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21 真実(1) ~アオイ~
その日もいつものようにリュウジと楽しい一日を過ごし、ルンルン気分で帰宅した。
「おかえりー、アオイ」
玄関で出迎えてくれたのは、一番上の姉のフユミ。
フユ姉は、彼氏と半同棲していて平日はあまり帰ってこない。
「どうしたの? フユ姉。彼氏と喧嘩でもした?」
「違うわよ。ふふふ、アオイちゃんの顔を見たくなって!」
「嘘ばっかり!」
リビングに入ると、これまた珍しい二番目の姉のナツミがソファに寝転んでいた。
「お! アオイ、お帰り!」
「ただいま、ナツ姉。仕事は?」
「あー、機材のトラブルで延期。だから、帰ってきちゃった」
「へぇ、そうなんだ」
オレは、そのままキッチンへ。
夕食当番の三番目の姉のハルミが夕食の支度中。
「ただいま、ハル姉」
「お帰り、アオイちゃん」
「オレ、手伝うよ」
「ありがとう」
フライパンで肉を炒める音。
いい匂いが立ち込める。
今夜のメニューは、ゴーヤチャンプルのようだ。
「着替えてくるね」
オレは、パタパタとスリッパを鳴らしながら部屋へと向かった。
家族全員が揃う夕食は久しぶりだ。
ゴーヤチャンプルに、トマトとキュウリのサラダ。
食後のお楽しみは、ナツ姉が買ってきてくれたご褒美ゼリーがある。
「いただきます!」
一斉に食べ始めた。
4人で食べる食事は楽しい。
会話が弾む。
フユ姉とハル姉は、ストリーミングの新作ドラマの話で大盛り上がり。
オレは、ハル姉の大学の話に耳を傾けながら箸を進めた。
ハル姉の専攻は美術史。
それで、最近来日中の印象派の絵画を観に行ったらしく、その時の様子を熱く語る。
「それが想像以上に素晴らしくて! お姉ちゃん、感動しちゃった!」
オレは、絵の事はさっぱりだけど、興奮気味のハル姉を見るのが嬉しくて、すごいな、とか、いいねぇ、と相槌を打った。
それで、「アオイちゃんも絶対に観に行ったほうがいいわ!」と、強くお勧めされたところで話は一旦締め括られた。
で、次にオレに話が振られた。
「アオイちゃん。どう、学校は?」
その言葉に、フユ姉とナツ姉も、ドラマの話を一旦を止め、聞き耳を立てた。
あからさますぎる。
オレの話を聞きたがっているのが見え見え。
まったく、姉貴達はオレを構いすぎる。
オレは気にする事なく答えた。
「うん。まぁ、普通かな」
「普通か……ねぇ、この間言っていたリュウジ君とはどう? 仲良くやってるの?」
リュウジの事はよく姉貴達に話す。
だから、『リュウジ』はうちでは有名人なのだ。
それに、オレもリュウジの話を振られると嬉しくなってつい饒舌になってしまう。
「うん、リュウジとは仲いいよ。なにせ親友だからな!」
「ふふふ。よかった」
そこで、ナツ姉が話に入ってきた。
「なぁ、アオイ! 今度、リュウジ君を姉ちゃん達に紹介しろよ。あたし達も挨拶しておきたいからさ」
「うんうん」
フユ姉も同意する。
ハル姉も、無言でうんうんと頷く。
オレは、頬をポリポリ掻きながら答えた。
「いやぁ、リュウジは、結構、気を遣うからさ。それに女と話すの苦手みたいだし……」
オレの言葉に、ナツ姉は不服そうな顔をした。
「なんだ、アオイ! お前は、姉ちゃん達を紹介するのを恥ずかしいっていうのか!?」
「い、いや……違うって」
「なら、いいじゃないか。ふふふ。大人の女の色香でリュウジ君を誘惑しちゃおうかな?」
ナツ姉は頭の後ろに手をやりセクシーポーズをする。
それを見た、フユ姉とハル姉は笑った。
もしリュウジがうちの姉貴達をみたらどう思うのだろうか?
もしかしたら、好きになったりして……。
オレはそんな事を想像して、頭をぶんぶんと振った。
フユ姉は言った。
「ほら、ナツミ。アオイちゃんが不安そうな顔しているからやめなさいよ」
「だってさ、アオイが絶賛するいい男なんだから。あたし、年下でも全然オッケーだし!」
そこへハル姉から横やりが入った。
「でも、ナツミちゃん。彼氏できたって言ってなかった?」
ハル姉の言葉に、ナツ姉は舌をペロっと出した。
「バレたか……ふふふ。アオイ安心しろ。姉ちゃん達はリュウジ君には手を出さないからさ」
オレは、そこでやっとピンと来た。
姉貴達はオレを試しているのだ。
オレは、立派な男になると宣言した。
今までの女ばかりの生活から脱して、男友達をつくって、男の親友をつくって、男として立派に生きていく。
でも、もしかしたら、リュウジに対して女として恋心を持っているのではないか?
つまり、男としてちゃんとやれていないのではないか?
それを気にしているのだ。
オレは咄嗟に答えた。
「なに言っているのさ、ナツ姉! 別に手を出してもいいよ。リュウジはカッコいいから親友としても絶対にお勧め。そうだ、ハル姉にぴったりかも」
それを聞いた姉貴達は互いに顔を見合わせた。
そして、ホッとしたような顔で笑い合った。
やっぱり、そうか……。
心配性の姉貴達だ。
確かに恋はしているが、正真正銘、男として恋をしている。
だから、「手を出していい」というのは本心じゃないが、後ろめたい事なんて何もない。
だって、オレはちゃんと男としてうまくやれているのだ。
オレに話を振られたハル姉が口を開いた。
ちなみにどうしてハル姉に話を振ったかというと、ハル姉はこんなに美人なのに彼氏がいないのだ。
「もう、アオイちゃんは……でも、あたしは安心した。本当にうまくいっているのね」
「もちろん! 男らしくなってきたと思わない?」
姉貴達はオレの方をじっと見つめる。
固まっている。
そして、何を言えばいいのか、言葉を選んでおどおど始めた。
これは、いつものパターンだ。
はぁ、まだダメか……。
しばらくの沈黙の後、ようやく、フユ姉が口を開いた。
もちろん、話は変わるが、の流れだ。
「そ、そうだ。アオイちゃん。そろそろ男の子のお洋服にしましょうか?」
「フユ姉、大丈夫って言っているじゃん。男は格好じゃないんだ。ちゃんと自分で稼げるようになったら、思う存分、男らしい格好をするから。それまでは辛抱。もう、この話はいいからね!」
「でも……」
フユ姉は、残念そうに呟く。
姉弟だから性格が似ているのはしょうがないのだが、フユ姉はオレに似てとても頑固な性格なのだ。
この話題は、平行線を辿るより答えはない。
「まぁ、いいじゃない、二人とも。あっ、そうだ、フユミ。そろそろ彼氏さんとは結婚話はでないのか?」
ナツ姉は仲裁に入った形で、さりげなくフユ姉に核心をつく質問を投げかけた。
フユ姉は、ため息をつくと、
「ナツミ、あなたねぇ……そう言うことは次いでに聞くことじゃないのよ! デリカシーがないわね」
と怒った風に返しつつ、いつものように彼氏のおのろけ話を始めた。
そして、姉貴達とオレは楽しいうちに食事を終えるのだった。
オレは、自分の部屋に戻ってベッドに寝そべった。
まだ、オレは男らしく見えないか……。
まぁ、家族なら仕方のない事だ。
ずっとオレの事を見てきたのだから。
それに、女の服装というのはハンデであるのは間違いない。
オレは、逆にこのハンデこそが、過去に打ち勝つための試金石になると信じているのだ。
そんな風に思っている所へ、スマホに通知があった。
それは、中学生時代の旧友、アカリからだった。
オレはスマホの通話ボタンを押して話し出す。
「アカリ? 久しぶり!」
「アオイも元気そう! うんうん」
アカリの元気そうな声。
中学の卒業式以来の連絡である。
アカリは、いつも一緒にいた仲良しの友達。
オレと同じくらいの背丈で、元気いっぱいの女の子。
そのアカリとオレは、周りからは、『アカアオ』というコンビ名で通っていた。
カラオケボックスに二人で籠り、ひたすらアイドルのヒットナンバーのフリの覚えては、みんなの前で披露。
大盛り上がりで一躍名コンビとなった。
アカリとは、そんな楽しい思い出がある。
とても懐かしい。
アカリが質問してきた。
「どう? 美映留高校は?」
「うん。とても楽しいよ」
「いいな共学、彼氏できた?」
「えっ? 出来ないよ、そんなの」
「でも、カッコいい男子いるでしょ?」
「それは、いるけど……」
「いいよな……今度絶対に合コン開いてよ!」
「ふふふ。約束は出来ないけどね」
オレは、誤魔化すように切り返す。
「アカリの方は?」
「あたし? うーん。同じかな。だって、中等部からそのまま上がっただけだもん。女ばっかりだし、同じ顔だし、代わり映えしないし」
「ふふふ。そうだよね!」
アカリは、さりげなく質問をしてくる。
「で、アオイ。あんた、胸はおっきくなった?」
「あたしにそれ聞く!?」
「あはは。ごめん、まだだったか……あたしは、結構育ったよ! 今度触らせてあげるよ。うしし」
「ハイハイ。自慢はいいよ。でも彼氏いないんじゃ意味ないじゃん!」
「それはアンタもでしょ!」
「ふふふ。そうだね。あはは」
さて、ここでいよいよオレの秘密を話さないといけない。
実を言うと、オレは中学生の時は、女の子としている市内の女子校に通っていたのだ。
その頃は、まだ自分のことは『あたし』と呼んでいた。
見た目もそうだし、声変わりもしてない、女装すれば別段不自由は無かった。
胸が無いのは、特に疑われる事も無く、むしろ少し同情されて「大丈夫! 成長期だから!」と励まされていた。
こういう人よりも劣っている点が一つや二つあった方が友達付き合いが上手くいく、というのは女として生きてきた中で身につけた処世術。
因みに、何故、オレみたいに性別が男なのに女子校に入学できたのかというと、詳しくは分から無いが、そういう制度があったらしい。
ただ、一般生徒や先生達はこの事は知らない。
知っているのは校長とほんの一握りの人だけなのだ。
さて、オレ自身も体は男でありながら、実は男性の生態はよく分からず、女友達を通じて知識を得ていたという情けなさ。
その代表例としてオナニーがある。
『男子は毎日オナニーをする』との情報を得て、よしオレも!と意気揚々と実行に移そうとした。
しかし、一体どうやるのか見当がつかない。
どうやって、射精というものをするのだろう?
そこで、女友達の下ネタに聞き耳を立てて、情報を収集した。
その結果、どうやら、女の裸をオカズというのにしてペニスをしごく、という事が分かった。
オレは、さっそく、友達や姉貴達の裸をイメージしてオナニーにチャレンジするのだが、うまくいかない。
何故なら、そもそも、ペニスが大きくならないのだ。
家でも学校でもずっと女に囲まれていたわけで、女は日常そのもの。
何度かの試みの末、オレには、女の体はオカズというのにならないらしい、と悟った。
オレはやっぱり普通の男じゃないんだ、と嘆き、そして諦めかけた。
ところがある日、別の友達から耳よりな情報を手に入れた。
どうやら、男はアナルを刺激しても気持ちいいらしい。
オレは勇気を出して、お尻の穴に指を入れてみた。
すると、どうだろう。
不思議と気持ちよくなって、初めてペニスが固くなる感覚を得たのだ。
特に、お尻の中に気持ちが良くなる部分があって、そこを指で擦ると射精する事まで出来たのだ。
友達が時折恥ずかしそうに言っていた、濡れるとか感じるという感覚は、これなんだって分かってすごく嬉しかった。
そんな風に、女子校の中でもたどたどしくも男の事を知り始め、日々日常は普通の女子中学生と何ら変わらない生活を送っていた。
それが15歳の誕生日に一転する。
亡き父親から例の手紙が届いたのだ。
そこには、4人の子で唯一の男子であるオレに対する希望と期待が込められていた。
『アオイ、お姉ちゃん達の事を頼む』
それはオレに生きる希望を与えた。
女のような男。
それで一生過ごすのも悪くない。
姉達もそう言っていた。
でも、オレの一生って何だろう、と思わざるを得なかった。
姉達におんぶに抱っこ。
そこに主体性はなく、死ぬまで社会の隅っこで生きていく。
それがどうだ。
オレは一人の人間として認められ、そして頼りにされた。
しかも、実の父親に。
オレは、嬉しくてしょうがなかった。
男として姉達を支えていく。
何て男らしくカッコいい生き方なんだろう。
オレは、この父親から授かった使命を全うすべく、今の生活を変えようと決心した。
姉達に相談すると、心配そうにオレを見つめた。
「アオイちゃん。無理しなくていいのよ。女の子のままで」
「そうだ、アオイ。あたし達がお前を養ってやるから!」
「そうよ。お父さんは、アオイちゃんの事、よく知らないで書いた手紙なのだから」
3人の姉は止めたけど、オレの決心は固い。
「お姉ちゃん! あたしは、高校生からは普通の男の子になるから!」
姉達は、考え直すように言い続けたが、最後にはオレの熱意に折れた。
「じゃあ、我慢できなくなったらいつでもいうのよ」
一番上のフユ姉はそう言うと、公立高校へ入学の手続きしてくれた。
男の子、アオイとして。
話を戻す。
で、中学時代の親友のアカリだが、どうやら訳ありの電話だった。
「ちょっと、聞いたよ。アンタの学校に、アオイって同じ名前の男の子がいるんだって。それがもの凄く可愛くて、女の子みたいって聞いたよ」
「えっ!?」
嘘!
どうして?
オレはサッと血の気が引くのを感じた。
「どっ、どうしてアカリがそれを?」
「どうしてって……あれ! もしかしてアオイ、アンタ知ってるの?」
「へ?」
「あー、そんな男の子見てみたいな。ていうか、付き合いたいな。やっぱり、アオイを男の子にしたみたいなのかな? それだったら絶対に好み」
「……ねぇ、アカリ。それ、さりげなく、あたしに告白してる?」
「まさか! あたしに百合っ気はないから」
「だよね! イケメンアイドル一筋だもんね」
「そうそう……って、アンタもいうねぇ。アオイも結構好きって言ってなかった?」
「言ってた……」
「じゃあ、同じじゃん!」
「だね。あはは」
「あはは」
なんだ……オレとはばれていないのか。
まずは助かった。
でも、きっと可愛い男の子っていうのはオレの事に違いない。
少なくとも、同じ学年でアオイという名前の男子は他にいないはず。
それが何だって他校に噂が広まるんだ。
これは捨て置けない。
「どう? アオイ。そんな可愛い男の子がいるんだったら、その子にアタックしてみたら?」
「あたしはそんな子、興味ないから……」
「もったいない。いい? アオイ。アンタ、周りに男がいるだけで幸せなんだから乙女の青春を無駄にしない! いい」
「分かった、分かった」
「分かればよろしい! じゃあまたね」
「うん! 久しぶりに話せて楽しかった! アカリ」
「うん。あたしも! おやすみ! アオイ」
通話の切れたスマホを見つめる。
久しぶりにアカリと話せて気持ちが高揚した。
しかし、その喜びの気持ちはすっかり吹き飛んでいた。
これは由々しき事態。
何とかしなきゃ。
オレは、グッと拳を固めた。
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