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第15話

 次に日比がやってきたのは約束通り、三日後だった。  今度は獅子屋の羊羹を手に現れた。 「白帆、頂いたよ。お礼を言いなさい」  舟而が促すと、白帆は丁寧に畳に手をついた。 「ありがとうございますっ!」  頭を上げた後は、獅子の絵が描かれた包装紙ばかりを見ている。  舟而は口元にこぶしを作ってくすくすと笑った。 「嬉しそうだね。早速向こうでお上がり」 「はい! 頂戴します!」  白帆は明らかに顔を輝かせ、羊羹を持って退出した。  襖が閉まると、日比は舟而に視線を戻して静かに口を開いた。 「『芍薬幻談』の連載が半分を過ぎましたので、ここで一度本にまとめさせて頂けたらと思いまして、ご提案申し上げます。当社の新聞の契約数も増えておりますので、新しく『芍薬幻談』を読む人にも、これまでの話を知ってもらう機会があるとよいかと存じます」 「なるほど。もちろん改変された箇所を直してから、本にしてもらえると思っていいんだよね?」  舟而がほんの少し嫌味を込めても、日比は静かに受け流した。 「もちろんです。わたくしからのお詫びの意味も込めて、この話をお持ちいたしました」 「わかった。引き受けるよ」 「それでは、こちらが今までに先生がお書きになった原稿。こちらが掲載された本文です。掲載された本文に手を加えて頂いたものを本に致しますので、新しい修正はこちらに書き入れてください」  新聞の切り抜きが貼り付けられた原稿用紙の束を差し出した。 「この原稿用紙は、日比君が用意したのかい」 「はい」  日日新報の用箋一枚に、新聞の切り抜きが一日分ずつ、丁寧に貼り付けてあった。 「ここまで丁寧にしてもらったなら、僕もきちんとしなくてはね」 「ありがとうございます。それと日にちなんですが、今度の木曜日までにお願いしたいです」 「この分量にしてはずいぶん日にちが短いね。今すぐ取り掛かっても、ぎりぎりだよ」 「申し訳ございません。職人の手の空き具合ですとか、印刷機の都合などございまして。それになるべく早く本にしませんと、連載は毎日進んでしまいますから、本だけ読んでもつながりがわからなくなってしまいます」 「それはそうだけど、木曜日か。時間は? 何時までもらえる?」 「金曜日の朝から動かしますので、夜は何時でも。先生のご都合に合わせます」 「わかった。次に原稿を取りに来てもらうときに、おおよその時間の約束をするよ」 「かしこまりました。今度は火曜日に伺います」  日比が玄関へ向かって歩き、舟而が茶の間に向かって声を掛けた。 「お帰りだよ」 「ふぁーい!」  白帆が転がり出てきた。まだ口がもぐもぐと動いていて、口元にほくろのように羊羹の欠片がくっついている。 「白帆、焦らなくていいよ。急に色っぽい口元になったと思ったら、羊羹じゃないか」  舟而は左手で白帆の顎を捕まえ、右手で羊羹の欠片を摘み取って、自分の口に含んだ。 「す、すみません。日比さん、羊羹とても美味しいです。ありがとうございました」  日比もさすがに笑いをこらえきれず、俯いて肩を震わせた。 「どういたしまして。また今度も甘い物をお持ち致します」 「わあ、楽しみです!」  胸の前で両手をぱちんと合わせる姿に、舟而は腹の底から笑って、白帆のおかっぱ頭をポンポンと撫でた。 「お前は、本当に甘い物が好きだね」 「はい!」  白帆は日比に靴べらを差し出したり、壁の釘に掛けたフェルトの帽子を差し出したり、かいがいしくして、門の外まで出た。 「ご苦労様でございました」  日比は足を止めて、白帆のほうへ振り返った。 「わたくしは白帆さんに謝らなくてはいけません」 「何をですか」 「先日は不機嫌をそのままぶつけるような態度をとってしまって、申し訳ありませんでした」  頭から外した帽子を胸に当て、白帆の顔の高さまで頭を下げた。  白帆は慌てて、顔の前で両手を振る。 「そんな、とんでもない。腹の虫のおさまりが悪いときなんて、誰にだってあります。役者仲間たちの癇癪に比べたら、日比さんの腹の虫なんておりこうです。お気になさらないでください」 「ありがとう。あなたのような方が傍にいる、舟而先生が羨ましい」  日比はそう言って微笑むと、長い脚を颯爽と動かして、煙草屋の角を曲がって行った。

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