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蒼と青
田辺高校生徒会の一員、体育委員長の蒼井隆広 と文化委員長の青木政弘 の二人は犬猿の仲だ。
蒼井と青木がそれぞれ委員長になったのは、推薦による抜擢。
サッカー部レギュラーの蒼井、美術部副部長の青木は立候補者のいなかった二つの委員長にほぼ無理やり就任したのだ。
部活も忙しいのに、生徒会執行部なんか出来るもんかと断ろうとした二人だったが、生徒会を担当する教諭からも頼み込まれて、渋々承諾した。
やってみればなかなか楽しくて、半年経った今では委員長として二人とも板についてきている。
名前が似ている他に、身長も近く、体格も似ている。
おまけに似たような髪型をしているものだから、周りの生徒はよく混乱していた。
「青木、今度の体育祭の件だけど」
「悪い。体育祭のことなら、蒼井に言ってくれ」
「文化部の予算、これでいい?蒼井」
「俺は蒼井だけど文化委員長は青木だ!」
そんなやり取りがさいさい起こるものだから、本人たちもうんざりしていた。
まだお互いに仲が良いなら我慢しようがあるのだが、先に言ったように犬猿の仲なのでお互いにイライラしている。
ただ何故二人が仲が悪いのか、本人たちも覚えていない。単純に「馬が合わない」のだ。
「だいたい、あんた達が似たような名前なのがややこしい原因よ」
生徒会室で二人を見ながらため息をついたのは、生徒会長の船橋里江 だ。
他の生徒会執行部のメンバーも、船橋の言葉にウンウンと頷く。
「だーかーら!コイツと俺を一緒にすんなよ!」
先に吠えたのは、蒼井だ。いつも食ってかかるのはたいてい蒼井の方だ。その言葉にムッとしたのは、青木。
「僕も嫌だね、こんな奴と一緒にされるなんて」
だいたい頭の出来も違うし、と余計な一言を付け加えた青木に蒼井が何を!とキャンキャン吠える。
「全く、何でそこまで毛嫌いするのよ、二人とも…。ただえさえ、暑いんだから喧嘩はやめてよね。この話題はここまでにして。来週の体育祭、最終の詰めをしましょう」
船橋がプリントした資料を配りながら、今日の生徒会の本題に入ろうとした。
「むむむ…」
途中で遮られる様な形となった二人は、グッと我慢しながらその後の時間を過ごした。
***
セミの泣き声が、校舎の中まで聞こえてくる。
そんな中、段ボールを抱えながら、廊下を歩く蒼井。中には来週の体育祭のための備品が入っている。
(ッたく、何なんだよ、アイツ!)
先ほどの青木の言葉を思い出しては、イライラしていた。
(頭の出来とか…!そりゃ、アイツは進学コースだもんな)
一度、他の生徒と進路について話をしているのを耳にしたことがあった。蒼井の学力では到底届かない国公立大学への進学だった。
(ちょっと女子にモテるからっていい気になりやがって)
頭がいい上に青木は整った顔をしており、身長もそこそこある。美術部ということもあり、女子には優男に見えるのだろう。告白を受けたという話も聞いたことがある。
そして蒼井は、いつも気がついたら青木のことを考えてイライラしていた。ハッとそれに気付いて、頭を振る。
一方の青木もまた、蒼井が頭から離れない。
(あのバカ、いつも絡んできやがって)
模造紙を抱えながら廊下を歩く。生徒会室に持って行くためだ。
(そもそもなんでアイツは僕を目の敵にするんだ?)
スポーツが出来て、大学もスポーツ推薦枠で入学出来そうだと聞いたことがある。もちろん、本人からではなく、話をしていたのをたまたま聞いただけだ。
またサッカー部のレギュラーということもあり女子に絶大な人気だ。そんな蒼井がいつも自分に絡んでくることの意味が青木にはわからない。
そんなことを考えていると、前方から来た生徒に気がつかず、ぶつかってしまった。
「うわ!」
段ボールを抱えてた相手は驚いて、廊下で転んでしまった。
「大丈夫か?すまない」
起き上がる為に手を伸ばしたとき、相手が蒼井である事に気づいた。
二人はお互いを見ながら苦々しい顔になる。
段ボールから出てしまった荷物を、青木は無言で集め始めた。
「ちゃんと前見て歩けよ」
「だから、謝ってるだろ」
不穏な風気が漂う。
周りを歩く生徒達はまたか、といった感じで横を歩く。今やこの二人の仲の悪さは名物になっていた。
睨み合いながらも、段ボールを持ち上げようとした蒼井だったが、突然腰に激痛が走った。
「うわッ!」
あまりの痛さにもう一度、段ボールを床に落としてしまう。その様子を見ていた青木が不思議そうに声をかけた。
「何やってんだ?コントか?」
「ち、違うわ!腰がいてーんだよ!力がはいらねぇ」
「はぁ?」
その後。青木にもたれかかる様にして保健室に行った蒼井。保健師の木原から症状を聞かれ、伝えて返ってきた言葉は『ギックリ腰』だった。
「えっ、俺が?スポーツもしてるし、若いのに?」
「若さは関係ないんだよ。重たいものを一気に持ち上げようとしたら、なるときがあるんだから。ぴちぴちの高校生でも、僕の様なおじさんでもな」
軽く木原にチクリと刺され、小さくなる蒼井。隣にいた青木が口元に手をやり、笑いを堪えていた。
「体育委員長がギックリ腰…」
「おい!青木!お前誰にも言うなよっ、そもそもお前がぶつかってきたから…」
「なんだよ!」
はいはい、喧嘩なら外でね、と木原に制され二人は保健室を後にした。
「あれっ、そういえば段ボール」
先ほどまで運んでいた段ボールがないことに気づき、蒼井が呟くと横で青木が言う。
「生徒会室で良かったんだよな?」
「持っていってくれてたのか」
「それくらいはするよ」
ふん、とそっぽを向く青木。どうやら思っていたより責任は感じてくれていたようだ。
「体育祭、大丈夫か?」
青木がポツリと呟いた。思いがけない言葉に蒼井は驚く。
(コイツが俺の心配するなんて、気持ち悪いなぁ)
そう思いつつも、優しいとこもあるのかと考えてしまい、蒼井は頭を振る。
(いや、策略かもしれん!)
「大丈夫と思うよ。腰に注意すれば」
青木は一瞬、ホッとした顔をした。その顔もまた意外で、蒼井はなんともいえない気持ちになった。
「まあ、ギックリ腰になったなんて言えねぇよな。体育委員長でサッカー部のエースが。僕なら恥ずかしくて死ねるわ」
「…お前、性格ほんとに悪いな」
***
そして体育祭当日。
どうにかギックリ腰は再発することもなく、本番を迎えた。
夏本番といった晴天で、汗だくになりながらも生徒たちは体育祭を楽しんでいる。
蒼井は長い鉢巻を頭に巻いて靡かせながら、生徒会室にむかっていた。
もう体育祭はあと一時間くらいで終わる。
パネルを取りに部屋に入り、ふと気がついた人影。
棚の向こうにある椅子に誰かもたれかかっている。
白くて細い腕が始めに見えてギョッとした。
(誰か倒れてんのか?)
慌てて正面を覗き込むと、そこにいたのは青木だ。
手を垂らして、眠りこけている。
(このヤロ、こんなとこでサボりやがって)
それにしても…、と青木の身体を見る。クラスが違う為、体操着の青木を見るのは初めてなのだが、その腕の白さに驚いた。
半袖を着て生徒会に出席したこともあったが、そのときは特別何も思わなかった。
あまり運動をしていないのだろうか、白いのは腕だけではなく、脚も首も、全てが白くてまるで自分と違う生き物のようだ。
眠っている顔は以前から気づいていた整っている鼻筋と長い睫毛。伏せているとさらに長く見える。
さっきまでうるさかったセミの鳴き声が聞こえなくなり、まるでこの世界に二人しかいないような感覚になる。
(本当に、腕、細いな)
ふいにその腕に触れてみたくなり、そっと手首に触れてみた。思いの外、細くて掴んだ自分の手で折れそうだなと感じた。
「ん…」
青木が眉を潜めて、目を開けた。マズイ、と蒼井が思った時にはもう手遅れで手首を掴んだまま、バッチリと目が合った。
「うわ、何だお前!」
「お、お前こそ、こんなとこでサボってんじゃねえよ」
いつもの喧嘩口調になるが、蒼井は青木の手首を掴んだままだ。
「ってか、何でお前、手首持ってんだよ!」
言われて蒼井は慌てて、手を離した。
(何でって、俺が聞きたいくらいだ)
「そろそろ、体育祭終わるから部屋から出ろ!」
蒼井は話を逸らしながら、青木を連れ出す。
青木はまだ何か言いたげだったが、背中を向けて部屋を二人で出て行った。
無事、最後まで体育祭を終えて蒼井にとっては体育委員長としての肩の荷が下りて、ホッとした。これで後は自分が主催になるような行事はない。
翌日は午前中で授業が終わり、生徒会執行部は生徒会室に集まり、体育祭の振り返りを話し合った。
「お疲れ様だったね、蒼井くん」
船橋が肩を叩いて、ニカッと笑う。クラスメイトでもある船橋は生徒会長としては砕けた性格をしていて、生徒からの人気が強い。教師からは時々煙たがられているところもあるが、概ね関係は良好だ。将来、教員になりたい、とも聞いたことがある。
話し合いが終わった生徒会室では、雑談に花が咲いていた。
「船橋は**大学に進学するんだっけ。賢いなあ」
「ギリギリの判定だけどね。もし入れたら祝いしてよね」
「そういう蒼井だって、スポーツ推薦だろ?すげーじゃん」
会計の伊佐山に声を掛けられて、頭を搔く。
「青木は、国公立大学だろ?」
名指しされた青木が顔を上げた。
「奨学金目当てだよ、たまたま入れそうなだけで」
「わー、言ってみたいわそんなセリフ」
誰かがそう言って、一同大笑いする。その中には蒼井もいて、ふと青木と目が合った。
いつもなら食ってかかるであろう青木はなぜか大人しく笑っていた。
「次は文化祭だね。引き続き、みんな頑張ろう」
船橋の一声に皆でエイエイオー、と声を合わせて解散となった。
「青木」
先を歩いていた青木に、蒼井が声をかける。
「…何。家、こっちだっけ」
「うん」
蒼井から話しかける事などほど今までなかったので、青木が少し、不思議そうな顔をしていた。
そのまま、歩きながら蒼井がポツリと呟いた。
「あのさ、体育祭までの間、重い荷物とかお前持ってくれてただろ」
ギックリ腰を発症してからというもの、青木は蒼井に気づかれない程度に重いものを持ったり、作業するのを横から手伝っていた。
始めは偶然かと思っていた蒼井だが、数回重なった時に気が付いた。その時にすぐ礼を言えば良かったのだが、恐らく青木は何のことだ、と突っぱねただろう。
「ありがとな」
「…元はと言えばあの時ぶつかったのは僕だし、これでお前が笑い者になっても困るしな」
ニヤッと笑う青木に蒼井も釣られて笑う。と、その時。
ポツリと顔に一粒、水滴が落ちてきた。
「雨…」
蒼井がそう言った瞬間に、空から一気に雨が降ってきた。
「うわッ」
「何で、今日降水確率低かったのにー!」
慌てて走って見つけた雨宿りできそうな校庭裏の大きな木の下で雨宿りをする。
一気に大雨となったため、まるでバケツで水を被ってしまったかのように身体がずぶ濡れだ。
夏の天気は変わりやすい。アスファルトからはムワッとした匂いと熱気が立ち込めている。
「通り雨かなあ、あっちは明るいし」
「少し待てば止むかもな」
全く、と自分の頭を振って水を飛ばす蒼井。不意にその視線に青木の腕が目に入る。
半袖から覗くのは、体育祭の時に見たあの白い腕だ。
あの時掴んだ手首の感触を思い出す。
そして濡れたシャツは容赦なく、青木の身体のラインを浮かび上がらせていた。
右腕を持ちながら佇んでいる青木。透けて見えていたのはその下の、二つの突起。
男同士でそんなものが見えたところで、気にはならないはずなのだが。
(…え?)
何か、見てはいけないものを見たような気がして、思わず目を背けた。
(どどどどうかした?俺?)
そっともう一度、青木の方を見る。ポタポタと落ちる前髪からの水滴と、青木の顔に何故か目が離せない。白いうなじに濡れた髪が張り付いている様子も。
色っぽい、と感じたのだ。
それと同時にモゾッと、自分の中心がよからぬ動きをしていることに気づく。
(ちょちょっと、待って!!)
ザーッと雨は降る。青木はずっと空を仰ぎ見て、蒼井は俯いていた。
ようやく雨が上がり始めたのは十分くらい経過してから。
「あー。そろそろ行けるかもな…、って蒼井どうした?」
蒼井が下を向いていることに気がついて、青木が話しかけた。
「青木、アンダーウエア着てねえの」
「は?」
***
それからというもの、蒼井はまともに青木を見ることができなくなっていた。
青木の方はというと、少しだけ蒼井に対して敵対心が薄れたようで時々話しかけて来たり、生徒会が終わったら一緒に帰ることもあった。
「そう言えば蒼井、彼女作らないの」
ある日の帰り道。そんなことを急に青木に言われて、飲んでいたサイダーを豪快に蒼井は噴いてしまった。
「何を急に…暑さでどうにかしたのか?」
「いや、モテるだろうに、何で暇そうにしてんだろうなって」
「それ、お前にそのまま返すぜ」
お互いにモテる部類なのに、お互い彼女なしだ。もっとも蒼井は半年前まではいたし、青木も何度か告白されていた。
「お前さあ、何オカズにして抜いてる?」
突然、青木がそんなことを言い出して、さらに蒼井は咳き込んだ。
「お前どした?何でそんなエロ魔神になってんの」
「何となく、他人ってどんなことで抜いてんのかなって気にならない?」
ニヤニヤしながら聞いてくる青木。
(こいつ、ムッツリスケベなんだな)
今までは真面目そうな顔をしていたくせに。そう思うと蒼井は可笑しくなってきて笑ってしまう。
(俺はすっかりお前で抜いてんだけどな)
やけくそになって、頭の中でつぶやく蒼井。
あの日から、AV動画を見てもドキドキしなくなった。
確実に青木の濡れた姿を見て以来、青木を性の対象にしているのだ。
あんなにムカついて毎回、喧嘩していた相手なのに何をトチ狂ったのか、自分でも分からない。今こうして横で歩いているだけでも本当はやばいのだ。
青木の質問を返すことなく、数分歩く。
校庭の裏にある大きな木まで来ると、あの雨の日のことを思い出す。金網越しに校舎が見えた。
ジージー、とセミがやかましく鳴いている。
夏の終わりといえど、頭がクラクラするくらい暑い。
「お前」
蒼井がポツリと呟いた。
「何?」
「さっきの答え」
答えるつもりはなかったのに、うっかり答えてしまったのは暑さのせいだろうか。
「さっきのって」
青木は初め、ピンときてなかったようだがしばらくして大きく目を開いた。
「…そういうこと。悪いな」
蒼井は青木の身体をグッと押すと、背後にあった金網に押しつけた。
「俺、なんでか分からないけどお前に欲情してんの」
「ちょ、ちょっ…」
蒼井は驚く青木のうなじをペロリと舐め、耳朶をかじる。
「蒼井、やめろよ…っ」
「他人が何で抜くか気になってんだろ、なあ」
青木はずっと金網を掴んでいた。
「は…はッ…はぁ…」
尻を突き出すような形になっている青木のソレを蒼井が扱く。どんどんと手のひらのものがヌルヌルして、大きくなってくるのを、蒼井は楽しんでいた。
あの日、シャツから透けて見えていた二つの突起も手でいじって、舌で転がすように舐めて。
「やめ…うぁ….」
「気持ちいいだろ?なあ」
「う、うるさ…ああっ、あっ」
乱れていく青木の顔。耳まで真っ赤だ。金網を掴み必死になっているその姿に欲情し、蒼井もまた、自身を大きく膨張させていく。
(たまんねぇ)
「あ、お…」
「もうイキたい?」
青木はゆっくりと頷いた。それを見て、蒼井はニヤリと笑う。そしてさらに強く早く扱く。
「青木…、イイよ、イッて」
「ひ、ひぁ…ああっ…!」
ビクンと青木の身体が痙攣して、先端から白濁したものがボタボタと、草むらに飛び散った。
それから何度か二人は『抜きあい』するようになった。二人ですることにお互い、拒否しなかった。
それだけ、初めての二人の体験が強烈だったのだろう。
青木も蒼井も、彼女相手に体験済みだ。最後までの気持ちよさは知っていた。
だがこの『抜きあい』のほうが、それ以上に気持ち良くて興奮する。それは蒼井も青木も感じていた。
まだ最後までしていないのに。
(最後までシたら、どうなるのだろう)
その先は何となく恐ろしくて、踏み込めない。
さすがに外でするのはヤバイと言い始めたのは、青木の方。外でやったのは初めての日だけだ。
あとは夕方の、二人しかいなくなった生徒会室。
「気持ち、いい…もっと、そこ」
ジュル、ジュルと淫らな音が部屋の中に響く。大きく膨張した蒼井のソレに吸い付いているのは青木だ。
さっきまで真面目な顔をして、文化祭の打ち合わせをしていた文化委員長が、今や自分のソレにむしゃぶりついている。
(エッロ…)
不意に先端をほじくるように舌で突かれて、蒼井はたまらなく声を上げる。
「ん、ああっ!でる…ッ!」
ビュルッと出たソレは青木の顔に思い切りかかった。端正な顔が自分の吐き出したモノで汚れてしまったことに、蒼井はたまらなくなりニヤリと笑う。
「ホントにエロい文化委員長さんだな」
「…お前こそ」
多い時は週二回くらいそんな『遊び』をしていた二人だったが、いつの間にか回数が少なくなっていった。
「蒼井、ごめん今日無理」
文化祭やその後の生徒総会、選挙、そして受験。
「また今度な、埋め合わせするから、青木」
どんどんと多忙になっていく二人。
半袖から長袖、上着を着る頃にはほぼ会えなくなっていた。
最後に二人きりで会ったのは、いつだったかさえ思い出せない。結局、最後まですることなく、二人は会わなくなった。
挿入してしまったら、どうなるのだろう。
何かが変わってしまうような気がしていた。
それは、離れられなくなる予感がしていたからだと、気づいたのは二人が離れ離れになって、数年後だった。
「またいつか、集まろうね」
船橋が涙ぐみながら、生徒会室でみんなに話したのはもう遠い過去。
蒼井と青木は、その日を最後に会うことはなかった。
***
それから十年。
蒼井は画材を扱う企業の営業になっていた。日々忙しくしている最中に、船橋から連絡が入ったのは先月のことだ。
生徒会執行部のメンバーで飲まないか、という誘いだった。一瞬にして懐かしいなと頬が緩む。
と、同時に思い出したのは青木のことだ。
あの『遊び』以来、男同士でそういうことはしなかった。数人、彼女と付き合ってきたが結婚することもなく、今はフリーだ。
(青木も参加するのかな)
どんな顔をして会えばいいのだろうか、と思う反面、会ってみたいと思う自分もいる。
あのあとどう暮らしたのか、そして結婚したのか。
もういい歳をしている。きっと結婚したに違いない。
(俺には関係ないことだ)
一年間、一緒に生徒会執行部で活動した仲間であり、喧嘩友達であり…少しだけ歪んだ時間を過ごした悪友。ただ、それだけだ。
再会の日は、思ったより早く叶った。
船橋の段取りの良さは生徒会長の頃から変わらず、あっという間に日時と場所が決まり、当日となった。
「わー、伊佐山くん?だいぶビール腹になったわね!」
「うるせぇよ、会長っ!これは幸せ太り!」
会場となった居酒屋ではあちこちで懐かしいな、と声が沸いた。
「蒼井は変わらないなー、相変わらずサッカーでもやってるの?」
伊佐山に話しかけられて首を振る。
「営業してるから、あちこち歩くだけだよ。脱いだら俺もヤバイよ」
その言葉に、近くにいたメンバーが笑う。
「遅れてすまない」
部屋の襖を開けて入ってきたのは眼鏡をかけたスーツの男。一瞬、誰かわからなかったが…
「青木?」
蒼井の一言でみんながどよめく。
なにカッコつけて眼鏡してんだよ、とからかわれている。苦笑いしながらもみくちゃにされる青木。
「とりあえず上着だけ、脱がさせてー」
スーツのジャケットを脱いでハンガーにかけると、腕まくりをしたシャツから腕が見えた。
蒼井がギョッとしたのは、その腕はあの頃よりも健康的な色になっていて、かなり筋肉質に見えたから。
あの日触れた、白くて折れそうな手首をしていた腕とは大違いだ。
腕を凝視する蒼井に、青木が気づいた。
「蒼井?久しぶりだな」
ちょうど空いていた隣の席に、青木が座り、おしぼりで手を拭いていた。
その顔はまるであの時、『遊び』をしていた青木とは全く別人のように褐色の肌になっていた。
「ロサンゼルスって、すげぇな」
青木の仕事に思わず伊佐山がため息をついた。大学卒業後、スポーツウェアメーカーに入社した青木は、あ今や役職がついてきて、一ヶ月前までロサンゼルスに赴任していたという。
それですっかり体力がつき、肌も健康的になったらしい。やっぱり青木の世界は違うなあと皆が笑う。
「文化委員長がスポーツウェアメーカーで、体育委員長が画材の営業マンなんてなんだかあべこべだわね」
船橋が笑いながらそう言う。彼女はあれから教員免許を習得し、いまや母校である田辺高校で教員として勤務していた。
十年振りの仲間の再会に、大いに盛り上がりあっという間に時間が過ぎた。それぞれ挨拶をしながら解散となった。
蒼井もかなり出来上がってさて、帰るかと思った時に青木に声をかけられた。
「一緒に帰らないか」
眼鏡の奥の、懐かしいその顔に思わず息を飲んで蒼井は頷いた。
明らかに駅と逆方向に歩いていく二人。
気がつくとあの大きな木のある公園にたどり着いた。
そこはあの夏の日、蒼井が青木に手を出した場所だ。
「覚えてる。蒼井。ここでやったこと」
「ああ。覚えてる」
やだと言いながら、ヨガっていた青木とそれに興奮した自分。金網にしがみ付いていた、青木の白い手。
「くっきり覚えてるよ、青木」
そっか、と青木は眼鏡をポケットに収めて蒼井の横に立つ。そしてそのまま、蒼井の唇に自分の唇を重ねた。それは初めての感触だった。二人はあの頃、キスをしなかったのだから。
「…何」
「あのさ、僕、ロスで結婚したんだ」
結婚、と言う言葉に胸が締め付けられるような感覚になる蒼井。
「そうか、知らなかった」
「うん。蒼井に知られる前に、離婚しちゃってね」
「は?」
「ごめん。僕、蒼井が忘れられなくて、もう彼女もいないんだ」
突然の告白に、蒼井が驚く。
サアッと風が吹いて二人の間を駆け抜ける。
「蒼井は、結婚したの?」
「…俺もしてないし、今…彼女いない」
心臓の鼓動が大きくなり、青木に聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。
今度は青木が驚いた顔をしていた。やがてニヤリと笑顔を見せた。
「ねぇ、僕ら最後まで結局しなかったよね。あれ、何でだったのか考えたんだけど…きっとそれしたら最後だと思ったんだ」
青木が顔を近づけて、蒼井の耳元で囁いた。
「きっと蒼井と離れなくなるって。でもさ、今ならお互いフリーだし、もう何でもできる大人だ」
その言葉と瞳は、蒼井を誘っている。
「青木…」
「…最後まで、してみる?」
場所を移動することもなく、あの日と同じように青木は金網を持ち嬌声を上げていた。
「ん、んん…っ、はあっ…あ…」
酒に酔っているからなのか、この場所だからか、青木のそれは既に大きくなっていて蒼井が少し触れただけでトロトロとしたものが流れ出す。
一度、手と口でイカせた蒼井は、その先にすすめるために、そっと蕾に指を入れた。
「いっ…」
ビクンと青木の尻が震える。ゆっくりと出し入れをするとだんだんと解れていく。
「ああ…、やあ…ッ」
「グチョグチョになってきた。これなら、入るかもだけど…、本当にいいのか?」
そう言いながらも、蒼井とて自身が膨張し、切なそうだ。
「うん…挿れて…」
その言葉を遮るように、蒼井は自身の先端をその蕾の近くに押しつけた。
青木の濡れたソコに、蒼井の先走りでぬらぬらしたソレが擦れる。
「青木。もう覚悟、決めた」
あの頃、覚悟を決めれなかったのは恐ろしかったから。今ならもう大丈夫だ。
「青木、好きだよ」
ソレを認めるのが、怖かったんだ。
そう言うと擦っていたソレを青木のナカにグチュと音を立てて挿入した。
「ひ…ああッ!」
後ろから突き刺されて、思わず大きな声を出す。
「く…っ、やっぱ、入んね…」
十分に慣らしたとはいえ、なかなか入らない。ゆっくり侵入しながら、青木の様子を見る。
顔は見えないが恐らく痛みに耐えているのだろう。
蒼井は大丈夫かと聞くとゆっくり頷いた。
「いいから、中に、挿れて」
ゆっくりゆっくりと進み、ようやく奥まで入る。
「んん…あ…あ」
「入った」
青木のナカは熱くてキツくて、気持ち良すぎる。今までのセックスの中で1番、気持ちいい。
「あお、い…、動いて…」
言われるがままに腰を振ると、青木はさらに甘い声を出す。
「ん、あっ、あっ、…いい…ッ、キモチイイ」
だんだんと早く動いていく。パンパンと出し入れする音に比例して、青木の声も早まる。
「俺も、いい…はあ、あ」
腰を動かしながら、そっと青木のソレを握る。
「ちょ、ダメ…っ、両方…、イっちゃうよ…っ」
「いい、よ、イケよ…俺ももう、ダメだ」
「う、ん…ああッ、んっ…あああ!」
ビクンと青木の体が跳ねたのち、間髪を入れずに蒼井がナカでソレを放出した。
あの日と同じように、青木の白濁したソレが草むらに飛び散る。ただ違うのは…、蒼井が青木の中で果てたこと。
肩で息をしながら、蒼井が自分のソレを抜いた。
ズルリと、抜ける感触に青木がまた身体を揺らした。
「あ…」
中で出した蒼井のソレがトロリと流れ落ちたと同時に青木が膝を折って草むらに座り込んだ。
その後。
タクシーで蒼井のマンションの部屋に移動して、シャワーを浴びた。
身体中を綺麗にした二人は、一緒のベッドに入る。
蒼井が青木を抱き寄せてキスをする。深く深く。
「なあ、青木。俺はさっきちゃんと言ったんだけど。お前から聞いてない」
まどろんだ顔を蒼井に見せながら、青木は苦笑いする。
「ああそうだな。言ってないかもだけど…もう言わなくても、わかるだろ」
「なっ、お前、俺には言わせといて!」
「はは、冗談だよ」
その笑った顔は、あの夏の季節に生徒会室で見た、懐かしい顔。
高校時代の自分が見たら、何で言うだろうか。
喧嘩ばかりしていた青木とこんな関係になるなんて。
あの頃は向き合えなかった『その先』も、大人になった今なら、向き合える。
青木もきっと思っているはず。
「僕も、好きだよ。蒼井」
ギュッと蒼井を抱きしめて、答えた。
【了】
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