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【第39話】にんげんだもの(1)

 にまにま。にまにま。  口元が緩んでいる。 「なぁ、幾ヶ瀬」  にまにま。にまにま。  ご機嫌な表情でにやついているのは有夏だ。 「幾ヶ瀬ってば」 「おーい、幾ヶ瀬?」  先程から何度目かの呼びかけを、しかしあえなく無視される。  それなのに、なおも笑顔を崩さない有夏。  傍らの眼鏡男はブツブツと職場の愚痴をこぼしていた。 「あの店長、やり口が汚すぎる。何がクリスマスディナー限定ポイントだ。客のマダムも気付け。いつものメニューと何ら変わらんことに。おかげで俺たちの休みがどんどん削られていく……」  とどまるところを知らない悪口の内容は、いつものように店長の悪口だ。  矛先は客のマダムにも向けられ、さらにシフトの愚痴が始まった。  まぁ、いつもの光景である。  いつものアパートのいつもの部屋。  そう、何もかもいつもの光景だ──有夏の異様な笑顔を除いては。 「そっかそっか。早くそいつにお迎えが来たらいいな!」  にまにま。にまにま。  過激なことを言いつつも、笑顔は変わらない。

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