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衝動

   この満たされない衝動は、どうしたらなくなるのだろう?    必要とされたくて、でも嫌われるのが怖くて。    どうせなら、ぐちゃぐちゃのボロボロになって絶望させてほしい。        もう二度と、立ち上がって誰かに優しくされたいなんて、思わなくなるくらいに……。 「あ……っつ! んあぁぁ!!」 「……気持ちいいか? 琉唯(るい)」 「もっと、噛んでぇ……っ! 痛くてもっ! いいかぁ……ら」  うしろから激しく突き上げられる感覚に、息が乱れて眩暈がする。  入口を何度もこすられて、背中と腰に感じる甘いしびれたような快感に溺れそうになりながらも、意識がまだ飛んではいかなくて。  握りしめたシーツを見つめながら、早く絶頂を超えてこの時間が途切れてしまえばいいのにと本気で思う。 「お前は……っ本当に変態だな。ほら、いつもみたいに啼いて落ちろ!!」 「あぁぁぁっんっんぁっつ!! もっとぉ!!」  右肩に強い痛みが走って、上から覆いかぶさるように全身に圧がかかる。  腰を浮かせたまま上半身を押さえつけられて、額をシーツにこすりつけながら息を飲み込むと、頭の中がふわっと軽くなって意識が途切れた。 「……琉唯(るい)?」 「ん……? 祥也(しょうや)さん?」  頬に柔らかいものが当たってさするように上下した後、その手で頭を優しく撫でられる。  横向きだった体を上へと向けて腕を広げると、目の前にはしっかりとスーツを着込んだ祥也(しょうや)さんがベッドに座ってこちらに腕を伸ばしていた。 「俺は出るけど、お前はもう少し寝てからでいいから。チェックアウトは10時だからな」   「……今、何時?」   「7時だよ。俺はそろそろ行かないと」    頭を撫でる手が滑り落ちるように頬に移って俺の顎を掴む。   ……もし、このまま顔が近づいてくるならば。キスをしてもう一度 抱きこむ事は出来るだろうか? 「なんか、悪い事考えてるだろ?」 「別に? 悪い顔でもしてた?」 「まだヤリ足りないって顔してるよ」 「じゃぁ……してよ」  こういう時は笑顔で囁くように言う事。その誘いが成功すれば、俺はもう一度気持ちよくなって溺れる事が出来る。  近づいてきた祥也(しょうや)さんの顔を瞼をおろさないまま見つめていると、ついばむようにキスをされてそのまま体が離れていった。 「……してくれないの?」 「今からするほど、俺は仕事も家庭も捨ててないよ。わかってるだろ?」 「知ってる……」 「いい子だな。じゃあ、ご褒美をあげよう。今日はこのままもう一泊していくといい、ルームサービスも好きにとればいいし。自由にゆっくり過ごしていい」  優しい笑顔を浮かべながらネクタイを直して立ち上がる祥也(しょうや)さんは、もう俺との時間を欲してはいない。  数時間前まで、あの背中に抱き込まれるようにして拘束されてぐちゃぐちゃになっていた記憶が蘇ると、胸の中に重いモヤモヤが広がっていく。 「帰ってきてくれるの?」 「今日はこっちへは戻らないよ。二日連続で外泊しないのが妻との約束なんだ、知ってるだろ?」 「……知ってる。奥さんの名前なんていうの?」 「そんな事、本当に聞きたいのか?」 「まさか、言われそうになったら耳塞ぐよ。きっと」  ここまでくれば、後はもう惰性(だせい)の会話。  ああ……、数時間前に戻ってしまえばいいのに。二人だけのエレベーターに乗って、たわいもない話をして。部屋のドアが開いた直後に入口の壁に押し付けられて、絡み合う舌と身体中を這いまわる祥也(しょうや)さんの大きな手。  乱される頭の中と背中をかけ上がる快感の波。 「早く……したいな」 「他の男と寝るのはいいけど、俺には内緒にしておいてくれよ。嫉妬で狂いそうになるから」 「家庭持ちのくせに、どの口が……」 「琉唯(るい)、愛してるよ。またな」 一度だけ振り向いた祥也(しょうや)さんは、愛しいものを見るように目を細めてから扉に向かって歩き出す。 そして、扉に手をかけてから開ける前に全身鏡を横目で見ると、そのまま廊下に出て俺の視界から消えていった。 「俺への愛してるは何なんだろう? 奥さんと同じ? それとも、軽い社交辞令?」  静かになった室内に、素朴な疑問が無意識に口をついて出る。  別に、一番になりたいわけじゃない。心から愛されたいかと言えば、それもよくわからない。  ただ、毎日ぐちゃぐちゃに犯してほしい。押さえつけられて、息が詰まるほどに突き上げられて、頭が真っ白になるまでいやらしく乱れたい。  たとえ愛されていなくても、セックスで求められて夢中になってボロボロにしてくれればそれでいい。 「……っ」 右肩に痛みを感じて手を添えると、ぬるっとしたものが指先にまとわりつく。 「早く、犯されたいな……。気持ちよくなりたい」  胸に大きく広がっていくモヤモヤした重みをかき消すように、血の流れた肩口に爪を立てる。 「い……ったい。もう、何も考えたくない。誰かに早く……」  痛みで思考をかき消したい、この後訪れるであろう嫌な感情を。  起き上がり左手で肩口に爪を立てたまま、ベッドから起きて携帯を探す。  テーブルにあったスマホを手に取り親指を動かすと、明るくなった画面にいくつかの文字が浮かび上がる。  【ガンガン突いて犯してくれる人希望。意識が飛ぶまでいたぶってくれる人歓迎。気持ちよくなれれば、なお良し!】  画面いっぱいに書かれたプロフィール画面の中に、赤い太文字で【注意】と書かれた場所がある。そこには【ただし、既婚者のみ】と書かれていて、俺は思わず口元が緩む。    犯されたい、啼かされたい。抱いてほしい、乱れたい。でも、俺が求めるのは既婚者だけ。    興味本位でしたでもいい、カムフラージュでもいい。契約結婚でも、なんでもいい。ただ、帰る家庭がある人がいい。誰かと一生を添い遂げる約束をして、そうなるまでに恋愛をして気持ちを確かめ合って。そんな大切なパートナーが出来る人は、優しくて包容力があって俺を丸ごと包み込んでくれる。  指輪だってはずさなくていい。そのしたままのゴツゴツした指で俺を強くしごきあげて、何度もイってヌルヌルになった所を、また折れそうになるまで追い詰めてほしい。 「そのまま俺の中に指ごと入れて、入り口を広げてこすってほしい……」  想像するだけで、もやもやした胸より腰に広がる甘い期待が大きくなって、抑えられなくなった衝動で自分の唇を舌先で舐める。  少しだけ早くなってきた鼓動に気づいた俺はスマホのボタンをもう一度押すと、メールボックスと書かれた画面の中から、気になる名前をクリックした。

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