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一話(終)
そこには穏やかで真っ暗な闇が広がっていて、アオはその空間を緩やかに漂っていた。
まるで胎児に巻き戻り母親の腹の中にいるような、そんな安らぎと心地よさを感じる。
しかしその世界が突如としてゆらりと揺れた。
「……?」
揺れは徐々に激しくなり覆われていた暗闇に亀裂が走る。
亀裂はそこから瞬く間に広がり、ガラスの割れるような音とともに砕け散った。
視界が、光で埋め尽くされる。
アオがぎゅうっと目を閉じていると腹の奥底で何か熱いものが弾ける感覚がした。
じわりと身体に染み渡るそれに意識が急浮上する。
「っ、ん」
吐いた息はなぜか熱を帯びていて、脱力した身体はほてり汗ばんでいた。そしてやはり腹の中が熱い。
火傷しそうな熱に息を乱しながら、睫毛を震わせゆっくりと瞼を持ちあげる。
「? う……、ん」
視界が一定の間隔をもって揺れていた。
いや揺れているのはアオ自身のようだ。なにかがアオを揺さぶっている。
同時になにかが軋む音を耳にしながらぼんやりとした思考のまま眉を寄せると、自身に覆い被さる存在に目をとめた。
ぶれていた視点が定まるとそれがひとの姿だとわかる。
明かりの下に晒された体躯は一目で鍛え抜かれているとわかるほど逞しく、筋肉質な腕がアオを両側から挟むように置かれていた。
真上には男らしく野性味のある精悍な顔立ちがあり、その片耳では大ぶりの牙型のピアスが揺れている。
灰みがかった緑色の瞳が目覚めたアオを認めて、驚いたように見開かれた。
その直後。アオの腹の中に埋めこまれていたなにかが質量を増す。
「な、に……? ひぅっ」
己の身におきたことを理解する間もなく、アオは突如大きく身体を揺すぶられる。
腹の中を灼熱の塊で突き上げられ、例えようのない感覚がぞくぞくと身体を駆けあがった。
「んあっ」
後頭部を枕に沈め、首を左右に振る。
男は快感に喘ぐアオに目を眇めるとまた杭を打ちこみ、それから埋めこんだもので奥を揺さぶった。
「んぅ、んんっ」
下腹部がじいんと甘く痺れる。
驚くことに、アオはこの野性的な男のものを体内に受け入れているようだった。
切っ先で何度も奥を叩かれて背中が弓形にしなる。
男と繋がっているアオのそこは信じられないほど蕩けていて、中を擦りあげられるたびに甘さばかりが広がっていく。
結合部からは粘着質な音がひっきりなしに漏れていた。
快感に霞む頭でアオは必死にこうなった経緯を思い出そうとする。しかしどう振り返ってみてもこの状況に至った経緯に覚えがない。
ちらと視線だけで確認したが、知らない場所だ。目の前の男も初めて見る。
昨夜アオは確かに自室のベッドで眠りについたのに、いつの間にかこんなところにいて、こんなことになっていた。
……まさか寝ていたところを誘拐されたのだろうか? そこまで考えて、違和感に首を横に振る。
いや、特別裕福な家庭で育ったわけでもないアオをわざわざ誘拐する理由がないし、これが現実にしてはなにかが決定的におかしいと感じた。
不思議なのだ。今の状況に驚きや戸惑いこそあれど恐怖や嫌悪がまるで湧かない。異常なほど。
むしろ、この男に触れられることに心地よさと安堵すら感じている。
武骨な手はその見た目に反して繊細な手つきでアオに触れてくるし、碧の眸は砂糖と蜂蜜をいっしょに鍋で煮詰めたように甘く溶けている。
アオが覚えていないだけで、この男は自分の恋人だっただろうかと錯覚してしまうほどだった。
もしかして――――これは夢? 自分は今夢をみているのではないか。きっとアオは夢をみていて、今も自分の部屋のベッドの上で眠っているにちがいない。
それならばと、ストンと納得した。
なぜそんな夢をみたのかは理解に苦しむけども、アオは夢の中で男の恋人がいて、その恋人と睦みあっているのだろう。
ならばこの心地よさに身を任せてもいいのかもしれない。
そんなふうにぼんやりと思考を巡らせていると、よそ事を考えているアオに気づいたのか、男の碧色の眸が咎めるように眇められる。
それからアオの片足を押し上げると、それまでの性急な様子とうって変わって緩慢な腰使いでアオを責めはじめた。
「あ……っあ……」
硬く、熱いそれがゆっくりと、しかし確かな存在感を主張しながらアオの内側を擦りあげる。
アオが男に集中していないことが不満らしく、どこか拗ねたような気配すら見せる男がなぜだか可愛く見えた。
ただただ安心感があって気持ちの良いこの行為に、アオはうっとりと目を閉じる。
「ん……っん……、ふ、ぁ」
喉をついてでるのは甘さを多分に含んだ喘ぎで、男を受け入れている場所が切なく収縮し中のものを締めつけた。
アオは両脇に置かれたほどよく筋肉のついた腕に手を伸ばし触れると、熱い吐息を逃がす。
喉をそらし与えられる快楽に身を委ねていると、男の薄い唇がアオの唇を塞いだ。
「ン」
中をゆったりとした調子で抉りながら、男の肉厚な舌がアオの敏感な粘膜を辿る。
男の腕を掴んでいたはずの手はいつの間にか男の手のひらに絡みとられていて、しっかりと握りこまれていた。
しばらくそうやっているとアオの上にいる男がぐうっと眉根を寄せ切なげな表情になる。
それから、それまでよりも奥深くを突きあげられた。
「ッあ……」
悲鳴のような声を洩らすと、腹の中にふたたび熱が広がる。
男が放つのとほぼ同じくして前を迸らせたアオは、どっと押し寄せてきた疲労感に脱力してシーツの上に身を投げた。
そこへ、男が息を弾ませながらアオに擦り寄ってくる。
男の熱に潤んだ眸を見つめたあと、アオは瞼の重みに堪えきれずに目を閉ざした。
「*****」
意識が飛ぶ寸前に耳に届いたのは、聞いたこともない異国の言葉だった。
ごくり、と自身の息を飲む音で目覚めた青 は、視界に飛びこんできた見慣れた天井に呆然とし、一度眸をまたたかせる。
朝のさわやかさを纏った光がうっすらと部屋を照らしていた。
強ばった身体からじわじわと力を抜くと、首を回して手探りでスマホを手に取る。
時刻は午前六時すぎ。
青ははあ、と弱々しくため息をこぼすと寝返りをうつ。それからほてる頬を枕に擦りつけると小さく呻いた。
「うう……」
――――ものすごい、夢をみてしまった。
やはりアレは夢だった。そうだ夢だ。夢だけど……あんな、あんな……リアルな。
そこから先は頭がショートしてしまいなにも考えられなくなる。
ただ寝起きのぼんやりとした脳に、僅かに、じんと痺れるような甘さだけが残っていた。
END
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