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(Andy)
目の前で涙をぼろぼろと流す愛しい人の姿、嘘なわけがある筈が無い
つい先日まで狭い鳥籠に閉じ込められていたこの子に、愛というモノを受け取るのが下手なこの天使に俺がどれほど情欲を煽られていることか。
嘘かと思うかも知れないけれど、俺テオには一目惚れだったんだよ?
「う、…ひっク、ぅ」
顔中にキスを降らせ涙を舐めとる
約30cmの身長差が愛おしく感じる
いきなり抱き着かれて、なし崩しで後ろに倒れる
「ひッぁあ」
艷やかな悲鳴が聞こえたが、その原因は安易に予想出来た。
騎乗位になりずっぷりとハマってしまった自身のせいだろう。
「…ッ、…なに、テオが動いてくれるの?」
そう聞きながら腰を緩やかに回すと、喘ぎを漏らしながらも、「ん」と返事する姿を見て堪んなくなった。
*
事が終わりボクらはあるところへ向かった。
準備中と書かれてあるパネルが吊るされてる扉の前、
カランカランとドアに付いているベルが開けることに比例して音を立てた
「まだ営業時間じゃ……ってアンディーか」
「ああ、ギル久しぶり」
「…最近見かけないな」
「俺も忙しいんだよ」
そのような会話をアンディーの後ろに隠れて聞いていた
ここは欧米では少ない日本人向けのBarだ
店員は勿論のこと、メニューも全て日本語。在住してる日本人からは評判がかなりいい…けどボクはあまり好きじゃない
「ハハ、だよな……ってこいつも居るのか」
さっきまでの穏やかな表情はどこへ行ったのか、アンディーの後ろに隠れるようにしていたボクを露骨に嫌そうな顔で見てきた。
ボクはこの目を知っている、薄汚い野良猫を見るような目だ
あの4人の男共と少し似ている、だけど、どこか違う
どうやらギル…ギルバートにあまり良く思われてないみたいだ
「どうも」
ボクがギルバートに挨拶すると同時にアンディーのアイホンが鳴る
「…すまない、少し席を立つよ」
画面を見て、少し考えた後にアンディーは入ってきた扉へ踵を返した。
外へ出る前にボクの頬を手で包み反対の頬に軽いキスをして去っていった。
ぼーっと扉を眺めていると後ろからチッという舌打ちが聞こえてそちらを振り返る
彼は鋭い目つきでボクを睨んでいた
ああ、整った顔だとどんな動作でも美しく見えるのか。
一人納得していた
「お前のどこかイイんだろうな」
「あの…」
「セックスか?ご奉仕は得意だろ…全くテオドール《神の贈り物》なんてギザな名前付けられやがって、てめえはラブドールか?」
彼もボクの過去を知っているんだ、厭味ったらしくボクに問いかけてくる
なんとも言えない、アンディーがなぜボクを傍に置くのか
ギルバートが言うようにセックスかもしれないし、気まぐれかもしれない。
「…わからない」
「ハッ、本当にお前ってうざいな」
彼からしたらボクの名前なんて有って無いようなものだろうな。
彼はボクの名前を呼ばない
それがボクという人間への拒絶を意味してることを知っている
「ごめん」
もう話していても無駄なんだと思う、下を向くと木材の木目が見えた
「おい」
チッと舌打ちが聞こえた後、少し強引に顎をクイッと持ち上げさせられてグレイの瞳と目が合う。
彼も中々の長身、ボクの予測だと180cmは有るだろう。正直言って見上げる形で首が痛い
どうしたものか
ギルバートが何か言おうとした時にカランカランと音がなった
「何してるの?ギル」
ゆっくりと声のする方へ顔を向けると当たり前だけど声の主、アンディーがいてちょっと不機嫌そうだ。それは声色からも伺えて、そんなアンディーをじっと見つめた
「おいおい、勘弁してくれ。何もしてねぇよ」
呆れた顔をしてパッとボクから離れた
「本当に?」
何もされてない?と尋ねる彼に目を向けて「本当だよ」と呟く。
「そう、ならいいけど」
コツコツと履いている高そうな靴の音が鳴り、やがてその音はボクの目の前まできて途切れた。なに?と尋ねたかった。
「あんで…ぃ……ン」
ボクの頬を捕らえた温かい手はするすると頭に周り髪を弄る。角度を変えて何度も唇同士をぶつける行為。
この行為の裏にはどんな心理があるのかな。
ちゅ、とかちゅぱ、とか水温を耳で感じるのと同時に横目でボク達を凝視するギルバートが見えた。
「ン、ハァ…も、やめッ」
ギルバートはお前のことが好きなんだよ。もう、最悪。
これでまたボクが嫌味を言われるじゃないか。
満足したのか止んだ接吻。アンディーは軽々しく僕を抱き上げ、外へ繋がる扉に歩き始めた。歩いている最中、昔より体重増えたね。と満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。
なんだったんだ、今のキスは。
公開処刑だ。…というか、いいのだろうか。
用があったからここへ来たのに、アンディーとギルバートが交わした会話はほんの僅かだ。
多分、ここへ来た目的は果たせなかっただろう
Barを出るとアンディー専用のリムジンが止めてあった。
運転手はボク達が乗ったことを確認すると無言で車を発進させた。
車の中でもボクを抱きしめているアンディーもまた無言でボクの首から耳にかけてを口を使って刺激してくる。
「ぁッ、」
小さく声が漏れたけどそんなのは流れているクラシックの音楽に掻き消された。
「相変わらず弱いね」
近くで聞こえる流暢な日本語、優しい手つきで頭を何度も撫でられる
そんなことをしている間にあっという間に家についた。
目の前にあるのは豪華な豪邸とかではなく、ごくごく一般にあるマンション
アンディーが用意したボク達だけの空間。
お金持ちのお坊ちゃんはこんな一般的な空間で耐えられるのかな、と思ってたけどあまり不快感は感じてなさそう。
玄関についた瞬間、近くにある寝室への扉を勢い良く開けてボクを少し強く押し倒した。上に乗って何度もちゅっちゅっちゅっちゅっと顔面にキスをされる
うちの寝室は日当たりが悪い、そして尚かつ雨戸がいつも閉まっている。
光が遮断された空間
扉が閉まり一筋の光が消えていく。
何時でも真っ暗なんだ
「抱かないよ。ちょっと一眠りしようか」
「ん」
抱きしめられ距離がゼロになる。
ああ、なんだろう
せっくすしてる時と同じくらいに
こうやってくっついてるだけで気持ちよく思う
相手から伝わる、体温 心拍 匂い
心地いい感覚に酔わされる
暗闇の中、アンディーは確かにそこに存在してるけれど何も見えない。
昔から暗いところは好きだった。目を開けてるのに目を瞑ってるみたいで
不思議な感覚で。
方向さえもわからなくなるこの世界
瞑想でもして自分の世界に入り込みたくなる
「テオ?」
「…おきてるよ」
「良かった」
「ねえ」
「なに?」
「質問していい?」
「いいよ」
暗くて表情が見えない、それ故か素直に言葉を発せそうな気がした
「ボクをなんで傍に置くの…」
実際養子とはいえ、この身体買われた身
それこそラブドールのように思っているかもしれない
先ほどギルバートに尋ねられて
確かに、どうして。と気になった。ボクたちはその、セックスはするけど恋人じゃないんじゃないか。
アンディーが一瞬、息をつまらせた様な気がした
「…これはまた野暮なことを聞くね。好きだからだよ。もちろん性的な意味で。あのさ、俺がどれほどテオが好きか分かってないよね。」
「…っ、そう」
ボクのことが好きなのか、でも心のどこかではこの答えが返ってくることを願っていた。
顔がじりじりと熱を帯びるのがわかる。
そんな時、温かいものが両頬に触れた
アンディーの手だ。
「…あれ?もしかして、照れてる?」
「ッ、ちが」
「嘘だ。だってこんなにほっぺ熱いよ」
その儘、頬に触れていた右手を着ていたロングTシャツの襟口に滑らせた。素肌を撫でる。
きっといま彼の真っ赤な目はとても優しい色だろう、見れないのが惜しい
「可愛いよ。本当にね、俺のテオドール」
「…」
ボクはアンディーが好きです。
fin
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