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第9話⑨
「今日はなにがいい?」
初プレイの夜に、褒めてもらうだけで十分だ、と言ったのに、2度目からはそれ以外にも何か言って、と由良さんに言われるようになった。
理由を聞くと、“もっと甘やかしたい”、のだそう。
ちなみに甘いセックスは褒美のうちに入らないらしい。
「じゃあ……、由良さんの家族について聞かせてください。」
「?」
由良さんが驚いたような表情を浮かべた。そのまま沈黙が走ったから、俺は慌てて付け加える。
「今日ママが由良さんと幼なじみだって聞いて、由良さんの周りの人とか、どんな人なんだろうって思って。」
「…家族、か。」
何気ない質問のはずだった。
別に特に家族のことを聞きたいわけでもなくて、由良さんの過去、由良さんの好きなもの、趣味はなにで、どんな人がタイプなのかが知りたくて、
絆されっぱなしでいつもあまり聞くことができないから、聞けるときに聞きたくて。
好きな人のことを知りたいと思うのは当たり前だ。
けれど、由良さんは言葉に詰まり、呆然とどこか分からない遠くを仰いだ。
深い絶望と悲しみを混ぜたような表情を浮かべながら。
そこまでで、何か大きな地雷を踏んだのだと悟った。
由良さんが、すがるように俺の手を取り、ぎゅっと握る。彼の手は小刻みに震えていて。
「…息子が、1人…。」
しばらくの沈黙の後、震えるため息のような苦しい声が響いた。
「ゲイなのに?
…あっ、すみません…。」
思わず口に出してしまい、慌てて謝る。
由良さんがひどく苦しそうで、それを慰めてあげたいけれど、どういえばいいのかわからないし、第一俺も混乱してしまった。
だって、息子がいるって、どういうことだ…?猫か何か…の空気ではないし。
「うん、そう。ゲイなのに。」
俺の瞳を覗き、寂しげに微笑んで言った由良さんの声音は、まだ少し震えていたけど、ほとんどいつもの調子だった。
なにか事情があるのかもしれない。…いや、俺には想像できないような事情があるのだろう。
俺はどうすればいい…?そもそも俺があんなことを聞いたせいでこうなったのだから、俺が話を終わらせるべきなのだろうか。
「…あの、…おやすみなさい。」
これ以上はきっと、彼が余計に苦しんでしまう。
それに、俺はこの関係を失いたくない。
そう思って、おやすみの挨拶をした。
「おやすみ。今日も楽しかったよ、ありがとう。」
包み込むように俺を抱きしめて俺の髪に顔を埋めた、由良さんの身体はやっぱりまだ震えている。
そして、彼の手の異常な冷たさに、俺は驚いた。
由良さんはきっと、俺がアフターケアとして求めたから、無理に正直に答えてくれたのだろう。本当はずっと触れたくなかったことを。
ならば今俺がするべきことは一つ。明日になったら、なにもなかったようにいつも通り振る舞うだけ。
ずるい人間だ。自分でもそう分かっている。俺はこの関係に亀裂が入っても気づかないフリをして、そして亀裂が大きく広がったら、パッと見わからないように上からセメントを塗りたくるのだろう。
…この幸せを、手放してしまわないように。
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