66 / 213
⑦曲解 ─迅─⑤
俺は見事に、雷からの足止めには怯んだ。
『いや、知らねぇ』
だが間髪入れずに答える。 こういう時にたじろぐとロクな事が無ぇ。
っつーか、シャツ握り締めて上目使いってアリかよ。 チビだから必然的にそうなるだけか。
あざとい。 ムカつくぐらい可愛い。 てか可愛過ぎてムリ。
怒らせたくも不安にさせたくもねぇと思ってるくせに、嫉妬して膨れっツラした雷に萌えを見出しちまった俺は、まさにクソ野郎だ。
『ふーん。 俺にはウソ吐くなって言っといて、自分は誤魔化す気なんだ? そんなヤツは〝卑怯迅〟って名付けるからな? フンッ』
『必殺技みてぇなあだ名やめろ』
『じゃあ言えよ。 卑怯迅』
『あだ名やめろって』
この時、雷は声を荒げなかった。
ムッと唇を尖らせて、不満タラタラなツラして変なあだ名を付けてきやがりはしたが、やたらとおとなしかった。
滅多に無い雷のマジトーンを前に、内心で〝嫉妬しやがってコイツ〟と萌えてた俺は瞬時に反省の姿勢。
『あれは……前のセフレだ……と、思う。 誰だか分かんねぇのはマジ』
『へ、へぇ〜。 伝説の一人というわけっすね』
『その伝説ってのやめてくんねぇ?』
『だってホントの事じゃん。 てか俺、迅のセ、セセ、セフレ、……初めて見たかも。 ギャルだったな』
『……もうこの話はいいだろ。 今は雷にゃん一筋なんだし』
女が途切れなかったのは否定しないが、目をキラッキラさせた雷から〝エッチってそんな毎日したいくらい気持ちいいのか?〟と中坊発言されて以来、俺は改心せざるを得なくなった。
目が覚めたっつーか、気付かされたんだよ。
セックス抜きにしてずっと監視してたいのは、雷だけだって。 潔白な童貞男子が俺以外の誰かとセックスするとか、考えただけで相手への殺意が湧く。
誰でもよかった頃の俺とは違うんだ。
我儘で自己中な願望だけど、ヤリチン伝説は闇に葬っといてほしい。
雷にもそう、正直に伝えようとした。
だが下唇を出したまま俯いた雷が、何かをボソッと呟いてそっちに意識が逸れる。
『…………女だった』
シャツを握り締めていた掌が、重力に従いぷらんと下りる。
バリバリ公衆の面前で、恥ずかしげもなく雷のほっぺたに触る気満々だった俺には、そのセリフの意味が分からなかった。
『は? 女が何?』
『あっ、いや、なんでもねぇ! 帰ろ!』
雷は、猫目をまん丸にして平静を装った。
軽快な効果音まで聞こえてきそうなくらいのスピーディーな逃げ足で、スタコラと去って行くキンキラキン頭の後ろ姿。
少なくとも、ICカードをうまく読み込ませられずに自動改札機で立ち往生してる雷は、かなり動揺してると考えていい。
精算したとはいえ俺のセフレを目の当たりにした雷が、小生意気にも嫉妬してるって事だけは分かった。
… … …
マジに付き合うって事が分かんねぇ俺は、ぶっちゃけ迷った。
そっとしとくべきか、萌えた事を素直に伝えるべきか。
でも結局、何にも言わなかった。
言葉が思い付かねぇとか、こっちも動揺しちまって……とか、そういうウブウブな理由ではない。
単に、嫉妬した雷があんまり可愛いから浮かれちまってただけ。
しかも今、まさにナウで、帰ったら俺のベッドでスヤスヤ寝てんだぞ。 そりゃ浮かれるだろ。
寝落ちしてる雷を好きなだけ眺めて、風呂入って、夜中のヘンな時間に起きて腹減ったとごねる雷と、コンビニの弁当を食らう。
それから、恋人らしいコトを少しだけヤる。
──最高。 不純同性交遊バンザイ。 想像だけでヌける。
さっきまで背後に気配のあった女に気分を害されたが、家ン中に入ればこっちのもんだ。
「ヤリ迅、おかえり、あんまん、プリーズ」
二階の俺の部屋に入ると、扉のすぐ目の前に仁王立ちしていた雷がこう言って左手を出してきた。
「あ、起きてたのか。 もっさん達は? みんな寝てんの?」
雷はいつも予想の斜め上をいく行動をしがちだが、電話で聞いたウトウト声を聞いた限り起きてるとは思わなかった。
こっそり寝顔を眺めまくる計画が潰れたじゃん。
寝てるのをいいことに、あわよくばキスしまくろうという仮計画も流れた。
「あんまんプリーズ! あんまんプリーズ!」
「分かった分かった。 うるせぇな……って、なんでこれがあんまんなの分かったんだ?」
「知らねッ。 自分で考えれば!」
「はぁ?」
腹ペコな雷に急かされて、あったけぇあんまんが一つ入った小さい方の袋を手渡す。
俺が持ってるコンビニ袋は二つで、一つは弁当、もう一つは雷に渡したやつだ。
サイズ的にホットスナックだってのは分かんだろうけど、ドンピシャであんまんを言い当てられたんでビックリした。
「あんまん美味いッ、ありがと!」
「………………」
その場でもぐもぐし始めた雷は、座りもしねぇで立ったままあっという間に食べ終えた。
……なんだ? 何かキレてねぇ?
ほんの三十分くらい前の電話とは打って変わって、口調が強くなってる。
違和感はそれだけじゃなかった。
俺の目を全然見ようとしねぇし、頭を撫でようとするとすばしっこく避けやがる。
「待てよ。 雷にゃん、なんでキレてんの?」
「キレてねぇよ!!」
「シーッ、喚くな。 もっさん達も親も起きんだろーが」
「はぅッッ」
計十回、俺の右手が空振った。
埒が明かねぇし許せねぇから、手っ取り早く捕獲する事にした。
抱きしめると、腕の中で色気の無ぇ声がモゴモゴ言ってたが何とも思わない。
この体が恋しかった。 マジで。
食っちゃ寝生活で太ったって気にしてたから〝あんまん〟にしたんだけど、全然太ってねぇじゃん。 これならまだまだチーズ倍乗せピザを与え続けられる。
ま、中身が雷なら、膨らんでも萎んでも可愛がる自信あるけどな。
物理的に距離があってじっくり堪能出来なかった分、一回捕まえるとなかなか離せない。
抱きしめてるだけで幸せって何なんだ。
小せぇ拳が俺の背中に連続ヒットしてるが、それもどうせ俺への好意だろ。
照れてんだ。 ほんと、分かりやすくて可愛いヤツ。
ともだちにシェアしよう!

