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最終話
それから棗の手を離さないようにと握りしめて眠りについた。
目覚めても、手は離れていなかった。
腕を辿るように目線を動かした先に野性的で美しい棗の顔があった。
「おはよう」
優しくて艶やかで低くて心地いい棗の声がして、たまらなく幸せで、思わず抱きついた。
「なつめ、すき、」
耳元で棗のくすくすと笑う声がした。
「帛紗、今日も可愛いね。」
「なつめ、今日もすき、」
「朝ごはん何にする?」
「なつめ」
「俺は食べられないよ」
「好き」
会話が成り立っていない、と思いながら、ひたすらに好きと繰り返す。
終始楽しそうに笑っている棗を見つめて、改めて、嘘みたいだと思った。
かつてのスタジオに通っていた頃、棗は動画にばかり夢中で、家を整えるだけの僕は特別な訳ではないんだと思っていた。
それでもあさましく振り向いて欲しいと思っていた。あさましさを知られたくなくて、好意を悟られないように必死だった。
今思えば馬鹿みたいだが、当時は棗も直接好きとは言ってくれなかったし、態度は好意的でいつもきらきらだったのに、深い話はしなかったし、ほんとに、社交辞令的な親密さだと思っていた。
それが実は緊張と格好つけたいって理由で僕に直接話せなかっただけだなんて、信じられなかった。
いつもはきらきらな棗のダメなところも、
僕をいたぶる時の意地悪な顔も、
近づく度に知っていく間抜けさも、
ぜんぶぜんぶ愛しい。
全部、あの画面の中で笑う棗と、おんなじ棗の顔なんだ。
僕だけが知ってる。
僕のためだけに
こっちに振り向いて笑ってくれる。
あぁ、なつめ、棗、
「好きだよ、棗。」
優しい微笑みを浮かべる棗と抱き締め合って、静かな光の中で寄り添った。
これから先、どんな棗の顔を見ても、どんな一面を知っても、きっとずっと、嫌いになんてなれないんだ。
僕は一生、棗に尽くすだけ。
これからも宜しくね。
ずっとずっと好きだよ。
好きだよ、棗。
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