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19〝好き〟の違い ─迅─⑥
………🐾
「──あぁ、四人とも落として出てきた。ダチに通報させてっから、アイツらを不法侵入でしょっぴいてもらう。……ん、とりあえず雷にゃんは無事。悪かったな、先輩のツレがこっちに来てんだろ? ……あー、じゃあいいか」
廃病院の中とその周辺は圏外だったんで、雷を抱えてタクシーまで戻ってから柴田と束バッキー先輩に連絡をした。
柴田にはシェアした住所に警察を向かわせるよう伝えて、束バッキー先輩には、わざわざ高速飛ばして来てるっつー先輩のダチに「来なくていい」ことを伝えるために連絡したのに、その必要は無いと言われた。
久々に会って〝集会〟してぇんだと。
なんのこっちゃ。
「んむむむむッッ!!」
「ごめんな、ちょい我慢な」
「ふんふんッ!」
とりあえず来た道を戻ってくれてるオッサンの後ろで、雷の口に貼られたガムテを剥いでやる。
出来るだけジワジワやってるんだが、髪の毛まで巻き込んでるうえにベッタリくっついてて痛いらしい。手足をバタつかせて、目に涙を溜めている。
畜生……可哀想だ。
拘束されてた手首にはロープでできた痣があるし。
ほっぺたにはガムテの痕が赤く残ってるし。
俺に完全に怯んでたヤツらは、問答無用で寝かせてから廃病院を出て来たんだが……殴り足りなかったか。
「プハァァ……!! あー苦しかったぁ!!」
「大丈夫か?」
「おぅ! てか俺より迅の方が心配なんですけど?」
「ん?」
封じられていた雷の声にホッとした矢先。
「サンキューな」と言いながらも目線が下にいった雷が、そっと俺の二の腕に触れてきた。
「……だって……こんなボロボロに……」
なんとも悲しそうなツラしてるんで何事かと思えば、破れたコートの心配をしてるとか……そんなのアリ?
何も俺自身を心配しろって言いたいわけじゃねぇが、心配かけた方がする発言じゃなくね?
感情が忙しいっつの。
「……俺よりコートかよ」
「だってこのコート、ななまんえんもするって言ってたじゃん!! 恐れ多くて触れなかったんだぞ!」
「俺そんな話した?」
「したした! 俺とのクリスマスデート用に、シャルマンで展示する前に一着買ったって! 気合い入ってんなコンニャロー♡って俺言ったぞ?」
「そうだっけ」
今まで拉致られてたとは思えねぇ雷の能天気さに、俺はやっと肩の力が抜けた気がした。
俺が一方的に暴れてたから、まるで喧嘩とは言えねぇ微妙なもんだったが……とりあえず雷を無傷で回収できて良かった。
この様子だと、昔の記憶を思い出したりもしてねぇよな。
コートの心配が出来るくらいだ。
ビビってたっつーより、何が起こってんのか分からねぇ戸惑いが占めてたのかもしんねぇ。
俺はシートに背中を預けて、雷の肩を抱き寄せた。やたらとサラサラした金髪を撫でると、やっと実感が湧いてくる。
「はぁ……。とりま雷にゃんがピンピンしてて安心したわ」
常々〝お前はトラブルメーカー〟だって言い続けて本人にも注意を促してきたが、あれはマジだった。
俺にされるがままでニヤついてるコイツは、まだ全然自覚が足りねぇようだがな。
「俺なら何ともないぜ! さすがにビビったけどな。駅前で拉致られて車に連れ込まれた時は「死んだ」と思った」
「駅前で拉致られたのか」
「そうなんだよ。てっきり俺は迅主催のサプライズかと……」
「俺が他人を使うわけねぇだろ」
「まぁな、そうなんだよな」
俺主催のサプライズだぁ??
バカはどこまでいってもバカだな。
自他共に認める一匹狼の俺が、クリスマスデートで他人使ってイベントするかよ。
雷を喜ばせるのは俺だけでいい。でもピンチの時は〝頼る〟って事を、この俺が覚えたんだぞ。
今はそれで充分だろ。
「でもよくあそこが分かったな、迅」
「あぁ。クソアプリは使えなかったけど、その代わりにオッサンが活躍した」
「オッサン?」
見上げてきた雷に、人差し指で運転席を指す。
目線が指を辿ると、運転してるのがオッサンだと気付いた雷はガバッと体を起こした。
「おぉ!! いつものオッサンじゃん!! 今気付いたぜ! オッサンこんばんはー!」
「こんばんは。元気そうで何よりです」
ニコニコな雷に、バックミラー越しに挨拶してるオッサンはマジであの場所でずっと待っててくれた。
俺が雷を回収したところで、戻る足が無えと困ると思って買って出てくれたんだろうな。
ここで待ってます!と目を血走らせた俺に向けて言ったあの時のオッサンは、頭は寂しいがカッコ良かったぜ。
ほんの一時間前のことなのに、心に余裕があるのと無いのじゃ大違いだ。
手を伸ばせばすぐに雷に触れる。
俺の雷が無傷で戻って来た。
〝水上のことが好きだった〟──これを思い出すとイラつくから、なるべく記憶から削除しようと試みてるところだが。
この金髪チビのどこに惚れる要素がある? なんてのは愚問だ。
ンなの全部だ、全部。
「なぁ、オッサン。迅になんか弱味握られてんの?」
「え? 何故ですか」
……前言撤回。
ちょっとバカ過ぎるとこは減点だ。
気弱そうなオッサンだからって、その発言はヤバイ。マジのトーンでそんな事を言うな。
俺が何したっての。
「迅がタクシーで移動する時、いっつもオッサンが運転手じゃん。なんで? 弱味握られてんなら、俺に言えよ? 毎回毎回使いっパシリは嫌だろ?」
「おい雷にゃん……ちょっと待て。名前と顔しか知らねぇオッサンの弱味握ってパシるとか、俺がそんなことするようなヤツに見えるか?」
「……見える。てかそうとしか見えねぇ」
「この野郎……!」
「プッ……!」
なんでだよ。俺はそんな極悪非道な野郎に見えるってのか?
だとしたら、俺らの掛け合いにこんな悠長にオッサンは笑わねぇだろ。
おかしい。
雷の中で、俺は〝超絶イケメン彼ピッピ〟じゃなかったのか。
「雷くん、だったかな? おじさんはこれが仕事だから大丈夫ですよ。むしろ藤堂くんは、もはやお得意様です」
「えー!? それマジ!? 迅がそう言えって!? 言わされてるんだろッ? かわいそうなオッサン……! 俺はオッサンの味方だからなぁーッッ!!」
「てめぇ……」
本気か冗談か分かんねぇことを喚いた雷に、ヘッドロックをかけてやる。
「グエッ」と変な声を上げた雷は、俺を揶揄って腹から声が出せるくらいにはすこぶる元気そうだ。
ったく……。
俺の可愛いチビ助は、いつもの事ながら人騒がせなヤツだ。
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