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第7話 京一宅 視点:京一
昴の一件で、飛鳥が家に向かい歩き始めた頃、京一は昴に改めて挨拶をした。
「今日はごめんね。後をつけるような真似して……俺は天賀谷京一。君の名前を聞いてもいいかな?」
「あ……た、高梨昴……です」
昴は飛鳥や颯馬以外との交流をしてこなかったため人と会話すること自体が得意ではないが、初めての人には特に人見知りしてしまう質なため目が泳いでしまう。
「高梨くんか。よろしく」
京一はそんな昴の様子も意に返さず、右手を差し出し昴と握手を交わした。
昴は何か聞きたそうにチラチラと京一に視線を寄越すが、今はもう時刻が23時近くを回っている。私服の昴はまだしも、制服のままの京一がいつまでも外にいるのは面倒なうえまともに話をするには都合が悪い。
「ねえ。俺の家に来る?」
帰宅の途中で昴には家に連絡を入れさせた。どうやら今まで飛鳥や颯馬以外の人の家に泊まるということがなかったようでとても心配されたようだったが、京一が電話を替わり飛鳥の名前を出したりして泊まりの許可を得られた。
「俺の家、一人暮らしだしゆっくりしていって」
連れてこられたマンションはファミリーマンションで、一人暮らしだというのにやけに広い家だ。元々、京一が両親と住んでいたが、両親は海外を飛び回ることが多いため自宅をもっと空港に近い所に構えたいと引っ越すことにしたのだが、京一は学校から自宅が遠くなりすぎるのは嫌だと言うとあっさり元の家を京一に与えたのだった。
3LDKのマンションに一人暮らしということが昴には衝撃的でしばらくリビングでキョロキョロと部屋の中を見回していた。その間に京一はキッチンでココアを2つ作り、ソファーの前のローテーブルに置いた。
「さて、俺は君の事情についてどこまで聞いていいのかな?」
京一はリビングにある3人掛けのソファーに腰掛け、昴もそこに座るようにすすめる。おずおずとソファーに腰掛けた昴だが、どこまで聞いていいのかという問いに、何から話せばいいのかわからず口を開きかけては閉じ、を繰り返している。
「聞き方が悪かったかな?答えたくないことは答えたくないって言ってくれていいから質問していいかな?」
そう聞き方を変えると昴はコクリと頷いた。
「君はどうして自分は男が好きかもしれないと思ったの?」
昴はしばらく考えて、口を開いた。
「……触りたいって……思うようになったから」
「えっと……それは何に?」
要領を得ない答えに京一は困惑したがそれでもちゃんと話を聞く。
「お、幼馴染なのに……もっと撫でられたり、抱きしめられたり、キ、キスしたいって……お、思ったから」
幼馴染という言葉に京一は思わず反応する。
「幼馴染って飛鳥のこと?」
京一のその問いには昴は首を横に振った。
つまり別の人物ということだろう。……そしてしばらく考えて、昨日聞いた名前を声にしてみる。
「茅野颯馬……か」
昴の身体がビクッと揺れ、顔はみるみるうちに紅潮し、瞳も潤み今にも泣き出しそうになっている。
どう見ても図星ということだろう。
ふと昴が一緒にホテルに入っていった男を思い出すと、背は昴とそれほど差はなく、わりと男らしいタイプだったように思う。つまり、出来るだけ颯馬に背格好の近い相手を昴が選んだのではないかと思えた。
「高梨くんは、ホテルに行ったのは今日が初めてだったの?」
昴は頷いた。
「あの男と最後までセックスした?」
これにはさすがに答えないかと踏んでいた京一だったが、昴は素直に頷いた。
「初めてで怖くなかったの?」
「は……初めてじゃない……から」
さすがにその返答は予想をしていなかったため京一が反応に困る。昴によく話を聞くと、昴は毎朝同じ時間の電車に乗るのだが、2年生になった辺りから見知らぬ中年の男に身体を撫でられることが増え、怖くて抵抗出来ないままでいると段々と触り方に遠慮がなくなり、梅雨に入る頃には相手は話しかけてくるようになったそうだ。そのうちにトイレに連れ込まれ気づけば昴の初体験を終えていたそうだ。出会い系アプリもその相手に教えられて、使い始めたそうだ。昨日は初めて出会い系の相手とホテルに行く約束をしたが、想定外だったのがいつもはゴムをつけてのセックスを行っていた痴漢男が中出しをしてきたため具合が悪くなり飛鳥と颯馬に体調不良を悟られてしまったことだった。気をつけて帰るようにと飛鳥に言われたが、約束してしまっていた為迷った末に行ってみることにしたのだという。
「それで、その男と寝てみて答えは出たの?」
話を聞き終えた京一が昴に問うてみる。
「俺は……男が好きだって、わかった……」
「それは茅野じゃなくてもいいって気づいたってこと?」
「ちがっ……でも、颯馬は……」
昴は、1度言い淀むが、意を決してその続きを言葉にした。
「多分、颯馬は飛鳥のことが……好き……だから」
昨夜、飛鳥と一緒に帰宅した時の颯馬を思い出す。京一には飛鳥以外の幼馴染がいないので、あの態度が幼馴染に対して普通のものなのかを少し測りかねていた。自分が嫌われているのはわかっていたが、そもそも飛鳥のことを幼馴染以上に見ているのなら話は分かりやすい。
「そっか……それは困ったな。俺の好きな人もね、飛鳥なんだよ」
困ったように笑いながらも京一は昴を諭す。
「とりあえず、高梨くんは痴漢男と関係を断つところから始めないといけない。好きな人がいるなら尚更、ちゃんと自分のことを大切にした方がいいと思う」
「今日はもう休もう。父が使っていた部屋にベッドがあるから高梨くんはそこを使うといいよ」
京一が部屋へ案内をし、ベッドを整える。おずおずと後ろをついてきていた昴が、京一の服をぎゅっと握りしめる。
「……1人で寝たくない」
服を掴んだ手が、小さく震えている。どうするのが正しいのか、それを瞬時に後悔なく選び取っていける人がいるのならそれはとてもすごい人だなと思った。
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