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3 兄の嫉妬 弟の戸惑

その頃、メテオは中々帰ってこないランに心配を募らせていた。 とっくに戻っていい時間なのに雨にあたってしまったから遅いだろうと思っていたのだが、それにしても中々帰ってこないのだ。 発情期がまだきていないとはいえ、ランももうすぐ17歳。館のオメガたちの話しではだいたい皆その頃までには初めての発情期を迎えていたという。 ランと同じく華奢なピアまでもプレ発情期と言う、微熱が続く期間があったので、ランもいよいよかもしれない。 街中でもしも急に発情期になったしまったらと思うと、オメガに寛容で避難シェルターのあるこの街であっても心配は募る。 小さいときから人懐っこく、誰にでもついていってしまいそうになる犬っころのような子だった。 そんなランが心配でメテオは度々農園に足を運んで、時折学校をさぼるほどだった。 それを憂いた父がそれならばとランを養子にし共に暮らし始めて10年たった。 それからさらにメテオの全てはラン中心だ。 兄弟はランが小さい頃から同じ寝床で寝起きしてきたが、そういうものなのだと言い聞かせて未だに一緒の床につく。キスしたり、少しのふれあいも兄弟ならば当たり前という雰囲気にしてきた。ランは無邪気に嬉しそうに、兄のされるがままになっている。 最近ではランの香りが強まってきた日も多く、メテオはたまらない気持ちになり、アルファ用の抑制剤を服用する日も増えた。 しかしそれだとフェロモンに対する感受性は落ちるので、薬の効果が落ちる午後に一気に調香の仕事をつぎ込むため夕方にはくたくたになっている。 それでもランを傍からは離すことは考えられない。 幼いランに初めてあったときから、メテオにとってランは唯一無二のオメガだ。 ランは誰に対しても明るく人懐っこく、無邪気さでいつも周りを明るくしてくれる。 日の光のようにぽかぽかとした笑顔を見るだけでメテオの心は癒やされるのだ。 店にもラン目当ての客が来るのだが、ランと話しているのが目に入ると面白くない気持ちになり、自ら接客をしてしまう。結果、ランを落ち込ませることもしばしばだ。大人げないと思うがそれほどまだ自身の番ではないランが、他人と話をすのが嫌な気分になることがあるのだ。 無防備に眠るランの項に何度唇を這わせ、噛み付いてしまいたいと思ったことか。 噛み付いたとて発情期にしか番になることはないが、それでもアルファにとっては馴染みのある衝動なのだ。 この仕事はアルファとしてオメガの性フェロモンの感知ができる事が必要不可欠だ。 老アスターは未だにメテオの母とは番関係ではない。子は産めたが、その後すぐに母の発情期が終わってしまったからだ。 番のないまま苦しい発情期を過ごし続けたオメガの身体の限界だったのかもしれない。未だに少し身体が弱い。 父が唯一無二の相手であるのに番になれなかった母を見ていると、アルファとしての不甲斐なさを父に感じるのだ。 年の離れた父と二人今は農園の一角に隠居し、幸せそうに暮らしているがメテオには父母の関係を心の底から歓迎し、理解することができない。 自分は一日も早く愛するランを番にしたい。 そのために今はできるだけ多くのオメガの香りを調香し、父が編み出したメソッドを使った香りの方程式を自分の代で完成させ、オメガに頼らない調香をしていかねばならないのだ。 「ただいま〜 兄さん遅くなってごめんなさい。すぐに夕食を作るね。今日虹出たの見た?」 店側でなく住居スペースの勝手口からランの明るい声がしてきた。 「ラン、遅かったな」 ずっと帰りを待っていたようで格好悪いと思ったが、思わず出迎えに隣の部屋から出てしまう。 しかし、その瞬間、メテオは冷水を浴びせ掛けられたような衝撃を受けた。 まず、出ていったときとは服装が違う。実際は、雨に濡れたのでソフィアリの館で上着を借りただけなのだが、そんなことは知るよしもない。 それよりも…… ランの芳しいフェロモンがいつも以上にくゆるように立ち昇り、それにまとわりつくように他のアルファの強い牽制のフェロモンがメテオのそれを跳ね除けるようにつけられていたのだ。 駆け寄ったメテオはまだ荷物も置いていないランの薄い肩を両手で掴んで、強い口調で詰問した。 「誰に会ってたんだ! この香り…… 俺の知らないアルファか?」 「痛い! 離して! 兄さんどうしたの? 怖いよ」 わざとでなくとも、離してなどと言われると頭に血が昇る。琥珀色の瞳が爛々と光って見えてランは怯えて身体を引く。 「ソフィアリ様の館にお客さんを案内してただけだよ」 「嘘をつくな案内した程度でこんな香りがつくはずがない」 嫉妬で普段の優しげな雰囲気は吹き飛び、メテオは恐ろしげな顔でランを見下ろすと、柔らかい唇を自身の舌で割り開いた。 普段の優しい挨拶のキスとは違い、生々しい肉欲を伴ったそれにランは震えた。 ぴちゃぴちゃと水音をたてながらランの小さな舌や口内を愛撫する。その間にも緩やかにだがメテオは自分のフェロモンを少しずつ解放してランを絡め取り、虜にさせようとギュッと抱きしめた。 「ふぇっ。お兄ちゃん、怖いぃ」 顔を振り、僅かに唇が離れたときにランは小さい頃のように、兄を呼んで大きな朝陽色の瞳から大粒の涙をぽろぽろと零した。 哀れなほど弱々しくしかし蠱惑的な泣き顔に、メテオは突き動かされるようにランを持ち上げて寝室に運んでいった。 寝台に縺れ倒れ込むようにして上がると、更に深く深く口づける。ランの息が止まりそうになってもお構いなしだ。 両手を上げさせその手の指一本一本を絡めるように握って拘束した。 今まで児戯のような口づけや抱擁は何度もしたことがあったし、ランの稚い性器を大人のようにしてやったのもメテオだ。 ランの全ては自分のものだと本能が訴えかけてくる。 「ランの香りを誰にも渡したくない。俺だけのものにしたい」 そういって首筋を何度も何度も舐め、甘噛みした。 「噛んじゃ、だめぇ」 メテオからされることは何でも受け入れてきたはずのランが、今日は泣きながら離れようとする。 メテオは余計にランに執着を深め、かなりキツめに白く細い頸に噛みついた。 「あうっ 痛い……」 その後はまた傷を舐めとる。優しいだけでない、いやらしさも感じられる舐め方にランは混乱する。 ランは乏しい性に関する知識の中で怯えていた。 話に聞いたことがある。ラットというアルファがオメガのフェロモンに誘発されて陥る、制御不能の興奮状態に、メテオがなったのではないかと思ったのだ。 今日アルファのクィートに香りのことを指摘されたばかりだった…… しらない間フェロモンがでるようになっていたのだろうか。 実際は発情期の性フェロモンで誘発しないとそこまでの状態にはならないのだが、学校にも行かず勉強も兄に教えてもらい、兄の囲いのせいで非常に無垢に育ったランの知識には色々と不備があった。それでも発情期に項に噛み付かれると番が成立するから項が大切なことはわかっている。 項を大事にしろとメテオに言われてわざわざいつも髪を長めにさせられてきたが、まさかそのメテオに噛みつかれるとは思わなかった。 (どうしよう) ランは動揺してメテオの腕の中で震えていた。 メテオは調香師だから番を作ってはいけないのに。 メテオはランのフェロモンのせいでおかしくなったのか。 (ソフィアリ様からもメテオから離れるように言われていたのに!) どうしよう、どうしよう。 涙があとからあとから流れ落ちる。 こんなことでもしも番になってしまったら、メテオに嫌われてしまう。そんなこと耐えられない。 その間にもメテオのフェロモンがランを覆っていく。ベルガモット、レモン、ライム、ラベンダー。 およそランの思いつく限りのランにとって好ましく爽やかな薫りに囚われ、ランははじめて後孔が濡れる気配に気がついた。 このままでは何も考えられなくなる。 「お兄ちゃん、だめっ」 「……俺と番になるのは嫌なのか? 他に誰か好きなやつがいるのか?」 メテオは聞いたことがないほど低く押し殺した声で耳元で囁く。 そうじゃなくて! と言いたかったが、股間も熱くなり、胸元も触られていないのに服の刺激にもむずむずする。 この圧倒的な身体変化に嗚咽が混じって言葉が出なくなった。 すると瞳に暗い影を落として、ゆらりとメテオが体を起こす。いつもの好青年然とした姿ではなく妖しいまでにランを揺さぶる男の色気を放っていた。 ランはそんな兄の姿に魅入られてしまい、さらに身動きが取れなくなった。 「俺の番にする日まで、ランはもうここから外へは出さない」 そういうと約束を取り付けるように、もう一度唇にねっとりと口付けられた。 メテオが番を持てるのはまだずっと何十年も先だ。その言葉の恐ろしさにランは兄の執着をはじめて知ったのだった。 それともこれもフェロモンのせいでそんなことをいっているの? 混乱の中で鎮まらぬ身体を持て余すランを寝室に残し、メテオは本当に部屋の鍵を外側から締めてしまった。 時間が経ち少しずつ頭が落ち着いてきた。 なんとなく身体が熱っぽく感じられ、雨に濡れたせいで風邪を引いてしまったのかと思う。 ランは寝室のクローゼットから着替えを取り出すと羽織っていた上着を脱いだ。 下に着ていた服からクィートの香りが少しした気がするが、上着を手に取りそれに移っていた兄のフェロモンの残り香を吸い込む。 「ハァ」 知らず艶めかしいため息をつくほど、兄の香りは官能を呼び起こす。 ジュンっとお腹の下のあたりが刺激されまたとろとろと愛液が尻の間を伝う。 くらくらした。 兄はいつでもフェロモンを感知できるぎりぎり程度の抑制剤を飲んでいるせいか、ふいにフェロモンを出すこともないし、万が一のためフェロモンを自分で抑え込んでいると言っていた。 それをできないほどの状態…… 一刻も早くメテオから離れてオメガの館まで行き、ソフィアリに助けを求めなくては。 ランは重く熱い体を引きずるようにして窓に向かう。 流石に二階なのでここには外から鍵はかけられない。 しかし明日になったらここも施錠されて閉じ込められてしまうかもしれない…… 逃げるなら今だ。 兄には怒られるから黙っていたが、小さい頃はよく隣の木と雨樋を使って2階によじ登ったり降りたりをしてあそぶ、やんちゃをしていたランなので、その要領で降りればいけるとふんだのだ。 窓をそっと開けると、夕食を作る暖かで美味しそうな匂いが漂ってくる。 今日のメニューである鶏肉とトマトなど野菜の煮込みを、メテオがランにかわり作っているのだろう。 その変わらぬ日常の中でどうしてこんなことになってしまったのか。 ランはぽろぽろと涙を流しながら雨樋と木を伝って地面に降りていった。 「ううっ」 メテオに、気づかれないようにそっと自宅をはなれたが、嗚咽を漏らしながら歩いてしまい、 街中で目立ってしまう。 気の良い商店街の人々に、ランの様子がおかしいとメテオを呼ばれては大変だ。 ランは身体にムチを打つようにしてオメガの館を目指し走り出した。 ちょうどその頃。ソフィアリのところを辞して、街中まで散歩するように戻った来ていたクィートは前からすごい勢いでよい香りが迫ってきているのを感じていた。 思ったとおり前から駆け足でランがやってきた。フラフラした感じの足どりで走るのを不審に思って抱き止める。 「どうしたんだ、ラン」 知っている顔を見て安堵したランの大きな瞳から、大粒の涙があとからあとから流れ落ちた。 「兄さんが……」 髪の間から覗く真っ白な頸に、痛々しい噛みあとをみつけてクィートは流石に焦り、しかしまだフェロモンを感じることができているため番にはされていないだろうと判断する。 それにしても痛々しい。 大方、クィートがつけたフェロモンを感知し、逆上した兄に乱暴をされたのだろう。 自分のせいであるがそこは悪びれず、こんなにまだ無邪気で幼いランにそんなことをしたランの兄を憎く思った。 (本当の兄でもないくせに。実際に血のつながりかあるのは俺の方なのに) 日頃の冷静さが吹き飛ぶように、クィートはランへの思いを募らせランの兄を憎々しく思った。 「ソフィアリ様のところにいかないと……」 抱き止めた身体は熱く、本人も熱に浮かされたようにぐったりしている。 もしかしたらプレ発情期を迎えるところに来ているのかも知れない。 「兄さんから、逃げているのか?」 ランは潤むサンストーンの瞳で上目使いにクィートを見つめ、こくりと頷いた。 これはチャンスかもしれない。 クィートは持っていた鞄ごとランを抱き上げ、子どもに言って聞かせるように優しい声で告げる。 「ラン、ソフィアリ叔父上のところではすぐに兄さんに連れ戻されてしまう。だから俺が明日まで匿ってあげよう。俺の宿泊先なら叔父上も知らない。明日まで…… 俺といよう」 ランはくたりとクィートの胸に顔を預けて頷いた。 どういうふうに育てばオメガでこんなにも何も知らずに、無垢に育つのか。 中央のしたたかながら悲しげなオメガたちと違い、無邪気で愛されること大切にされることになれきった、愛おしい存在。 中央のアルファたちが、この地のオメガに夢中になるのもわかる気がした。 この子のすべてを暴き、隅々まで自分のフェロモンで浸して一からすべてを染めあげたい。 一晩かけて発情を誘発して、この子を絶対に自分のものにする。 優しくこめかみに口づけをして、クィートはランを攫ってしまった。

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