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貴方のダンスが見てみたい2

ソフィアリが消えた直後、学内で奇妙な事件が起きた。 授業が終わってすぐ、いつもどおり皆でサロンのある階に上がっていった時だった。 明星生は黒い制服の胸に、ひと目でそれと分かる白っぽい金色の星型の胸飾りをつけている。 明星に等しい学生、つまりソフィアリのような飛び級をした生徒はこれとは別に紙の通行証を発行してもらっている。 なのでいつも通りに守衛の前をそのまま通り過ぎると三人はふざけ合いながらサロンの扉の前まで進んでいった。 しかし何故かそこでブラントとコーデルの足がぴたりと止まったのだ。 「おい…… これって……」 いつもはおっとりと物静かなコーデルが鞄を取り落として口元を素早くハンカチで覆った。 その彼らしからぬ乱暴な仕草にトマスは驚いてブラントを振り返ると、彼の表情も固く同じく制服の袖で口元を隠している。 目が合うと焦ったようにくぐもった声で追い立てられる。 「おい! トム お前も早く塞げ!」 トマスはそう言われるがなんのことなのかよくわからない。残りの二人は顔を見合わせるとバツの悪そうに目を逸らした。 「これ、多分オメガのフェロモンだと思う。俺耐えられそうにないっ」 いうが早いかコーデルは涙目になり踵を返して守衛のいる廊下の端までかけて行った。 それでやっとトマスにもわかったのだ。この扉の向こうに、多分ここまで届くほどのフェロモン、つまりヒートを起こしているか寸前のオメガがいるのだろうと。 学校内のしかも生徒の出入りが規制されている談話室内で、一体何が起こっているのか。 トマスは恐ろしくてすぐに先生を呼びに行きたかったが足が震えてしまった。 「オメガの発情フェロモン、初めて嗅いだ…… 俺は最近抑制剤を飲みはじめたところだから、なんとか大丈夫そうだが。トムお前……」 言下にブラントの目が、お前はベータだったんだな? と僅かに哀れみを含んだような眼差しを寄越した。てっきりアルファだと思っていたと、そう言われるのが嫌でトマスはすぐに言い返す。 「わざわざいうことでもないから…… これって黙っていたってことになるのか?」 「いや…… そんなことは……」 バース性の問題は非常にセンシティブな話題だ。わざわざ人に持ち出すものでもない。 しかし貴族の間では相変わらず世襲に絡む序列付けに使ったりするため、どの家の何番目の子がどうとか言われがちだ。 トマスはその点兄二人がアルファの三男坊。姉妹もいて、親兄弟にも甘やかされて育ちなんの、柵も期待もない分。この問題も全く重要視はされてこなかった。 しかし明星やこの階に出入りしているものはどうあってもアルファが多い。そのことを引け目に感じると思わなかったといえば嘘になる。 扉の向こうの甘い香りはどんどんと強くなり、トマスもようやくそれに気づけた。 「これか…… すごいな。不味いんじゃないのか? 俺たち以外の奴もどんどんとこっちに来るだろ? 」 今日たまたま教室が近かったのはこの三人だが、他にもあと四人明星がくる。 「もうコーデルが言いつけに行ったかもしれないが、俺達もいこう」 制服の袖からハンカチに覆うものを切り替えたブラントがトマスの肩を叩き、リノリウムの廊下をかけだそうとした時。逆に廊下の向こうから大声を張り上げて男がこちらに向かってきた。 「おい! お前ら! その扉をあけるな!」 二人は思わず扉に向かって後退る。相手の剣幕とその顔の、どちらにも驚いてしまったからだ。 「あれ、バルク……」 見間違えるはずのない。金貨よりも輝く黄金の巻毛。顔立ちは優美に見えるほどの秀麗さだが、真っ青な目に浮かぶ表情の険しさはその美と相まってまるで魔物のようだ。 彼はソフィアリの兄、バルク・モルスその人だった。 双子の兄というよりも、高等教育学校では数年前まで学校きっての不良として有名だった人物である。 高等教育学校時代から盛り場に入り浸り、門の前で明らかに素人ではないような美しい男が、当時まだ珍しく中央にも数台しかなかった車に乗って迎えに来ただとか、彼をとりあった刃傷沙汰が夫のある貴族の婦人同士で起こっただとか、本人が軍の幹部の愛人であったとか。そのくせ成績は上位に入るだとか。 噂には事欠かない人物だ。 ソフィアリとは似ていないが、柔和な美貌と、成長した今は手足の長い彫刻像のような体型から大学部で大勢の取り巻きが絶えない。双子とは別の輝きで目立つ人物だ。 その高等部の真面目な学生にしてみれば恐ろしく、関わり合いになりたくない男が向こうからやってきたのだ。

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