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第6話休日

リオールは馬鹿の鼾で目が覚めた。昨夜はセックスをした後、シャワーを浴びて、お互いパンツ1枚の姿で布団に潜り込んで寝た。いつものようにぴったりとくっついているので、手に馬鹿のぷにぷにした腹の肉が当たっている。馬鹿の腹肉をむにむにしながら、首を捻ってベッドのヘッドボードに置いてある目覚まし時計を見れば、もう昼が近い。腰が重怠いし、まだ眠い。しかし、折角の2人揃っての休日を寝て過ごすのは勿体ない。 リオールは大きな欠伸をしながら、馬鹿の腹肉を掴んで、むにーっと引っ張った。 馬鹿がビクッとして、目を開けた。 「リーちゃん。痛いよ」 「飯、外で食うぞ」 「うん。おはよう、リーちゃん」 「……おはよう」 馬鹿がふにゃっと笑って、リオールの唇に触れるだけのキスをした。少しだけ伸びた馬鹿の髭が当たって擽ったい。馬鹿が起き上がったので、リオールも起き上がり、ベッドの上で胡座をかいた。 トイレに向かう馬鹿をベッドの上で見送り、ベッドから降りて色んな液体で所々カピカピしているシーツを引っ剥がす。昨夜脱ぎ捨てて床に落としていた服も手に取り、狭いベランダに置いてある魔導洗濯機の中へと突っ込む。馬鹿が脱衣所に置いてある洗濯籠を持ってきたので、受け取って、籠の中身も魔導洗濯機に突っ込んだ。かなりギリギリの量だが、イケると信じ、洗剤を入れて魔導洗濯機のスイッチを押した。蓋を閉めてからトイレに行き、馬鹿が選んで衣装箪笥から出した服を着る。今日は渋い色合いの赤と黄色のマーブル模様の半袖シャツと黒いズボンだ。服はいつも馬鹿が買ってくる。リオール自身は着るものに頓着がない。馬鹿が『リーちゃんに似合うよー』というものを着ている。馬鹿も服を着た。今日は淡い青の半袖シャツに黒いベストを着ている。濃い青のズボンに、リオールとお揃いのサンダルを履いていた。 洗濯終了のブザーが鳴るまでの間に、水回りや狭い部屋の掃除をして、洗濯物を干してから、財布と家の鍵だけを持って、2人で家を出る。 かなり空腹である。まずは食事だ。誰とでも親しく話せる馬鹿は結構情報通なので、馬鹿が聞いた最近話題の定食屋へと向かった。 朝食兼昼食を済ませると、劇場に足を運び、芝居を観た。偶然にも、馬鹿が好きな役者が主演を勤める芝居をやっていたので、馬鹿がとても喜んだ。芝居を観ながら、横目にチラッと馬鹿を見れば、楽しそうに目を輝かせていた。なんとなく気分が良くなって、リオールは小さく口角を上げた。 芝居を楽しみ、今は近くの喫茶店で珈琲を飲んでいる。本当にたまにだが、2人で芝居を観た後はいつもこの店に来る。 リオールは香りが良く、飲みやすい濃さの珈琲を一口飲んで、ほぅと小さく息を吐いた。素直に美味しい。目の前に座る馬鹿も、一口飲んで、『美味しいねー』と笑った。 「お芝居楽しかったねー」 「あぁ」 「主演のミヒャエルがすっごいカッコ良かったよね!相変わらず演技が上手くて、本当に物語の世界に引き込まれちゃうよねー」 「ん」 「本当、素敵なハッピーエンドだったね」 ふにゃふにゃの柔らかい笑顔を浮かべる馬鹿はとても楽しそうだ。馬鹿の声は、身体と一緒で柔らかい。優しく耳を擽る声に、気分がいい感じに落ち着く。 楽しそうな馬鹿の話に相槌を打ちながら、リオールは機嫌よく目を細めた。 喫茶店を出て、馬鹿の服を買いに服屋へ行く。もう何年も着ていて、大分よれよれなので、そろそろ寝間着を買い替えた方がいい。 服屋に着くと、馬鹿が自分の寝間着を選ぶよりも先に、リオールの服を選び始めた。 繊細な刺繍が施されているシャツを嬉々とした様子で持ってきた馬鹿の頬を、リオールは思いっきり抓った。 「いひゃいよ、リーちゃん」 「お前の服を買いに来たんだろうが。馬鹿」 「でも、このシャツ、リーちゃんに似合うよ?」 「馬鹿。俺の服は沢山ある。おまけに衣装箪笥がぎちぎちだろ」 「あ、そっか。んー……残念だなぁ。これ、すごくリーちゃんに似合うのに」 「……自分のを選べ。馬鹿」 「うん。あ、リーちゃんも寝間着買う?」 「いい。去年買ったのがまだ着れる」 「はーい」 馬鹿の寝間着を一緒に選んで、会計を済ませると、普段は中々行けない八百屋に向かう。リオールは仕事のシフト次第では八百屋が閉まってしまう時間帯に帰ることになるし、馬鹿も自分が働く食料品店の閉店時間を過ぎた後に帰るので、仕事の日は2人とも八百屋には行けない。馬鹿が働く食料品店でも野菜は買えるが、八百屋の方が安くて、ものがいい。 季節は初夏になろうとしている。八百屋には、旬の野菜が沢山あった。 馬鹿が色艶のいい大ぶりの茄子を手に取った。 「リーちゃん。今晩、茄子食べたい」 「茄子か……トマトとベーコンと一緒にチーズをのせて焼くのと、揚げるのとどっちがいい?」 「チーズ!!」 「じゃあ、トマトも買うか」 「やったぁ!ふふふっ。晩ご飯が楽しみー」 「チーズは家にあるな。肉屋に寄るぞ。どうせなら美味いベーコンがいい。それからパン屋も。バゲットを買う」 「おぉ!豪勢だねー」 馬鹿のふっくらした顔が嬉しそうに輝いた。しょうがないので、馬鹿が好きな李もデザート用に買ってやる。李を見た馬鹿の目がキラキラしていた。普段は収入が少なかった頃の名残りで倹約を心がけているが、別にたまにはいいだろう。 リオールは馬鹿に荷物持ちをさせ、馬鹿と並んで軽い足取りで肉屋へと向かった。 帰宅して、馬鹿が洗濯物を取り込んでいる間に夕食の支度をする。狭い台所はリオールの聖域だ。基本的に、食器洗い以外では馬鹿に台所には立たせない。 大ぶりの茄子を洗って、切れ目をいくつも入れ、ちょうどいい大きさに切ったベーコンとトマトを切れ目に挟み込む。茄子3つ分を耐熱の皿に入れ、上から塩コショウを軽くした後、オリーブ油とチーズをたっぷり振りかける。オーブン機能に設定して予熱しておいた魔導レンジの中に耐熱皿を入れたら、あとは焼き上がりを待つだけだ。待っている間に、魔導冷蔵庫に入っている残り物の野菜を刻み、少し多めに買ったトマトと共にミネストローネにする。魔導冷蔵庫に入っていた鶏ささみ肉を軽く湯がいて、キュウリを刻み、レモンと醤油で軽く和える。 サンガレアは数千年前の異世界から訪れたという神子のお陰で、調味料や料理が多彩で、食文化がとても豊かだ。 洗濯物を畳み終えた馬鹿が、台所の領域ギリギリの位置に立ち、目を輝かせて、こちらを見ている。リオールは小皿にミネストローネを少しだけ注ぎ、馬鹿に渡した。味見である。馬鹿がふにゃっと柔らかく笑い、『おーいしーい』と言ったので、ミネストローネは完成である。 魔導レンジからいい匂いもしている。そろそろ焼き上がる頃合いだ。リオールは手早くデザートの李を洗い、皿に入れた。 チーンッと魔導レンジが焼き上がりを知らせる音を鳴らした。夕食の完成である。 普段は酒を飲まないが、今夜はワインを開けた。そんなに高いものではないが、上機嫌にふにゃふにゃ笑っている馬鹿と飲むと美味しい。 リオールは馬鹿の幸せそうに食べる姿をチラチラ見ながら、自分も腹一杯にいつもより少し豪華な食事を楽しんだ。 馬鹿が後片付けをしてくれるので、先に風呂に入る。今夜はセックスはしない。明日は仕事だし、昨夜が中々に盛り上がったので、今は飢えていない。 そろそろ暑くなってくる時期だが、馬鹿とくっついて寝るのに慣れきっているので、暑くても気にならない。一昨年買い替えた空調がそれなりに仕事をしてくれるので、くっついて寝ても、熱中症の心配はない。 リオールは風呂から上がると、先にベッドに潜り込んだ。滅多に飲まないワインのお陰で、なんだかふわふわする。早風呂の馬鹿がベッドに上がってきた。ぴったりとくっついて、なんとなく馬鹿のぽよんぽよんの腹肉をむにむにする。 馬鹿が唇に触れるだけのキスをしてきた。 「おやすみ。リーちゃん」 「おやすみ」 馬鹿の柔らかい体温を感じながら、リオールは穏やかな眠りに落ちた。

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