダメだ、マズいと危機感を覚え。  嫌だ、帰る、今は一人でいたいのだとごねる彼を強引に・・・有無を言わさず留守番を任された自宅に連れ込む。  そしてあとはもうひたすら誠意を尽くし・・・黒子が去ったあとの経緯を説明し、さらには。 今後このようなことがないようにすると反省の態度も示し。 どうにかその日の内に・・・今度こそ本当の仲直りを果たせたことに。 その証しとして――いつものように青峰に後ろからすっぽり抱えられながら。 (少々行儀が悪いのはいなめないが)食事を摂ったり、録画していたNBAの試合を鑑賞したり、 意見を交わしてくれることにホッと胸をなでおろしてはみるものの――。  ・・・にもかかわらず。 結局夕飯の宅配ピザとともに食べることになった、テリヤキバーガーまで完食しても。 すっかり融けてしまったバニラシェイクの代わりにとオーダーした、プレミアムシェイクを (当然黒子はここでもバニラ一択である)二人がかりで飲み干しても・・・。 未だ何やらひっかかるところでもあるのだろう、なかなかその気になってくれない恋人を ・・・リミットぎりぎりでベッドに誘い込むことに成功すると。 (何せ黒子は青峰の押せ押せなおねだりにめっぽう弱いので)    たった一度きりの行為に・・・実に一時間半以上という、長い時間をかけて。  テツが好きだ、お前だけだという溢れんばかりの愛情と・・・心配させてゴメン、 不安にさせてゴメンという贖罪の気持ちが伝わるようにと、心の中で何度も何度も念じながら ――あまりの多幸感と過ぎる快感に・・・どうしていいかわからなくなった黒子が、感極まって泣き出してしまうまで。 ゆっくりじっくり濃厚に。なおかつ、かつてないほど甘く優しく恋人を蕩けさせ、癒してやるつもりが・・・自分まですっかり癒され充たされて ――好きで好きで仕方がない人とこうしてぴたり肌を合わせ。同じベッドで眠ることのできる至福に浸りきって・・・。  大きな懐の中にすっぽり閉じ込めた華奢をぎゅうぎゅう抱きしめて「テツーテツー」と甘える。 ――そんなデッカイ猫の背を、ヨシヨシと撫でてあやし寝かしつけながら・・・。  あんな・・・スタイル抜群で可愛い女の子泣かせておいて・・・けどそれでも。 それだけじゃない・・・青峰君の将来を思うなら、今日のことは正直・・・ボクの方から身を引くいいチャンスだったのかもしれないけど・・・。 きっとそう遠くない未来――このバスケの神様に愛された申し子を、手離さねばならなくなることだってわかってる・・・覚悟しているけれど。 けれど今彼はボクのだから。この人が好きで好きでしかたがないから。誰にもあげられないんです。  だからせめて・・・アナタの失恋の傷が少しでも早く癒えますようにって祈ってますと―― 大好きな人の、温かな身体にすっぽり包まれる心地良さにうとうと微睡みつつ・・・そう密かに願う黒子であった。

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