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春爛漫
朝。息があがって目を覚ました。
桜 は激しい疲労感に大きく息をつく。まるで全力疾走をした後みたいだ。
夢を見ていた。夢から目覚める時はいつもこうだ。
不思議な感覚。
でも、何の夢だったかは思い出すことができない。思い出そうとすればするほど思い出せなくなっていく。
なんだか切ない気分だけが残った朝だった。
まだぼんやりとしたまま小鳥のさえずりを聞きながら天井を見詰めていた。
春の朝はまだ寒い。
桜は温もりを求めて、隣で眠る昴 にぴっとりと肌を寄せる。じんわりと伝わる体温は、心地が良い。
「ん、起きたのか」
目を覚ました彼は優しい笑みを浮かべ、桜の顔を覗き込んだ。
「起こしちゃった?」
「いや、もう起きてたよ……それよりおまえ、泣いた?」
不思議そうな顔をして彼が尋ねた。
「ううん、どうして」
「涙のあとが……」
そう言って、彼は桜の頬を拭った。
自分では気がついていなかったが、眠っている間に泣いていたのかもしれない。
「何でだろう、夢を見てたせいかな」
「怖い夢か?」
「それが覚えてないんだ」
「そうか……窓を開けたまま眠るからだぞ。ほら、体が冷えてる」
昨日は風が心地よく、窓を開けたまま眠ったのだった。
「寒さで変な夢を見たんじゃないか」
彼はそう言うと、近くに脱ぎ捨ててあった上着を拾って桜に掛けた。
窓からは朝日と共にやわらかな風が舞い込んでくる。
その時、何かがふんわりと頬を掠めた。
「ん?」
手で取ると、薄いピンクの花びらがあった。
桜の花びらだ。
「桜、どうするか、これ」
昴の視線の先にはたくさんの花びらが舞い散っている。
布団の周りでたくさんの花びらが窓から入る風に揺れていた。
「わあ、なにこれ」
夜風に乗ってやってきたのだろうか。でも、ここら辺に桜の木は無かったはずだ。じゃあ、この桜はどこからやってきたのだろう。
まだ夢の中にいるのか。
「桜、まど。窓を閉めろ」
ぼんやりと部屋を舞う桜を見詰めていると昴が言った。
桜は、はっと現実に引き戻されたように急いで窓を閉める。
「全く、この桜はどこからやって来たんだ」
昴は困った、という感じで頭を掻いた。
「ほら、桜、片付けるぞ。そっちから集めて」
そう言うと彼はあたりを埋め尽くす花びらを集め始めた。
「これを片付けたら、メシにしよう」
桜はその時、朝日に照らされた彼の横顔から目が離せなくなっていた。
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