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⑧極めてみようと思います! ─雷─⑥
迅の言葉がどれだけ伝わってんのかって……?
難しいぞ、そんなの。
俺は自他ともに認める〝ちょっとだけおバカさん〟なんだぞ。
今までの迅の言葉をぜんぶ書き出されたとしても、どれにどんな意味があったかなんて分かんねぇし、まず覚えてねぇよ。
迅はいつも、迅だった。
俺を盛大に揶揄いながら駅まで案内してくれたあの日からずっと、迅は迅だったじゃん。
いつから、俺たちの何かが変わってたんだ?
心臓チクチクのキッカケって、何だった?
分かんねぇよ。
そんなに顔近付けてこられちまうと、大破した脳ミソがグツグツ沸騰して三度目の爆発が起こるぞ。
「雷にゃん、……俺言っていい?」
「……ひんッ?」
イケボで囁かれる。
案の定俺は、ヘンな鳴き声を上げた。
どんな女もメロメロにしてきた(推測)壁ドンをしてる迅は、なんでこんなツラしてんの。
そんな改まって、何を言うつもりなんだ。
キスするのかしねぇのか、それもハッキリしてもらわねぇと、緊張した唇がカッサカサになってくるよ。
「その前に、束バッキー野郎と何してたかだけ教えろ。 俺と同じこと、した?」
「ひぃんッ!」
床に転がったナニかをチラッと見た後、至近距離で詰め寄られた俺はプルプルっと首を振る。
ケツを鷲掴みにはされたけど、迅とのアレコレまがいなコトは一切してねぇ。
先輩のとこに行ったのも、泣きつくためとかそんなつもりなかった。
俺と迅の太ももエッチとセフレ関係を知ってる先輩には、そりゃちょっとは慰めてもらおうかなって気持ちがあったかもしんねぇよ?
でも俺は、ギャルになんなきゃいけねぇと思ったんだ。
女装が神がかってる先輩なら、俺を迅好みのギャルに変身させてくれるって……。
「あ、そ。 雷にゃんがそう言うなら信じる」
「ひんッ」
「その鳴き声やめろ。 気が抜ける」
「……ひぃん……」
「やめろっつーのに」
「ひッ!」
真顔で「やめろ」って言われても、キス待機した唇がガチガチに硬直してんだ! 分かれよ!
てっきり俺はキスする流れだって……勘違いしたんだよ。
体ン中のどこで鳴ってんのか分かんねぇけど、ドキドキドキドキうるさくてしょうがない。
壁ドンを解除してポケットに両手を突っ込んだ、いつもの俺様迅様にまで見惚れた俺は、ダチに〝すき〟な気持ちを抱えたヘンな生き物に成り下がった。
てか、なんだ……結局、キス……しねぇのかよ。
「………………」
「雷にゃんゴメン。 俺大事なこと言ってなかったんだ」
……え? ダイジナコト?
真顔継続中の迅が、俺様を封印してる気がする。
態度も口調も、ムカつくぐらいイケメンなそのツラも普段通りに見えるのに、さっきの気弱イケボの主が目の前で悶え始めた。
「雷にゃん、……」
「…………ッ?」
「あのな、……」
「…………ッッ?」
「クソッ、なんでだ。 俺も人生で初めて言うからか」
「…………ッッ??」
なにッ? なんだッ?
もしかして……迅のほっぺた赤い……?
俺に言ってなかったダイジナコトって何なんだよッ?
狼狽えるって言葉とは真逆のとこに居る迅が、そんな悶えるようなコトなのか!?
口を開くと鳴き声を上げる俺は黙ってることしか出来ねぇし、でも迅の様子がマジでおかしいからほっとけねぇ。
さっきは「俺の目を見ろ」なんて言っときながら、そっぽを向かれる。
社宅が並んでる殺風景な窓の外見て唸ってる迅の姿なんて、ぶっちゃけ見たくなかったぞ。
お前は一体、何を言おうとしてんだ。
「えーっと……。 ……うーわ、これめちゃめちゃ緊張すんだな。 ちょっと待て。 噛みそうだから一回待って」
「な、……ッ? なッ?」
「ふぅ。 ……雷にゃん。 俺、雷にゃんのことス……」
「ただーいまー。 雷ー? お友達来てんのぉ?」
「────!!」
「………………」
親フラァァァァ!!!!
最悪のタイミングで母さん帰って来ちゃったよ!!
玄関で迅のローファーを見た母さんが、真っ直ぐ俺の部屋に向かってる足音がする。
さすが俺の母さん! まったく空気を読まねぇ!
一瞬、ドキッと心臓が口から飛び出た俺と、片目を細めた迅の思うところは同じだったと思う。
残念そうに、でもどっかホッとしたように迅は呟いた。
「…………一晩お預けか」
「迅……ッ、今なんて言おうとしたんだ! 言えよ! 気になってハゲそう!」
「母親帰ってきたんじゃ無理だろ。 ……あ、どもっす」
いやいや迅様、ダイジナコトだからあんな言いにくそうにしてたんじゃねぇの!?
我が母親ながら違う意味でデリカシーゼロだ。
母さん、せめてノックしろ! 日本にはノックの文化があんだぞ!
ガチャッと部屋の扉を開けた母さんに、律儀に挨拶する迅の変わりようも凄かった。
ついでに言うと、床に転がってたヤバそうなエログッズを足でササッと退けた迅は神だ。
「あら! 迅くんじゃーん! 今日もバシッとイケメンね!」
「いやいや、お母さんも今日もキレイじゃないっすか」
「まぁぁ♡ これだけのイケメンに言われると嫌味に聞こえないから不思議よねぇ♡」
「マジっすから」
「えぇぇ♡ もーっ、パパにヤキモチ焼かれちゃうぅ♡」
……なんだ、このやり取り。
迅と母さんは何回も会ってるから、ナチュラルにこんな会話を繰り広げたとしても何もおかしくはねぇよ?
けど迅は、他のヤツらには塩対応なのにやたらと俺の親には愛想がいい。
これは初対面の時からだ。
デリカシー皆無の母さんは照れまくってて話になんねぇ。
迅は母さんに背を向けて、見えねぇように飛び出たエログッズをこっそり紙袋にしまった。
「じゃ俺、帰ります」
「えっ? ゆっくりしてけばいーのに! ご飯食べてかないっ?」
「いや今日は遠慮しとくっす。 ほんとの意味でバシッとイケメンになったら、メシ食いに来ます」
「んー?」
「じゃな、雷にゃん。 朝いつもの時間に迎えに来っから」
「……あ、あぁ、……」
ほぇ……ここで激レアな笑顔見せちまうのか、モテ迅。
ドキドキ止まんねぇよ。 てめぇカッコ良過ぎんだろ。
「高身長の顔面偏差値えぐい男って目で犯されるわよね」って、迅の背中を見つめながら乙女ばりに呟かないでくれ、母さん。
そんで迅。
先輩から預かった俺のエログッズを、所有者の許可も取らずにどうして持ち帰った?
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