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書き下ろし新刊発売記念SS 『空、異世界に迷い込む』〈前〉
こんばんは、|餡玉《あんたま》です。
近況ボードでもお伝えしておりましたが、11月14日にアンダルシュノベルズ様より書き下ろし新刊が発売されます。
タイトルは『氷の魔術師は王宮騎士の愛に甘く蕩ける』イラストレーター様は笠井あゆみ先生です。
電子書籍は12日に先行配信です。
何卒何卒、どうぞよろしくお願いいたします……!!
そういうわけで、書籍記念SSを書きました。
長くなったので前後にわけております。
楽しんでいただけますように……!
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「あれ? ここは……」
空はふと目を覚まし、手をついてむくりと起き上がった。
どういうわけだろう。空は色とりどりの小さな花が咲き乱れる花畑の中で眠っていたらしい。
「……え? どうして俺、外で寝てるの……? キャンプしてたとかじゃない、よね?」
確か、昨日は保育園でのアルバイトを終えたあとはまっすぐ帰宅したはずだ。
彩人はすでに仕事に出ていて、壱成はまだ帰宅しておらず、シャワーを浴びてソファでごろごろしながら累にメッセージを送ったりして……
「……ん? あれっ、スマホがない! んんん!? なんだこの格好!?」
思い出したようにポケットを探ってスマホを取り出そうとしたが——……なぜか空は、西洋の貴族が身につけるような豪奢なフリルのついたブラウスを身につけ、光沢のあるベロアのような黒いズボン、そしてロングブーツを履いている。
こんな服持ってない。買った覚えもないし着替えた覚えもない……空は混乱しつつ立ち上がり、ぐるりと辺りを見回した。
「えーと……何この広い草原。見覚えがなさすぎて怖いんですけど」
困惑しきりで、つい独り言が漏れてしまう。不安を感じつつもふらふらと花畑の中を歩いていると——背後から馬の嘶く声が聞こえてきた。
「ここにいたのか……! 探したよ、空!」
「……ん? んんん!? は!? 累!?」
白馬に乗った王子様が、目の前にいる。
王子様といってもそれは、まぎれもなく空の恋人の高比良累である。
陽光を吸ってきらめく金色の髪。明るく澄み渡るようなサファイア色の瞳。
襟や袖に豪奢な刺繍の施された西洋貴族っぽい服を笑えるくらい華麗に着こなし、毛艶のいい白馬に跨った累がそこにいる——……
驚きすぎて声も出ない。
ただ、格好自体に違和感がないのはひたすらすごい。
空はあんぐり口を開け、絵に描いたような白馬の王子様を見上げることしかできなかった。
「えーと……累、何してるの? てか馬ってこんなに大きいんだ」
「? 馬なんて空も見慣れてるだろう? さあ、早く城に戻ろう」
「え? 城? なにそれ……」
ぶるると鼻を鳴らす白馬の首を恐る恐る撫でていると、累がひらりと白馬から降りた。
そして、流れるような身のこなしで片膝をつき、空の手をそっと取る。
「空。ひょっとしていやになってしまったの?」
「なにが?」
「今日のパーティは、僕と空の婚約を発表するためのものだ。そこから逃げ出すってことは……」
「ぱ、ぱーてぃ……?」
「ひょっとして、僕以外に好きな男でもできたんじゃ……」
「いやいやいや! それはない! それだけはありえない!」
鮮やかなサファイア色の瞳に深い憂いを乗せて長いまつ毛を伏せかけた累の視線が、にわかにパッと持ち上がる。
空の手を握る指に力がこもり、あたりの花畑が霞んで見えるほどに明るい笑顔を累は浮かべた。
「そっか、そうだよね……! はぁ、安心したよ」
「あの、ただね、ここがどこかっていう……てかこの世界観はいったいなんだっていう……」
「? そういうことなら善は急げだ。さあ、帰ろう!」
「わっ」
累は驚くほど強い力で空を馬上に軽々と乗せ、自分もひらりと馬に跨る。馬に跨ると視点が高くなるなぁ……とちょっとだけ感動しつつ周囲を見回すと、あまりにもきらびやかな累の顔がすぐそこで微笑んだ。
「しっかりつかまって、飛ばすから」
「へ? う、うぁぁあぁぁぁ!!」
累が太ももに力をいれるのがわかるやいなや、白馬が颯爽と駆け出した。
それはまさに風のような速さだ。草原を駆ける白馬に振り落とされないように、ぎゅっと累にしがみつく。
とそこへ、びゅんと|空《くう》を切る黒い影が目の前を横切った。
驚いて目を瞬く。それはよく見ると黒い馬だ。白馬に並走しながら軽快に手綱を操っているのは——……
「い、石ケ森さん……!?」
「こら、どこ行っててん!? こんな大事な日にルイ様に心配かけてんちゃうぞ!」
「え、ぇええ? 累さまって……石ケ森さんが一番言わなさそうなセリフをあっさりと……」
「はぁ? 何言うてんねん! ルイ様は腐ってもうちの王子やぞ! そら様付けのひとつやふたつ……」
「……ねえ今、僕のこと腐ってるって言った?」
「まさか! 言うてません!」
馬を走らせながらの会話で、聞いている空の方が舌を噛みそうだ。
純粋に聞き間違いを尋ねているかのような飄々とした累の表情に対し、賢二郎は引き攣った愛想笑いである。
「いくら伯爵家の次男坊でご身分がお高くていらっしゃるいうてもなぁ、やっていいことと悪いことがあるやろ! わがままいうて城のもん騒がしてたらあかんで!」
「あ、はい……すみません……」
まったく怒られる理由がわからないが、賢二郎の剣幕に負けて空は素直に謝った。
よく見ると賢二郎は黒っぽい軍服のようなものに身を包んでいて、腰には細身のサーベルのようなものまで帯びている。
運動はしなさそうだし文系っぽい賢二郎だが、こういう格好もなかなか様になるものだと空はちょっと感心した。
「今日は隣国の女王陛下もお招きしてんねん、とっとと戻って正装してこい!」
「あ、はい……」
「さっきから黙って聞いていれば……ケンジロー、僕の婚約者になんて口をきくんだ」
「す、すみません!」
小姑の如く空にガミガミ文句を言っていた賢二郎が、累の穏やかなひと声であっという間におとなしくなる。
しかも、怒られてちょっぴり嬉しそうにも見える。サーシャが見ていたら当分機嫌が悪いだろうなと空は思った。
そうこう言っている間に、ディズニーランドのシンデレラ城を彷彿とさせる城があっという間に眼前に迫ってきた。
堀に渡った跳ね橋を二頭の馬は一気に駆け抜け、白馬は直進、黒い馬に乗った賢二郎は脇へ逸れてどこかへ消えていった。
「あれ? 石ケ森さんどこいくの?」
「イシガモリ……? ああ、ケンジローのことか。彼はすぐさま騎士団に合流してパーティの警護だよ」
「き、きしだん……」
「アヤトの指示で空の捜索に出ていたんだ。でも、僕が一番に見つけられてよかった」
「アヤト? アヤト、あやと…………にいちゃん!?」
「? そうだね、アヤト騎士団長殿は空のお兄様だけど、それがどうかした?」
空の仰天がわからないのだろう、累は小さく首を傾げ、キラキラとまばゆいにもほどがある笑顔とともに空の額にキスをした。……まるでディズニープリンセスになった気分だ。いっそうわけがわからなくなってくる。
銀色の鎧に身を包んだ衛兵っぽい人物に馬を預け、累は空の手を自らの腕に添えさせる。流れるようにエスコートされ、空は城の中へと続くゆるやかな長い階段を登り始めていた。
「……ね、ねえ累。これは夢だよね」
「夢? ああ、そうだね。夢みたいだ。空を花嫁として迎える日が本当にくるなんて」
「はなよめ……」
「パーティの前に、神子のイッセイ様にご挨拶に行こう」
「イッセイ様? ……って壱成のことじゃん! 神子って何!?」
階段を上り切ったところに、黒い神父服のようなものを身につけた壱成が立っているのを見つけた空は、今日何度目かわからない仰天をした。
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