1 / 10

第一話

 抜けるような空を背に、はらはらと臼桃色の花びらが舞い落ちる。  樹齢百年を越える古木の最後の春、といった風情であったかもしれない。  その場に佇み、幾ばくかの寂寥(せきりょう)に身を任せてみたものの、あちらこちらから投げ掛けられる視線や潜めた声に気づけば、自然と苦笑が漏れるのも致し方なかった。  その隙を見逃す筈もない、現時点では心許せる者の一人でありながら、常に動静を気に掛けねばならぬ友が、そっと背後に控えた事に、彼は内心胸を撫で下ろす。  臣下の礼を尽くす以上、友から話掛ける事はないであろう……、特にあれの話であれば。  鮮やかに浮かび上がる姫姿を思い出しながら、彼は声を潜め話掛けた。 「あれは息災か?」    尋ねる言葉に返事が返らぬ。  彼に対して、あってはならない態度であるが、そもそも友の来訪の意図を読み違えていたのであれば、即答出来るものでもないだろう。  故に彼は、舞い散る桜に見とれるふりをして、その場に佇んでいたのである。 ※ ※ ※  遡る事、三年前。  父から引き継いだ(まつりごと)は、落ち着きを見せてはいたが、彼を取り巻く家督争いが沈静化することはなかった。  正室の第一子であり、側室も女児しかもうけなかったから、「ただ一人のお世継ぎ」である、彼の地位を脅かす者はいなかった。  しかし無事に世を継いでみれば、今度は「次の世継ぎが不在」となるわけで、未だ正室をめとらぬ事もあり、家臣ばかりか町民どもにまで早く若様をと切望される始末であった。  太平の世が続き、立身出世が難しくなった事も影響したのであろう。  時の政権に瑕疵(かし)がないか、綻びをつつけぬかと、狐や狸が様子を伺い化かしあう。  その様に、若いながらも憂いを感じた彼は、家臣に対しても忌憚(きたん)ない意見を求め、地位や身分に関係なく優れた者を重用(ちょうよう)し、自らの基盤を磐石(ばんじゃく)とするための労力を惜しまなかった。  そうして、ようやく少しは、落ち着けると思った頃、父の素行に関する中傷がもたらされたのである。 「年端もいかぬ下町の娘に骨抜きにされた大御所様は、娘が男児を成せば次代の世継ぎにすると約束した」と。

ともだちにシェアしよう!