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第2話 三人の関係性
飛鳥が颯馬の家に入ると、1階のリビングの方からパタパタとスリッパの音が聞こえた。
「あ、お……おかえり、飛鳥」
飛鳥が脱いだ靴を揃え、リビングへと繋がる廊下の方に向き直ると黒髪で少し猫背気味の浅黒い肌の男が、可愛らしいうさちゃん柄のエプロンをつけて立っていた。高梨昴 。いつも一緒にいる幼馴染3人組の最後の1人だ。
颯馬は剣道部で強いとは言い難いが、毎日練習に励む体育会系の男であるが、昴は書道部に入っている文科系の男だ。しかし、元々の体格が颯馬よりも昴の方が良いため、2人とも京一ほどではないがそこそこ身長もある。170㎝台後半だと春の身体測定の時に言っていた。
颯馬よりも昴の方が背が高いらしいのだが、昴は普段は猫背気味なのに対して、颯馬の背はいつもピンと伸びているため横に並ばなければ颯馬の背の方が高いような印象を受ける。
昴がエプロンをつけているのを見る限り、今日の夕飯のメインの担当者は昴になったのだろうと飛鳥は踏んだ。
「すばくんが作ったってことは、今日はきっとすごくおいしい夕飯だね」
いつも昴が作ってくれるメニューを思い出しただけでもお腹が鳴りそうなほどに昴は3人の中で1番料理が上手だった。
「そ、そんなことないよ」
昴は見た目に反して気が弱く、謙虚で優しいのだ。そうやって昴は否定するがこの場で昴側の意見に同意するものはいない。
「いや、俺も昴の料理は世界で一番うまいと思うぞ」
いつもきりっとした表情の颯馬はこうして幼馴染を褒めるとすぐにだらしない顔になる。飛鳥はそんな颯馬の脇腹に肘鉄を食らわせる。
「はいはい、そまくんはまたおばあちゃんに拗ねられてお弁当作ってもらえなくなるといいよ」
痛みで脇腹を押さえて唸る颯馬を玄関に放置し、飛鳥は昴の手を取りリビングの方へ向かった。
今日の夕飯は予想通り昴がメインで作ってくれていた。サバの塩焼きに海藻サラダ、茄子には鰹節が載っており出汁が効いていて、お味噌汁にはかき卵が入っていた。
飛鳥は3人分のご飯を茶碗によそいリビングダイニングにある4人掛けのテーブルに運んだ。飛鳥は昴の向かいの席に腰掛けると、今日の話をし始めた。
「今日の練習試合で行った学校にね。昔の友達がいたんだよ。あまりに見た目が変わってたから最初誰だかわからなくてさー」
「昔のっていつの知り合いなんだ?」
ちょっと懐かしくなって嬉しくて話を聞いてほしかっただけなのだが、こうして知らない人の話をすると颯馬は明らかに機嫌が悪くなった。
「えっと……小学校入りたてくらいかな?うちのおばあちゃんがやってたフラダンス教室に遊びに来てたから、暇で一緒に遊んでた気がするんだよね」
颯馬のこの態度に飛鳥は慣れたものだが、颯馬の横に座る昴は気を遣ってしまうだろうと思い、ちらりと昴を見ると案の定だった。
「あ……お、おばあさんのところの知り合いなら俺も知らないな」
颯馬の不機嫌を気にしつつ飛鳥が気を悪くしないようになんと答えたものか迷っていた。
颯馬の態度を叱ってやりたい気持ちもあるが、ここで声を上げると昴がますます萎縮して楽しい夕食どころではなくなってしまうので飛鳥はぐっと堪えた。
「ごめんね、すばくん。この話はもうおしまいにしてちゃんとご飯食べよっか」
昴に微笑みかけながら場の雰囲気を仕切り直すことにした。
飛鳥と昴と颯馬の出会いは通っていた幼稚園が同じだったことから始まる。
昴は昔も今とたいして変わらず、体は同い年の子の中では大きめであったが、大人しく外で遊び回らず室内で絵本を読んだり、工作を好む子だった。
対する颯馬はその頃、やんちゃで我儘でおもちゃや遊具を独り占めして、他の子が使っているものでも容赦なく奪うような子どもだった。颯馬は外で遊んでいることが多く、颯馬のがいつもおもちゃや遊具を取る相手はほとんど決まっていたが、激しい雷雨により部屋の中で遊ぶしかなくなってしまったその日、颯馬の目に留まったのは美味しそうな果物を画用紙いっぱいに描いて遊ぶ昴の姿だった。
「おい、お前なにかいてるんだよ」
「あ……」
突然声をかけられた昴はびっくりして、それ以上何も言えずに固まってしまった。
「おい、なにしてるのかきいてるだろ!お前には口がないのか?」
昴の反応に腹を立てた颯馬は昴の頭をぽかっと殴った。昴は咄嗟に何をされたのか分からず呆然としていたが、しばらくすると殴られたところが痛くなり泣き出してしまった。
「そま!お前またおともだち叩いたな!」
泣いている昴を庇う様に昴よりも小さな体が2人の間に立ち塞がった。
「なんだよ、ちび!そいつが何にもしゃべんないから悪いんだろ!」
そんな勝手なことをいう颯馬だが、相手もそんな風に大声を出されて決して引かない。
「叩く方が悪いんだぞ!」
颯馬の方に小さな体が一歩近づくと、颯馬は手に力を込めて相手の肩を殴った。いつもなら相手は大体泣き出して大人のところへ逃げだすが、その日の相手はまっすぐに颯馬を見て、手のひらで颯馬の顔を叩いた。辺りにパンと乾いた音が響いていた。
「叩かれたらいたいだろ!」
颯馬は不意を突かれ、呆然とした。今まで颯馬に叩き返してきた相手はいなかったからだ。
「飛鳥くん!?」
騒ぎを聞きつけ先生が来た。
何があったのか尋ねる先生に、泣いている昴も呆然としている颯馬もろくに答えられる
状態ではなかった。
そこで飛鳥は颯馬に向って「たたいてごめんなさい」と、自分のしたことを謝り、その場は飛鳥が責任の全部を持って行ってしまったのだった。
それからというもの、颯馬は飛鳥のことを見ると無性に腹が立ち、おとなしい昴に当たり散らすようになった。
飛鳥もそれを見つけては昴を助けようとするが、火に油を注いでいるようなものだった。
幼稚園卒園までそんなことの繰り返しで、颯馬と飛鳥は最後まで仲が悪かった。
その後、颯馬は両親の意向で全寮制の小学校に入学することになり、そのまま地元の小学校に進学した飛鳥と昴とは中学校で再会するまで何の交流もなかったのだが、中学で地元に戻ってきた颯馬はまるで幼稚園の時とは別人のようで、飛鳥も昴もとても驚いた。
「2人は俺の恩人だ。俺のしたことは許されないかもしれないが、許してもらえるのなら傍にいてもいいだろうか?」
颯馬はそんなことを2人に言ったのだ。
飛鳥と昴は、そもそもの性格が全く合わない。好きな物もやりたいことも全然合わないので学校は同じでも進んで交流することはなかった。だが、昴は幼稚園の時には颯馬にいじめられていたが、小学校になっても中学校になってもおとなしく気の弱い性格は相変わらずで、よく周囲のからかいの的にされていた。
その度に、負けん気の強い飛鳥は首を突っ込んでしまうのでなんだかんだ腐れ縁のようになっていたところに颯馬との再会であった。
それからというもの、飛鳥も昴も颯馬もクラスはバラバラにも関わらず颯馬に巻き込まれる形で交流を続け今に至る。
颯馬に何があったのか、昴は颯馬や飛鳥についてどう思っているのかを聞いてみたことはない。でもなんとなく颯馬に声を掛けられ、昴も静かにそこにいて、自分にとっても居心地が悪くないから一緒にいる。それが3人の関係性なのではないかと、飛鳥はふと思った。
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