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⑦曲解 ─迅─③

 早く呪いを解け!……って、何回も何回も言ってくっけど一体なんの事。  しかもヤバい箇所が痛てぇと訴えられれば、呑気に壁ドンしてる場合じゃねぇ。 「なに、心臓痛てぇの?」 「痛てぇ!! ちなみに今もチクチクしてんだ! さっさと呪い解けよ!」 「…………」  そもそも呪いなんかかけてねぇっつの。  カッターシャツの心臓辺りをクシャッと握って、潤んだ猫目で見上げてくるのはめちゃめちゃ可愛いが穏やかじゃねぇな。  まさか……ヤバい病気とか? 「それってさ、ずっと痛てぇの?」 「何が!?」 「ここ、チクチクするって言ってんじゃん? ずっとなのか?」 「ずっとではねぇ! 迅のこと見てたり迅のこと思い出したり迅に触られたりした時、……だけ」 「…………」  おい。 おいおいおいおい。  それは病気じゃねぇぞ。 もちろん呪いなんかでもねぇ。  口に出すのはかなり照れくさい、俺も雷相手に初めて経験してる例のやつじゃん。  よくよく思い出してみると、宿でめでたくカレカノならぬカレカレになった日の朝から、雷は様子がおかしかった。  いや、様子がおかしいのはいつもの事だが、それ以上だった。  気分が悪いと言い出したのもあの日からで、以降はアニメばりの逃げ足で俺を避けてたけど……そういう事か。  ヤバ。 ニヤけちまいそう。 「……っつー事は、そのチクチクは俺限定?」 「そ、そうだよ! だから俺、用も無えのにさっさと帰って引きこもってたんだ! 食っちゃ寝してたから太ったし! 責任取れ!」 「ウソ吐いてたの盛大にバラしてっけどいいの」 「あッッ……!!」 「ぷっ……」  甘ったるいキスの余韻なんか吹っ飛んだ。  古びた校舎の年季が入った男子トイレの個室で、まさに考察通りの展開にまたもや浮かれた俺は、腹を抱えて爆笑した。  顔文字みてぇに「ハッ」ってツラして、一分前の自分の発言を後悔する雷が可愛くてたまんねぇよ。  文字通り、俺にとっては良いウソだ。 「あー面白え。 雷にゃんやっぱ可愛いわ。 我慢してたのアホらしくなる」 「……我慢? なんの我慢?」 「ンなの分かってんだろ」 「ふぇッ? あッ……♡」 「雷にゃんを可愛がる、我慢」 「うぅぅッッ!! イケボやめろぉぉッ!!」  俺の声に弱え雷の顎を取って、あえて耳元で囁く。  この反応が見たくて、照れて反抗的になる目に睨まれたくて、揶揄う事をやめられない。 「一発抜く?」 「ぬ、ぬ、抜かねぇよ!! 朝抜いたし!」 「へぇ、朝? 元気じゃん。 絶倫童貞健在で安心した」 「うるせぇ!! そのパワーワード禁句! NGワード!」 「あはは……っ」  笑いが止まんなかった。  雷と密着して二人だけの時間を過ごしたかった俺は今、かなり最高の気分。 「とにかく、俺にもうウソは吐くな」 「……分かった。 迅の要求は聞くから、俺の呪い解けよ。 これ交換条件」 「それは出来ねぇな」 「なんで!!」 「出来るはずねぇじゃん。 俺が雷にゃんを可愛がってる限り、チクチクは治んねぇよ」 「そんな……ッッ!? じゃあ病院行くべき!?」 「病院でも治せねぇ」 「な、なっ……!! あ、……俺、もしかして、死ぬの……?」 「は?」  あーあ。 小せえ脳みそフル回転させた結果、また妙なこと言い出したぞ。  ちょっと泳がせてみっか。 「不治の病ってやつなんだろ! なんで早く教えてくんなかったんだ! 俺もっと長生きしたかったよぉぉ! わぁぁんッッ!」 「おい、間違った方向に全速力で駆け抜けるな」 「迅……ッ、俺が死んだらもっさん達をよろしく頼むなっ? 迅にだけ負担かけたりしねぇって言ったのに、約束果たせなくてごめんなっ?」 「……追い付けねぇ」 「うわぁぁんッッ」 「はいはい、なんかとんでもねぇ事言い出したから帰るぞ」 「俺を置いてか!? 迅!! お前はそんな薄情なヤツだったの……ンッ♡」  ニャーニャー鳴いてる唇に、触れるだけのキスをして黙らせる。  うるせぇ、チビバカ。  そんなだから、お前は俺に気に入られちまったんだよ。  雷の何もかもが可愛く思えてる俺は末期。 どっちかっつーと、俺の方が先に〝雷にゃんの呪い〟にかかってる。 「雷にゃんはホントにバカだな」 「はぁッ!? 泣いてるダチに向かって言うことがそれかッ? 迅は死神の化身なのかッ? あ……ッ♡ ちょっ、ガッコではダメだって……ッ」 「雷にゃんの命に別状は無ぇ。 強いて言うなら、……」 「言うなら?」 「そのチクチクは、俺と一緒に居る事でしか治せねぇ」 「なんでぇ!?」 「俺限定のチクチクだからだ」 「……なるほど!! え、いや、てかそれなら早く治せよ! 朝も昼も夜も、迅の呪いで俺……ッ」  あー可愛い。 こんな単純な事で、そこまで話を飛躍する雷の脳さえ愛おしい。  彼氏の特権を使い、バカ素直でバカ可愛い恋人を遠慮なく抱きしめた。 「一日中俺のこと考えててエラいじゃん」 「…………ッッ」  腕の中で、小せぇ体が跳ねる。  逃さねぇように、さらに力を込めて華奢な体を締め上げても、「痛てぇ」と文句を言われるどころか抱きしめ返された。  こんな高揚感、気持ちが通じたと分かった十四日前のあの時以来だ。  もっと長く、雷と過ごしてぇ。  恋人と居る時間なんかクソめんどくせぇだけだと思ってたが、マジで雷とは四六時中一緒に居たって足んねぇと思う。  縛りの多い実家住み学生の身分じゃ、校内での時間って貴重なんだぞ。 クラスも違ぇし。  せめて放課後くらいは可愛がらせろよ。  俺の鞄に約十日分のお菓子溜まってんだからな。

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