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第10話

 タバコの味のする口づけに溺れ、思考までもがぼうっと蕩けてしまった梓を膝に乗せたまま、漆黒がおもむろに背後へゆっくりと体を傾けた。 「えっ? わっ!」  漆黒ごと前に倒れ込む形になった梓は、思わず悲鳴を上げ……両手をシーツに突っ張ったところで、ふと自分が男を押し倒す格好になっていることに気づいた。  仰向けの姿勢で梓を見上げた男娼が、憎らしいほどに男前な顔に笑みを刷き、梓の顎先をくすぐってくる。 「で?」 「え?」 「体を鍛えて俺を押し倒すって言ったか?」  勘違いをそんなふうに蒸し返されて、梓は顔から火を噴きそうになった。  慌てて否定しようとして……漆黒の乱れた浴衣の袷と、横たわる彼を見下ろしているという新鮮な体位に、不意に気が変わる。  キュッと唇を引き結び、梓は男の帯に手を掛けた。  漆黒にしてもらってばかりではダメなのだ。  梓が、彼を満足させてあげられるようにならなければ。  梓の性技は、すべて、この男から教わった。  つまり、梓の習ったやり方が漆黒の好みとイコールなのだろう。  自らの考えに背中を押されて、梓は男の浴衣を左右に開いた。  鍛えられた胸板と、腹筋。その下に続く濃い茂み。そのラインに誘われるように、下着に指を掛けてずり下げる。  梓は体の位置をずらして、まだ芯のない男の欲望へと顔を寄せた。  口淫は、久しぶりだ。  梓が淫花廓に来た最初の頃は、男の悦ばせ方を教わるのが目的だったから、口での奉仕の方法も、実地で習ったのだけれど。  恋人と呼ばれる関係になってからは、漆黒は梓にそれをさせることはなく、むしろ彼の方が梓がとろとろになるまで攻めてくるのが常だった。  されるがままに寝転がっているだけだったこれまでの自分を反省しながら、梓は漆黒の牡を一度口に含む。  唾液を絡めてぬるついたそれを、まずは手で扱いた。  鈴口を舐めながら幹の部分を刺激していると、肉棒が徐々に硬くなってゆく。  くしゃり、と梓の後頭部を撫でた手が、軽く頭を抑えつけてきた。  強制するほどの強いちからではない。  けれど梓は口を大きく開いて、昂りだした欲望を迎え入れた。  喉を開いてえずかないように気をつけながら、奥の奥まで飲み込む。  口腔内と喉を使って男を愛撫していると、先端から溢れ出したカウパーが舌の上に広がり、飲み込めない唾液とともに唇の端を伝い落ちてゆく。  漆黒の腹筋にちからがこもるのがわかった。  低い呻き声が梓の鼓膜を揺らす。  逞しく育った陰茎が、漆黒の快感を物語っていて、梓は夢中になってそれをしゃぶった。  じゅぼじゅぼと水音を立てて舐めている内に、梓の体の中心でも変化が起こり始める。  鼻腔に広がる漆黒の香りと、口内を満たす男の味だけで、パブロフの犬よろしく梓の欲望にも火がついて、ゆるやかに勃起したそこがはしたなく濡れるのを感じた。  もぞり、と内腿をこすりあわせた梓の仕草に、漆黒が吐息だけで笑う。 「梓。おまえのも舐めてやる」 「ひやれふ(いやです)」  漆黒の誘いを、梓は陰茎を咥えたままで断った。  今日は、梓が漆黒を満足させるのだ。  その決意を胸に、梓は口をすぼめたまま、顔を上下に動かし始めた。  裏筋を尖らせた舌先でなぞり上げ、また深く咥えこむ。  漆黒にこれをされたら梓はすぐに達してしまうのに、さすが男娼と言うべきか、男は中々白濁を放ってはくれなかった。  徐々に顎がだるくなってくる。  チラ、と上目遣いに伺うと、漆黒が眉を寄せ、快感をこらえるかのような悩ましげな表情をしているのが見えた。  梓は俄然張り切って奉仕を続けた。 「上手いな、梓」  バリトンの声が梓を褒めてくれる。  漆黒の牡はもう限界まで膨張しているように、梓には思えた。  もうひと息。  梓がそう意気込んだときだった。  漆黒の足で腰の辺りを挟まれた。  と思った瞬間、ぐるり、と体を回された。  口から陰茎が抜けてしまう。  あ、と声を発したときにはもう、梓は仰向けに押し倒されていた。    唾液でべたべたの梓の口の周りを、自身の浴衣の袖で漆黒が拭って。  フェラチオをしていた唇に、躊躇なく男が口づけてくる。  ちゅ、ちゅ、とバードキスを繰り返されて、梓は漆黒の下でもがいた。 「し、漆黒さんっ。今日は僕が……」 「頑張ってるおまえも可愛いけどな、梓。どちらかと言うまでもなく俺は、されるよりもする方が好きなんだ。それが惚れた相手ならなおさら、俺の手で蕩けるまで可愛がってやりたくなる」  顎髭を、一撫でして。  漆黒が梓を見下ろして獰猛な笑みを見せた。  彼の体の中心では梓が愛撫した男根が隆々と勃ち上がっていて。  それに貫かれたときの痺れるような快感を覚え込んでいる梓の後孔が、ひくひくと疼いた。   「おまえの口も良かったが、おまえのココに入れてほしい」  漆黒の指が、梓の尻のあわいを辿り、蠢く襞をやわやわと刺激してくる。  男を歓迎するかのように、蕾が勝手に綻んだ。 「いい子だな、梓」  艶のある声で甘く囁かれて。  梓の性器がまた濡れた。  下着にできた恥ずかしい染みを隠そうと、梓は両手で股間を抑えたけれど。  漆黒は悠々とその手を引きはがして、開かせた梓の足の間に陣取り、梓の浴衣を脱がせにかかった。  触れられないうちから性器だけでなく乳首までもが硬くしこっていて、梓は羞恥に悶える。  漆黒の眼差しが肌の上を這い回り、舐めるような視線を感じるだけで達してしまいそうだった。 「梓。どうされたい?」    こんなふうに、梓を組み敷いて。  主導権を完全に握っているくせに、言葉だけはそれを譲っているかのようにみせる大人の男を、恨めしく見上げた、梓は。  早々に勝負を放棄して、のしかかってくる男の背を抱きしめた。 「だ、抱いてください……」  漆黒を乞う言葉を口にした梓へと、男は満足げな笑みを浮かべ、梓の体のあちこちを愛撫してとろとろに梓を蕩かせた後、ようやく逞しい牡を挿入してくれたのだった……。           

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