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第2話 蒼と今

「……蒼さんとは上手くいってるのかよ」 桐生は賑やかな光景を前に、ちびちびとワインを流し飲みながら横目で自分を見た。 以前も同じような質問を投げかけられたが、今回は同じように答えられそうになかった。 「うん、電話はすれ違いで、全然連絡取れずにいて、明日久しぶりに会う予定」 「おまえ、今月ボストンに行くって言ってなかったか?」 蒼に集まる貴婦人や紳士を眺めなら、桐生と小声で近況を呟いていた。 周囲に見知った人物はおらず、桐生は挨拶だけ交わすと軽く微笑んで誤魔化していた。 「……それが締切が立て続けにあって、今更だけど最近申請したんだよ。それで来月やっと行く予定になった。チケットは明日取る予定……」 「遠距離やる気あるのかよ……」 桐生は溜息をついて、ワインを全て飲み干した。図星とも言われる言葉をぐさぐさと投げられて、げんなりと肩を竦めた。 「それは、一応ある。……あるけど、なんだか頑張っても、以前みたいに捨てられるんじゃないかと思うとどうしてもね……」 正直な感想だった。 三十路で、さらに前回の事件で足の麻痺をわずかに残した自分が目の前で完璧に着飾る凛々しい男と釣り合いを保ちながら、人生を渡っていく自信が、今こうして眺めてるだけでも崩れかけている。 前は頑張って縋って、躰だけでも繋げればいいと思っていたが、今はそれ以上に努力したとしても、結果捨てられるのなら、傷が浅いうちに撤回したいという気持ちが少なからずある。 ましてやボストンと日本だ。 蒼は外科医、自分は売れない小説家。 初めはゆるゆると連絡を取り合えればいいと思っていたが、昼夜逆転する時差と職業が異なるせいでどんどんと連絡がすれ違い、たまに声が聴ければラッキーという所で落ち着いた。 ボストンに移住しようと、蒼は誘ってくるが、この年齢で全て捨ててまでいけるほどの若さと決断ができない。どうせ1年で戻ってくるのなら、過ごしやすい日本で待ってていたい。そうは思ってていたが、その1年も怪しくどんどんと時間だけが過ぎていってる気がした。 蒼は電話の回数が少なくなっても何も言わず、いつも声が聞けて嬉しいと言い、1日1回だけ毎日着信は残してくれていた。 連絡が減っても、特段怒る事もなく、至って優しいままだ。 そんな蒼に完全に甘えている。 「……俺、こっそり帰ってもいい?」 なにも言わず、こちらを一瞥するだけの蒼が怖くなり小声で桐生に言った。 「そうしてくれ。俺も、これ以上あの人に恨まれたくない」 桐生はそう言って、ボーイからワインを貰って口に含んだ。すると、そこに背の高い、見覚えのある男が目の前に笑みを浮かべながらやってきた。 背はは高く、端正整っており桐生とは違う、どこか落ち着いた紳士が優しく微笑んだ。 そしてその顔は、どこかで見かけた事のある懐かしい気持ちが蘇りそうだった。 「皐月、久しぶり」 男は空になったグラスを傍のテーブルに置くと、手を差し出した。 握手かと思い、反射的に手を伸ばすと、強い力で引き寄せられ、力強く抱き締められた。蒼とは違うシトラスのコロンの香りがし、分厚い胸板にすっぽりと動きを封じ込められた。 「……あ、あの?どちら様」 一瞬何が起きたか分からず、目の前の黒い布地とシトラスのコロンに混乱した。鍛えてるのか抵抗しようともビクともせず、目立ちたくもないので静かに身体を離そうとしたが無駄だった。

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